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少女、投獄される

 要塞都市セイリオス、領主の屋敷にある執務室にソファーに腰掛け、アルフレッドは深い溜め息を吐いた。アルフレッドの前には従者であるウィリアムが座っている。


「さて、ウィル。あの少女をどう思う」

「どうもこうも・・・あそこまで分からない人というのを初めて見ました」

「うん」


 魔物と勘違いして保護した少女。本人はセラスと名乗ったが、本当の名前は知らないという。


 記憶喪失。


 実際に記憶を一部欠落したり、言葉が出なくなった等の話はアルフレッドも幾つか知っている。

 フローガル王国は比較的紛争の少ない国ではあるが、国がオーグレイフレイ山脈に接している部分が多い事もあり、魔物の襲撃などは少なくない。


 襲撃により家族を失った、大事な人を失ったなど心に深い傷を負う事により、心を守るかのように一部の機能を失ってしまう。詳しくは知らないが、そういった事が起こる事はアルフレッドも知っている。


 セラスが普通の少女であれば、アルフレッドが保証人となりどこかの商家に奉公に出すなり、それなりの貴族の所に行儀見習いに出すなり色々出来た。


 だが、セラスは普通ではない。


 まず、馬が怯える。


 保護したのち、馬に乗せて帰ろうとしたのだが、馬が乗せる事を拒否した。近くに寄る所まではなんとか出来たが、セラスが触れようとすると怯えて逃げてしまう。


 一瞬、魔獣の類が化けているのかと疑ったアルフレッドだったが、怯える馬を悲しそうに見ているだけのセラスを見て、とりあえず考えを保留させた。


 次に、精霊を見て会話が出来る。


 これは本人の言によるものだが、岩の精霊に作って貰ったという石で作られた防具紛いの物を見せられた以上、納得せざるを得ない。


 精霊と会話でき、好かれるというのは稀有な才能である。


 妖精の血が混じっていると言われているエルフやドワーフなどによく見られる能力であるが、人族では極端に少なく、また精霊を使役出来る能力を持った人族は高い能力を示す事が多い。


 そして、知識量。


 セラスはウィリアムの持つ剣の性質を一目で見抜いてしまった。本人はただ興味を惹かれただけの様子だったが、言い当てられたウィリアムは青い顔をしていたのをアルフレッドは見ている。


 ぱっと見は少々大きめの宝石が嵌め込まれただけの無骨な剣であるが、その正体は強大な力を秘めた魔法剣である。


 セラスは鞘の部分にあった小さな紋様を指差し、炎熱を操作する文言だね。と言った。


 ウィリアム自身、剣を鞘に収めた状態で暴走しない様に制御の術式が組み込まれている事は知っていたが、その紋様がそれに当たることは知らなかった。


 魔法言語を読める。

 それは魔法を使えるという事に他ならない。


 アルフレッドは詳しくは知らないが、魔法言語とはそれを覚えたら誰でも使えるというものではなく、属性や用途により細かく違い、また魔方陣で行使するか文言か紋様かによっても大きく方式が違う。


 専門の研究者が複数人で一分野を研究しても解明するのに百年以上掛かると言われている。


 セラスがどこまでの知識を保有しているかは不明だが、今現在行われている魔法研究に多大な功績を上げる可能性を秘めていると言えた。



「まるで爆弾だ」


 アルフレッドはそう言うとまた一つ深い溜め息を吐いた。


「山の中でひっそりと隠れ棲む村があったが、強い魔物に襲われ壊滅した。その中で巫女的な強い力を秘めていた彼女はその村の長のような人に、せめて生き残って欲しいと願いから封じられた。のちに封印から目覚めた彼女は村の惨状を嘆き、記憶を封印してしまった。そんな所でしょうか」


「突っ込む所が多すぎて突っ込みたくないが、当たらずとも遠からず、という気もしなくもない」


 二人とも意味のない推測に過ぎないという事はよくわかっている。当のセラスは今、領主屋敷の地下にある牢に入れられていた。


 要塞都市セイリオスは10万の市民を内包した巨大都市である為、幾つかの機能を分散して持っている。


 犯罪者を投獄する牢もまたその一つである。


 強固な城壁を持つため、城を持たないこの都市は、普段は兵の駐屯または訓練施設などに、有事には市民の避難場所として都市内部に分散して十六の軍施設を持っている。


 そして、それぞれの地下に用途に応じた牢屋を持っている。殺人などの重犯罪者と窃盗などの軽犯罪者を同じ牢に入れない様にする為の措置であり、間者などの疑いのある者が一つにまとまらない様にするための措置でもあった。


