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少女、ご馳走を逃す

 フローガル王国南部にある要塞都市セイリオス。


 王国南部の要所として高さ10メートル、厚さ5メートルにも及ぶ巨大な城壁に囲まれ、さらにオーグレイフレイ山脈より流れる川を堀として利用した天然の要塞である。


 その都市に住む人の数は約10万人。


 隣接する国との交易の拠点でもあり、鉱山都市から流れてくる鉱石や希少金属の加工場でもあり、最南端の国境を防備する要塞の兵站をも担う王国南部、最大の都市である。


 その要塞都市セイリオスは今、厳戒態勢にあった。魔物出現の警鐘が鳴らされ、兵士たちは慌ただしく駆けている。東西南北に設けられた跳ね橋は、いつでも上げられるように準備され、周辺索敵が行われている。


 そんな中、出現報告のあった北門へ向けて馬に乗り駆ける者が二人。


 要塞都市セイリオスの都市長であり、南部四都市を纏める辺境伯アルフレッドと、その従者ウィリアムであった。


 北門へとたどり着いたアルフレッドは馬に跨ったまま、周囲を睥睨する。集まってる兵士達は城門警備に当たっている者も含めて百名ほどになっていた。


「状況を報告せよ」


 短く言い放ったアルフレッドに一人の兵士が歩み寄った。


「レイラック川上流に見たこともない魔物の出現を確認しました。体高推定3メートル弱、黒い岩の様な風貌に緑色の毛をした化け物が木々をなぎ倒し、この都市に向け南下しているのと事です」

「討伐隊の編成は」

「十人小隊が六組整っております」

「よし、では順次出撃しろ!」


 おお!という掛け声と共に六十名の兵士たちが門を潜り駆け出して行く。


 アルフレッドは駆けて行く兵士達の後ろ姿を見やり、その方向へと馬首を向けた。


「アルフレッド様」


 その姿にウィリアムが声を掛ける。


「討伐は兵の仕事です。領主であるアルフレッド様が・・・」


 ウィリアムが言い終わる前に、アルフレッドは馬を蹴った。


「何、後ろで見ているだけだ、参加などせん」

「アルフレッド様!」

「危険だと言うのなら、ウィルお前が守ればいいだろう」


 笑い声を残してアルフレッドが馬を走らせて行く。

 ウィリアムは、「くそっ」と一つこぼし、アルフレッドの背を追うべく馬に蹴りを入れた。


「あの人はもう少し、自分の立場というものを・・・」


 愚痴を吐き馬を走らせつつ、腰に下げられた剣を確かめた。

 剣帯に括り付けられた長剣。鞘も柄もなんの飾り気もない無骨な造りをしているが、鞘と柄の間、幅広に造られた鍔の真ん中に赤々と光る宝石が埋め込まれている。


 魔法剣。


 体内にある魔力を流すだけで込められた魔法を発動出来る宝具である。フローガル王国は魔法剣の製作に成功し、確固たる強国の地位を確立した国である。


 ウィリアムの持つ魔法剣は王国で製作されたものではないが、現在の魔法剣作成に大きく関わった由緒ある一品である。とウィリアムは祖父より聞いている。


 ウィリアムは魔法剣の柄を強く握り、その感触を確かめる。扱いは難しいが、頼りになる愛剣。この剣に負けぬ様、剣の強さに溺れぬ様、ウィリアムは静かに気を引き締めた。



 兵士達の後を追い報告のあった現場に辿り着いたアルフレッドの目には、無残に薙ぎ倒された木々と抉られた地面が映っていた。


 なにがあってこの様な惨状になったのかは推察し得なかったが、膨大な質量を持った何かが通った後だという事はわかる。

 だが、それをやったであろう魔物の姿は見えなかった。


 兵士達はそれぞれ周囲の索敵に入っているが、まだ発見の報告はされていない。アルフレッドは馬から降りると薙ぎ倒された木と抉られた地面を調べた。

 根元近くでへし折られた木、幹の部分には何か擦れて削られた様な痕が残っている。


「叩いたとか、押したって感じではないな」

「どちらかといったら木に体当たりして勢い余って倒れて・・・地面が抉られた、そんな感じでしょうか?」


 いつの間にかにアルフレッドのすぐそばにウィリアムが立っていた。


「ふむ」

「しかし、見つからないとなると面倒な事になりますね」


 正体不明の怪物というのが一番の問題であった。抉られた地面から見ても相当のものであると推測できる。それが知恵を持たぬ、ただ森から迷い出てしまっただけ魔獣であるなら問題もないが、相応の知恵を持ち人を捕食する類であった場合、早急に対処しなければならない。


