少女、服という名の武装をする
山の奥深く鳥も鳴かぬ暗い森の中、不気味な静けさを無視するように精霊と少女が質疑応答を繰り返すという謎の光景があった。
「つまり、セラス様は精霊を見たり話したりする事は出来るけれど、精霊使いではない為に精霊を召喚したり使役する為の契約は出来ない。けれども、使役法は知っているので、それを改変して使用した。と、そういう事ですか?」
拳大の紫色の光り、その中の男性を象った淡い光が目の前の少女、セラスに語りかけている。
「半分はあってるが半分は正しくないな。私は精霊を召喚する術も知っているが使えないだけで、使役する法は使える。ただ、精霊を使役するっていうのは契約の名の下に、その自由を縛り意のままに操るって事だ。そういう強制するようなやり方は好きじゃないからやらないだけな」
セラスは手に持つ赤い色の果実を不味そうに食べながら答えた。
「では、我らに施した術式とはいかなるものなのでしょう?」
「下位、中位の精霊は不安定だ。少し強い精霊に当てられるだけで容易に変質してしまう。だが、君らは私に付いて行くと言った。君ら自身の意志をもって決めた。だから名を与える事で存在を確立させる呪いをかけた訳だ。その名を知られない限り、君らは変わらず自由だ。もちろん、君らがその名を破棄するも自由だ。当然、私から君達にお願いする事はあってもその名を使って命令する事はない」
(なんて無茶苦茶な人だ)
セラスの返答に岩の精霊、ラギドが一番に思った感想はそれだった。
精霊を使役する方法は知っているが、そのやり方が気に入らない。だから、既存にはない方法で精霊を呪縛した。
と、断言したのである。
呪縛といえば聞こえは悪いが、これは自由を約束する為の縛りであり、一方的な精霊使役の契約を全て跳ね除けられるという意味を持つ。剥き出しの精神体である中位精霊に名付けという呪いによって、外部からの干渉を跳ね除ける殻で覆った。
そういう事であった。
しかも、セラスは新しい術式が失敗するなど微塵も考えていない。それほどの自信と確信をもっていた、という事になる。
セラスの答えに、もう一つどうしても聞きたい疑問がラギドに湧き上がった。
「もう一つお聞きしてもよろしいですか?」
恐る恐るといった感じにラギドが問う。今ラギドの内にあるのは畏怖ではなく痛烈なまでの畏敬だ。ラギドは目の前に居る少女に信仰にも似た尊さを感じていた。
セラスはラギドの様子に苦笑いを浮かべ軽く「いいよ」と答えた。
「セラス様のなされたこの術式は、如何なる知識に基づいて創り上げられたものなのでしょうか?」
精霊を使役する方法と言っても多岐に渡る。時代によっても、また人が創り上げた術式と、エルフが好んで使う術式でもまた違うのである。
「私の知る精霊使役術の系統か・・・。まぁ、幾種類も知ってるけど、それをどうして知ったかは、自分でもよくわかってないんだよな・・・。恐らくは失っている記憶との関連があるからなんだろうけど、ただな、この君らにやった術式は知識にある情報を基にして構築した。というのとは少し違う」
「と、いいますと?」
「私は魔力を帯びたものが、どういったものなのかわかるんだよ」
「え⁉︎なにそれ魔眼までもってるの?」
「いや、これは魔力眼とか鑑定眼とかの魔眼の類じゃない。ただ単純に目がいいだけ、それに知識の補正が入って正しく認識してるんだと思う」
「・・・つまり?」
「精霊の使役法に似てたのはたまたまだったんだよ。まぁ、形を成すまでに影響を与えるとは思ってなかったけどね」
「・・・出鱈目ですね」
即興で完全に独自な術式を完璧に行使する。それは魔術の歴史を根底から覆す出来事であった。
そして一番厄介なのは、それを行使した本人がどれ程の事をやったのか正しく認識していない。という一点に尽きる。
(なんと危うい御仁か)
ラギドは精霊だ。
セラスという規格外を野に放ち、人社会に多大な影響を及ぼしたとしても、当然関知するところではない。
だが、有象無象の人間達に興味はないが、セラスという規格外に強烈な興味が湧いた。その泉のように湧き出る知識はどこから手に入れたのか、そしてセラスがどのような行動ののちに、如何なる結果を残すのか。
