少女、準備をする
「なぁ?変じゃないか?」
アルフレッド領主宅、セラスに与えられている客室にて、出来上がった衣装を着るセラスの姿があった。
「かあ様、美しいです」
白い襟と裾の覗く黒いドレス。肩がふっくらと膨らみ、胸から下がギュッと絞られ、腰から下はゆったりとした曲線を描き、尻の部分からふっくらと下がって足首まで隠している。
「腰の辺りの絞られ方がな」
「キツイですか?」
「いや、そんな事はないんだが」
強い密着感はあるが動いてみても阻害される感じはない。ただどうしようもなく違和感が拭えずにいた。
「かあ様の腰、細いですねぇ。はぁ〜」
「後、足なんだがな。こう・・・中がわしゃわしゃしてて・・・」
「動き難いですか?」
「いや、そんな事は全くないんだが」
足を大きく前に出すと、黒いスカートの前と後ろがパックリと割れ、中から白い滑らかなスカートが姿を現わす。
とても柔らかな肌心地のいい布なのだが、これもまた動きを阻害するという事は全くないのだが、常に太腿に触れられている感じがどうにもこそばゆく、落ち着かなかった。
「なんていうか、こう、膝の辺りからバッサリと無くしちゃった方が動きやすそうな・・・」
「駄目です!」
「いや、しかしだな」
「確かに、バッサリと切ってしまえば動きやすいでしょう。足を見せる美しさもあります。ですが、それでは品性が落ちますし、なによりかあ様の色香に惑ってしまう男性が引も切らぬ事になるでしょう。かあ様ほどの人はそれをしてはいけないのです」
「お、おぅ」
一応、返事はしてみたが、セラスは何を言われているのかよく分からなかった。
なぜ足を見せると男が引きも切らなくなるのか、意味不明だった。ただティリアの剣幕に押されて頷いて見せていた。
「それで、これが完成した剣ですか?」
「うむ、かっこいいだろ?」
「これまた真っ黒な・・・、かあ様は本当に黒が好きですね」
ティリアの見るテーブルの上に、黒く僅かに反った太い棒が置かれていた。
通常の剣にある様な鍔や飾りは一切なく、知らなければそれが剣であると誰も気付かない様な物だった。
「まるで木剣じゃないですか・・・」
ティリアは黒い棒に手を伸ばし、掴んだ。
「重⁉︎」
出来上がった剣身がバルガの出した秘蔵の鉄により通常より重くなっていると聞いていたティリアだったが、それを知っていてもなお驚く程に重かった。
「ふふふ、そうだろう」
なぜか驚くティリアを嬉しそうに眺めるセラスに、ティリアはハッとした。
「これまさか鞘まで金属で出来てます⁉︎」
「いや、一応は木製だ。補強に鉄条が幾重にも仕込んである」
そんな物を作らされた鞘師の人はさぞ大変だったろうとティリアは思った。
ティリアは剣身を見ようと、鞘から引き抜こうと思ったが、どちらが鞘でどちらが柄なのか分からない。あるはずの繋ぎ目すら分からなかった。
「かあ様、これ繋ぎ目が見えないんですが・・・、どっちが鞘ですか?」
「ティリアが右手に持ってるのが柄だよ」
言われてよく見てみるが、やはり繋ぎ目は見えなかった。
「よく分かりますね」
「そりゃ剣自体は私が作ったものだよ?分からなくてどうするのさ」
そんなものだろうか。と横に眺めて見てもティリアには違いがよく分からなかった。
ティリアは柄と言われた右手に力を込め、鞘と思わしい所を握り引っ張った。
キンッと軽い音を立てて鞘から抜かれ、剣身が姿を現した。
「これはまた・・・綺麗ですね・・・」
「だろう」
厚みがあり僅かに反りのついた剣。細かい木目の様な模様がキラキラと光っていた。
「それで弟ちゃんの名前は何と言うのですか?」
「ん?弟?」
「私の後の子ですし、弟ちゃんでしょう?」
「・・・男の子なのか?」
「男の子っぽくないです?」
剣を立てて回し見ながらティリアは言った。
「ふむ」
「それで名前は?」
「なにも考えてないよ」
「・・・意外ですね」
「そうか?」
「はい、何か理由でも?」
「そうだな・・・多分、まだ何にもなってないからじゃないか?」
「何にも?」
「ティリア、その子の中に精霊は見えるか?」
「そういえば・・・見えませんね」
「親父さんに言われたよ。剣ってのは作られた後に、人に持たれ、使われてこそ剣になるってな」
「かあ様」
「なんだ?」
「この子、名付けられ待ちじゃありません?」
「・・・なに?」
「確かに、精霊ですし産まれた時から姿形を持つ者も居ますが、この子はかあ様の子でしょう?かあ様に色々と教えて貰うのを待っているのでは?」
「ふむ」
セラスはティリアより剣を受け取り剣身を眺めた。
「ほら、弟ちゃんが喜んでます」