「森に帰ったなら山狩をしなければならないか・・・」


 ただその山がただの山ではない。オーグレイフレイ山脈、別名神々の山。古代竜やオーガの最上位種である鬼神族、果ては危険な蟲族なども住んでいるといわれている。


 もちろん人の手により探索の進められている部分あるが、未だ全容を知るには至っていない。

 出来れば手を出したくない、それが心情であった。


「アルフレッド様!」


 ウィリアムが慌てた様な声音でアルフレッドを呼んだ。アルフレッドが駆け寄ると、ウィリアムが地面を指差している。


「足跡です」


 うっすらとだが、地面に凹みが出来ていた。


「川へ続いています」


 ウィリアムの顔色は青い。要塞都市セイリオスの堀に使われているレイラック川の川幅は約10メートル、水深は深い所でも2メートル程しかないはずだった。


 アルフレッドの顔もまた青ざめた。報告された魔物は推定体高3メートル弱。それが見えないとなると、身を沈め川底に身を隠している事になる。


 それはなんのためか。


 そこまでの考えに至ったアルフレッドは声を荒げた。


「今すぐ兵を戻せ!き「よっしゃーーーー!」」


 ザバンと大きな水の音と共に若い女のものと思われる声が響き渡った。


 アルフレッドとウィリアムは同時にその方向へと顔を向けた。二人の目に映ったのは水面から腕を突き上げ顔を出した黒髪の女。その手には大きな魚が握られていた。


 状況を飲み込めない二人は固まった。その雰囲気を察したのか、異常事態を感じたのか、散っていた兵士達も二人の元に走り集まりつつある。


 その様子に黒髪の女も気づいた様だった。女もまた二人の方に顔を向け、驚いた様子で固まっていた。

 そんな中、魚だけがビチビチと暴れている。


 誰も何も発しない中、魚が女の手から逃げた。チャプンと静かな音だけ残し、川へと消えた。


「あ」


 女はなにもなくなった手に視線を戻した。その顔には明らかな失望の色が浮かんでいる。


「あぁぁぁぁ・・・.」


 そしてそのまま、川の中に沈んでいった。


「ま、まて!女!ちょっと待て!!」


 我に返ったアルフレッドが慌てて声を出した。


 川に沈みかけた女が再び浮いてきた。その顔にはまだ失望の色が残っている。


「なんだ」


 今にも泣きそうな声だった。


「えっと・・・君はそこでなにをしてるんだ?」


 聞きたい事は山程ある。何から聞いていいか、混乱する中で一番に出てきた問いはこれだった。


「腹が減ったから食い物を探してる」


 簡潔な即答だった。

 アルフレッドは女の顔を注視する。どこか幼さの残る面立ち、強い意志を持った切れ長の目、そして黒く濡れた髪が顔を張り付きなんとも言えない色香を醸し出していた。


 そして、どうにも頭の悪い質問をしていると思い至った。魚を捕まえて嬉々としていたのだから、食べ物を探していたのは明白だった。


 色々と探りを入れたいが状況はあまり良くない。アルフレッドの周りには武装した兵達が次々に集まってきている。それを見ている少女の表情にも警戒の色が浮かびはじめている。


