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甘い雨宿り

作者: 紫鱗

 辺りは緑いっぱいの葉を付けた樹々があり、葉の間からは木漏れ日が差し込んでくる。

 微風が葉を揺らし、木漏れ日もそれに合わせて優しく揺れている。

 僕は森の獣道をお昼ご飯の樹の実を探して歩き回っていた。


「お腹すいたなぁ……」

 空腹を感じて僕はクリーム色のお腹をさする。


 探し回っているとやがて甘い香りを感じた。

 僕は香りの来ている方へ向かうと野イチゴがなっているのを見つけることができた。


「わーい、野イチゴたくさん!」


 僕は野イチゴのところへ駆け寄っていき、目を輝かせた。


「いただきまーす!」


 僕はひとつ、またひとつと野イチゴを口の中に放り込んだ。

 甘酸っぱさが口の中に広がる。


「おーいしい!」


 お腹いっぱいになって満足した僕はいつの間にか辺りが薄暗くなってきているのに気が付いた。

 ユラユラと揺れていた木漏れ日ももう見えない。


 少しして葉っぱからパラパラと音がし始めた。

 そして僕の鼻先にぽとりと冷たいものが落ちてきた。


「雨が降ってきちゃった、どうしよう……」


 今日は森の奥深くまで来てしまっていたので、帰るまでにずぶ濡れになってしまうな、と思った。


 仕方ないので僕は雨が止むまでどこか雨宿りできる所がないか探すことにした。

 しばらく歩き回り山の岩肌が見えるところまで来ると、黒くぽっかりと口を開けた洞窟を見つけた。


「あそこで休めるかなぁ」


 と呟きつつ僕は洞窟に向かって駆け出した。

 洞窟の入口は僕の背の高さと比べて4倍程ありそうだ、幅は端から端まで12歩くらいの広さがある。

 奥は暗くて奥行きがありそうだ。


「こんなに立派な洞窟、僕が大きくなったらここに住んじゃおうかなぁ」


 雨宿り先を確保して安心した僕は、すっかり暢気な気分になっていた。

 そして、僕は好奇心に駆られて洞窟の奥深くへ歩みを進め始めた。


 2分ほど歩いた頃だろうか、だんだんと暗闇にも目が慣れてきて、ぼんやりと洞窟の奥が見えてきた。どうやら奥は部屋のように広がっているようだ。


 僕はその奥へ向かい、道の幅が急に広がったところに辿り着くと突然右から声が聞こえてきた。


「私の住処に何の用かしら?」


 僕は声のする方に振り向いた。

 暗がりの向こうに僕の倍はあるだろう何かの姿が薄暗く見える。


 その姿はゆっくりと迫ってきた。

 迫ってくるにつれてだんだんとその姿が明らかになる。

 琥珀色に輝く両目、微かに開いた口からは無数の牙が見え、象牙色の双角を持ち、たてがみは黄色、体表は背中側が鮮やかな桃色で腹側は乳白色だ。大きく広げた両翼、翼膜は薄桃色、うねるように伸びた長い尾をユラユラと揺らしている。


 間違いない、ドラゴンだ!

 僕は後ずさりしようとしたけれども、足がすくんでしまって動けなかった。


「ひ……」


 と、悲鳴をあげる間も無く僕の体はドラゴンの尻尾に絡め取られてしまった。


「さあて、住処に勝手に入ってきた悪い子にはどのような罰を与えたら良いかしらね」


 と、ドラゴンはニヤリとした表情を浮かべて尻尾の締め付けを強くした。


「う、あぁ……」


 僕は体中にめぐる圧迫感に思わず呻き声を上げてしまった。


「私の住処に勝手に立ち入ったことを後悔させてあげる、見てなさい」


「ち、ちが……」


 肺が圧迫されているせいで僕は声がうまく出せなかった。

 そして、尻尾の巻き付き具合が変わり始めたとき、僕は全てを諦めてうなだれた。


 すると僕を拘束していた尻尾が緩み、地面にゆっくりと降ろして解放してくれた。


 僕は呆気に取られていたが、ドラゴンがイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。


「冗談よ、怖がらせてごめんなさいね」


 ドラゴンは僕の頬を優しくぺろりと舐めた。

 続けて言う。


「ここ数年誰とも会わなくって退屈してたの。あら、よく見たらあなたもドラゴンなのね、まだ小さいのにこんな所まで、お家には帰れるの?」


 急に優しい態度に変わった彼女を見て僕は安堵した。


「実は僕、野イチゴを食べてるうちに雨が降ってきちゃって、それで雨宿りできるところがないか探しているうちにここを見つけたんだ」


 僕はここに来た理由を彼女に伝えた。

 すると彼女はおもむろに僕の体に前脚を当てて言った。


「大変、体が冷えてるわ!このままじゃ風邪ひいてしまうわよ」


 そう言われてみれば体が震えている、さっきは恐怖のあまり、そして今は寒さのあまり……


「坊や、こっちにおいでなさい」


 と、彼女は奥の方へ進み、付いてくるよう促した。

 そして行き着いた先は藁が敷かれた寝床だった。

 そこで彼女は言った。


「暖めてあげるからおいで」


 彼女の言葉に僕は少しドキッとしてしまった。


「い、いいの?」


 僕は戸惑いながら言った。

 彼女はニコリとして。


「早くしないと風邪ひいちゃうわよ、ほら」


 と、前脚をゆっくりと振って僕を招いた。

 そして僕は彼女のお腹にうずくまって丸くなった。

 すると彼女も丸くなって僕をぐるりと囲み、頭上に翼を被せてくれた。


「暖かい……」


「眠ってもいいのよ」


 彼女がそう言ったのを聞いた後すぐに、暖かくなったからか急に眠気が襲ってきて僕は眠りに落ちた。



 ぺろり



 頬を舐めるその感触で僕は目覚めた。


「雨は止んだみたいね、外は少し暗くなり始めてきたわ」


 まどろんだ意識の中、雨が止んだという言葉を聞いてハッキリと目を覚ました。


「いけない、帰らなきゃ!」


 すると彼女は少し残念そうな顔をしたかと思うと明るい笑みを浮かべて。


「また来てね」


 と言った。

 そして僕は元気な声で答えた。


「ありがとう、お姉さん。また来るね!」


 僕は大きく前脚を振って、それから洞窟を後にした。


 僕はまだ体に残っている彼女から貰った暖かさを大切にしようと思いながら自分の住処に帰っていった。

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