 そして、領主屋敷にある地下牢はそのどれにも当てはまらない、処遇の難しい者の入る牢であった。


「とりあえず、どの様に扱うにしろここで預かって、一旦様子を見るのが一番いいだろうかな」


 アルフレッドの住む領主屋敷は働く者もまた多い。ウィリアムの様な従者や警護するものから、メイドや執事、料理人など常時、二十人から三十人務めている。


 両親共にすでに亡く、兄弟もいないアルフレッドであるが、辺境伯として広大な領地を持つ領主の屋敷としてこの人数は少ない。


「・・・そう・・・ですね」


 もしもを考えるなら反対したいウィリアムでだったが、代替案がある訳でもない。それならば、近くで様子を見ていた方がむしろ安全な気がしていた。


 それに行儀見習いとして小領主の貴族の子や商家の子供を預かる事もある。見知らぬ少女が一人増えても誰も気にしない。


 その時、コンコンと戸が叩かれる音が鳴った。アルフレッドが入室を促すと侍女が一歩部屋の中に入り、頭を下げた。


「アリオト様がお見えになりました」

「わかった」


 アルフレッドとウィリアムは執務室を出ると執事が頭を下げて待っていた。


「アリオト様は応接室にてお待ちでございます」

「ありがとう」


 アルフレッドは一言礼を述べるとウィリアム伴い、応接室へと向かった。


「魔導士アリオト。偏屈な魔術狂いと聞きましたが・・・よく応じてくれましたね」


 魔導士アリオト・エリュエンテ。


 元王宮魔導士であり、次期筆頭魔導士に一番近いといわれていた人物であった。

 王宮内の嫉妬や派閥争いに嫌気がさし、本来の魔導士のあるべき姿、魔導の研鑽と探求のため要塞都市セイリオスに隠棲している、といわれている人物である。


 アルフレッドはアリオトを客人として都市に招き入れ、庇護していた。


「まぁ、気難しい人ではあるけども、偏屈というほどでもないよウィル」


 アリオトはあくまで客人であり、アルフレッドの配下ではないので、呼び出しに応じる必要はないのだが、火急の用を無視するほど傲岸でもないと、アルフレッドは思っている。


 アルフレッドとウィリアムは応接室前で待っていたメイドに促されるまま、応接室に入った。


 中には白髪によれたローブを着た老人がいた。


「急な呼び立てに応じていただきありがとうございます。アリオト老」


 アルフレッドはアリオトと呼んだ老人に軽く頭を下げた。


「いえいえ、わしはアルフレッド様にご厄介になっておる身、この老骨でお役に立てるのであればなんなりとお申し付け下され」


 アリオトもまた頭を下げ、言葉を返した。

 ウィリアムは初めて見た魔導士アリオトの姿に、老獪という言葉を思い出していた。


 一見、穏やかな笑みを浮かべる姿は好々爺といった風ではあるが、その目には強い意志を感じさせ、身に不思議な重圧感を纏っている。


(これが次期筆頭魔導士といわれた人か・・・)


「して、記憶を失くした娘がおると伺いましたが、この老骨に頼みたい事とはいったい何でありましょうや?」

「うむ、そこでアリオト老に聞きたいのだが、魔法で記憶を取り戻す法はなどはあるだろうか」

「・・・恐らくは不可能でしょう。記憶を改竄する魔法が過去にはあったと言われておりますが、現在には伝わっておりませぬし、記憶を再生する魔法とは聞いたことがありませぬな」

「では、本当に記憶を失っているかどうか、調べることはできるか?」


 アリオトは顎に手を掛け、悩むように唸った。


「嘘を見破る魔法と、表面的な思考を読む魔法を使えば・・・可能かと」

「歯切れが悪い言い方をだな、なにかあるのか?」

「いえ、専門外の魔法ゆえ魔力の高い者にかけるとなれば弾かれてしまうのです」

「ふむ」


 思案するアルフレッドにウィリアムが口を開いた。


「意図的に受け入れて貰うというのはどうでしょうか?」

「魔力操作のできる者であれば可能でしょう」

「ふむ」


 アルフレッドは考える。セラスという少女が魔力操作ができるかどうか。短い間しか話をしていないので確証はないが、おそらくは出来るだろう。

 そして、魔法を受け入れてくれるか否か。

 少女は出来れば記憶を取り戻したいと言っていた。嫌疑払拭に協力し、無事払拭されたなら領主の庇護が得られる、というのは本人にとっては悪くないはず。後ろめたい事でもなければ受け入れるだろう。


 結論は出た。


「よし、それでいこう」


 アルフレッドは二人を促し、応接室を出た。


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