「我々はこの付近に見たこともない魔物が出現したと聞いて様子を見に来た城の者だ。黒い岩の様な姿に緑色の毛を生やした魔物を見てないか?」


 今は変に詮索しない方がいいと判断したアルフレッドは、率直に聞く事にした。問われた少女は少し首を傾げると川の中に沈んでいった。


 暫くすると再び少女が川から顔を出した。


「もしかしてこれのことか?」


 少女は右手に持った黒い塊に毛が生えた様な物を岸に向けて放った。軽く投げられたかに見えたその塊は、ドン、という重い衝撃音と共に地面に転がった。

 ウィリアムはそれに近寄り、確かめる様に触る。


「石ですね、毛のように見えたのは・・・これは草ですね」


 中が空洞になっていて、穴が二つ。被れるように見えなくもない。


「これは何か教えてもらえるか?」

「それは服の代わりに岩の精霊が作ってくれたものだよ」


 そう言いながら女はアルフレッドらのいる岸に向けて歩き出した。その様子に気付いたウィリアムがアルフレッドの前に立ち、腰にある剣に手を掛けた。


 少女はウィリアムを気にすることもなく歩き続ける。

 徐々に少女の肢体が露わになる。白い肌に緩やかな双丘が見え、腰はしなやかにくびれている。


 ウィリアムは少女の身体に一瞬、心を奪われ、腰から下が見える前に目を逸らした。


 だが、美しい少女であるかもしれないが、主であるアルフレッドに害をなす者かもしれない。その場合、ウィリアム自身が盾となりアルフレッドを守り、外敵を屠らなければならないのだが・・・。


 ウィリアムは強きを追い求める戦士である。戦士とは弱きを助け、強きを挫く勇者に他ならない。力なき女子供を守り、害をなす悪漢や魔獣を退ける者。

 ウィリアムはそう思っている。


 そのウィリアムの前に謎の美少女が迫ってきている。敵なのか、はたまたただの一般人なのか。いや、ただの一般人というには、あの重量のある石の塊を軽々と放っていた、あり得ない力をしていた。だが、敵意や害意があるようには見えない。注視してその行動をつぶさに見なければならない。

 だが、裸だ。

 もし、ただの一般人であればその行動は失礼にあたる。相手は年端もいかない少女に見える、辱めたくはない。むしろ、一般人であるならば、なにか困ったことがあり衣服をなくしてしまったのかもしれない。ならば、丁重に保護しなければならないのだが・・・

 だが、もしも・・・


 ウィリアムは葛藤する。


(せ、せめて、あ、足を、あ・・・あしぃぃ・・・)


 柔らかそうで張りのある太ももが見えた。その少し上には・・・


(ぐ、うぅぅ)


 懸命に歯を食いしばり、少女を注視しようとするウィリアムの視界が黒く染まった。


 アルフレッドは身に付けていたマントを外し、少女の身体を隠していた。


「ア、アルフレッド様!」


 危険です、言いかけて止めた。アルフレッドの行動はウィリアムを思ってのものだと気付いた。再び少女の顔を見ることの出来たウィリアムは、自分の未熟さを思い知った。


 少女はきょとんとした顔でアルフレッドを見ていた。まるで、その行動の意味するところが理解出来ないかのようだった。その歩みもすでに止まっていた。


「君の姿はうちの者には毒のようだ。せめて、これで隠してくれないか」


 落ち着いた、やさしい声だった。アルフレッドは武勇の者ではない。もちろん、剣の指南も受けているし、それなりに使える。


 だが、それなりだ。


 アルフレッドは少女の行動に打算を見出せなかった。十人中九人は振り向くであろう綺麗な面立ち、まだ幼さを残すが均整のとれた肢体、むやみやたらと見せずとも利用するなら方法はいくらでもあるはずである。


 魔物の正体にしても、庇護求めるなら隠した方がいいに決まってる。馬鹿正直に教えて警戒されては意味もない。罠を仕掛けるにしても、やり方が雑すぎる。


 アルフレッドは、この目の前の無防備な少女に、なにか普通では理解し得ない事情があるのではないか。そう結論付けた。


 ウィリアムの前に出たのはそこまでの考えかあっての事だった。もちろん、万が一、という思いもなくはなかったが、なんとなくこの少女に刃を向けてはいけない。そう感じていた。


「君の名前を聞いてもいいかな?」


 少女は一瞬、思案して


「セラス」


 と答えた。

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