ティリアの手にある時よりも輝いている様に見えた。
「名が欲しいか?」
セラスの手にある剣がより輝きを増した。
「ほら」
「うん、わかった。名をやろう。そうだな・・・」
セラスは指を持って剣の腹をなぞる。不思議と剣がくすぐったそうにしている様に見えた。
「オーヴェ、お前の名はオーヴェだ」
オーヴェと名付けられた剣は、身を崩したかの様な黒い光の粒を溢して纏い輝いた。
光はゆっくりと落ち着いていき、程なく元の細かい木目模様の輝く剣へと戻った。
セラスとティリアはその様子を驚いた様に目を見開き、事が収まるまで眺めていた。
「・・・オーヴェ?」
「精霊が宿りましたね?」
「でも、これ鉄とかじゃないよな?」
「闇・・・でしょうか?でも少し違う気がしますね」
「なんか昔にさっきのと似た光を見た気がするんだが・・・、ん〜」
「かあ様の過去に関わる何かでしょうか?」
「どうだろう?色んな物を見ていくに自分というものがなんなのかもう、どんどんふにゃふにゃによく分からなくなっていってる気がしてなぁ」
「まぁ、そうですね。かあ様の規格外っぷりは度を超えてますからね」
「まぁいいさ。中身は何であれ私の子なんだし、剣として成長すれば何であるのかもいずれ分かるだろ」
セラスはそう言うと鞘を手に取り、鞘へと収めた。
オーヴェを支えの上に置くと、その横に置いてあった革の帯を二本、手に取った。
「あぁ、それ気になってました。何に使うんです?」
30㎝程の長さの革帯の先に金具が付いている。セラスは無造作にスカートをたくし上げると右の太腿を出し、その革帯を巻き始めた。
「かあ様⁉︎」
「ん?」
「そこは駄目ですって‼︎」
「何故だ?」
「何故ってそこから出して奉献の儀をやるつもりなんでしょう?」
「そうだが?」
「人前でそんな、スカートを捲り上げる気ですか⁉︎」
「うん」
ティリアは呻く様な声を上げ、両手で顔を抑えながら身悶えた。
「あぁぁぁぁぁ、もうどうしてかあ様ってば、そんなに羞恥心がないんですかぁぁ。これから血に飢えた獣の園みたいな傭兵共の根城に行くと言うのに、そんな事してたら襲われますよ⁉︎」
「いやぁ、まさかそんな」
「いーえ。何かあってからでは遅いのです。有象無象の暴漢如きにどうにかされるとは思っていませんが、かあ様に血祭りにされる傭兵がいても問題になりますし、かあ様が毛筋程でも怪我をしたなら今度こそ戦争にしかねない方々が、前回の倍以上に増えています。争いの火種となりそうな所業は控えて下さい」
「むぅ」
以前に複数人を血祭りに上げているセラスに反論できる言葉はなかった。
「むーじゃないんです、むーじゃ」
「わかったよ」
セラスは渋々と太腿に巻いた革帯を外し、革帯の金具にもう一本の革帯を噛ませ、一本にして腰に回した。
長くなった革帯に木剣のようなオーヴェを這わせ、細い短い革帯二本で縛り固定し、後ろ腰に下げた。
「これならいいだろう」
「少々不恰好になっているのが気になりますね」
「吊り下げ用の金具も付いてないし、凹凸もない上に重いからこうでもしないと固定出来ない」
「なんでそんな不便で紛らわしい拵えにしたんですか・・・」
「かっこいいから?」
「かあ様の美的感覚がわかりません」
ティリアは諦めたようにため息を吐いた。
セラスは、はっはっはっと笑うと戸口に向かって歩いた。
「それじゃそろそろいくわ」
「はい、お気をつけて」
セラスはドアノブに手を掛け、何かを思い出したように動きを止めた。
「そういえば、最近サーガを見てないが、何してる?」
セラスは振り返り、ティリアに尋ねた。
「サーガさんは今、グルトレラ卿?でしたっけ?その方のお付きとして忙しいみたいですよ?」
「あの爺さんとうに帰ったかと思ったが、まだ居たのか」
「よくわかりませんが、大層気に入られたそうですよ」
「ふむ、まぁ仕事なら仕方ないな」
「あぁ、そうそう」
「ん?」
「今日の合同訓練ですが、アルフレッドさんとそのグルトレラ卿もお出になるそうですよ」
「・・・そうか」
セラスの眉根が寄った。
「そんな露骨に嫌そうにしてはいけませんよ。まぁ、気持ちは分かりますが」
「うん、分かってるよ」
セラスは、重いため息を一つ落とした。
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
セラスは気落ちした様に戸を開け、部屋を出て行った。
ティリアはセラスの見えなくなった戸をジッと見つめていた。
「また、何か起こりそうな気がしますねぇ。大ごとにならなければいいですけど」
ティリアは誰ともなく小さな声で呟いた。