(これは魅入られたというのだろうか、どうしようもなく、辿る道を見ていたい)
咄嗟の行動だったが、ついて行くと言ってよかった。心からそう思い、すぐに思い直した。
(いや、違う。初めて会った時から魅せられていたんだ)
そう思えば今ある状況もごく自然なものに思えてきた。ラギドは自分の奥底から湧き出る何かに困惑し、自重めいた笑みを浮かべていた。
「なんていうかもう、無茶苦茶ねぇ・・・」
半ば呆れた様子の風の精霊、フェル。
「その様子なら魔法もトンデモナイこと出来そうね」
それはそうだろう、とラギドは思う。
なにしろ歌うだけで精霊を活性化させ瘴気を払い土地を蘇らせた程だ。しかも自在に術式を構築出来るほどの知識も保有している。如何なる魔法の行使も容易くできるだろう。と。
「魔法か・・・うん、魔法ね。なんかうまく出来ないんだよな」
セラスは右手を突き出して、うーんと唸っている。その右手からは形を成さない魔力がダラダラと垂れ流されている。
「さっき見た石を飛ばすヤツをやろうと思ったんだけどねぇ」
「これですか?」
ラギドは小さな石飛礫を生み出すと、くるくると回転させる。それは木の幹へと真っ直ぐ飛び、カツンと音を立てて藪の中に消えた。
「なんか足りないんだよなぁ・・・魔力を形に出来ない」
首を傾げるセラス。ラギドもまたセラスが魔法を行使出来ない理由が思い至らなかった。
「そういえばさ人間の魔法使いって、杖持ってるよね」
「杖?」
セラスと一緒にラギドも首を傾げた。
「あぁ、そうか媒介・・・か?」
思い出したかに喋るセラスだが、どこか納得出来ないのか語尾が上がった。
「まぁいい、やってみよう」
そういうと、セラスは魔力を指先に込めて空中をなぞった。セラスの指の後には魔力を残した軌跡が残り、手のひら大の魔方陣が出来上がった。
出来上がった魔方陣に指先で触れると・・・
ポン
という音と共に石飛礫が飛び出した。
「できた・・・」
「出来ましたね」
「出来たけど・・・効率が悪いな」
石飛礫を一つ生み出すのに十数秒間。
実験ならともかく、実戦で使えるものではない。
「杖・・・か、媒介・・・媒体・・・触媒・・・」
辺りを見回すセラスだが、魔法の触媒となる杖など落ちているわけがない。
セラスの目がラギドに向いて止まった。
「な、なんですか⁉︎」
ラギドが言い終わる前にセラスがラギドを掴んだ。
セラスはラギドを掴んだまま、手を前方へと向けた。
「ふぁ、ふああぁぁぁ!!」
セラスはラギドを媒体代わりに魔力を込めていく。
ドォン
10メートルほど前方に巨大な石の壁が立ち上がった。
「ちょ、ちょっとセラス様??」
セラスの周囲に数十の石飛礫が湧き出し、次々と石の壁を目掛けて打ち出される。
ズガガガガガガガガガガガ‼︎
凄まじい音を立てて石の壁が削られていく。
セラスは左手を下に構えた。
その手の平の下に人の頭ほどの石の塊が生み出され、空気を切り裂く音を立てて高速に回転する。セラスは左手を石の壁向けて振り抜いた。高速回転する石の塊は手の動きに合わせて石壁へと飛んだ。
ズバン!
空を切り裂く奇妙な音を立てて、石の壁に当たった石の塊は爆発し、石の壁ごと粉々に吹き飛んだ。
「おぉぉ〜」
満足げなセラスだが、右手の中にいるラギドはぐったりしている。
「セ、セラス・・・様?」
「お、おぉごめんごめん、大丈夫か?」
パラパラと石の破片が降る中、ようやくラギドは解放された。
「なにかこう・・・大事なものが汚された気分です」
「ま、まぁ、媒介があれば魔法が使えることがわかったな」
「魔法の行使に使われるのは構いませんが、次からは一言、お願いします」
ラギドは諦めた風に言った。
「さ、先に進もうか」
「ちょっと待って」
セラス歩き出したところでフェルが立ち塞がった。
「どうした?」
「あのね、ずっと気になってたんだけどさ」
いつも快活に話す風の精霊が、なにやら言いにくそうにしてる事にセラスは少し構えた。
「服・・・裸なのっていいのかな?」
ふと、セラスは自身の身体を見た。
「裸・・・だね」
「裸ですね」
そういえば、といった感じで特に気にした様子もなくセラスは言った。
「まぁ、服とか無いんだし仕方ないんじゃない?」
「いえ、服とは人間が身を守るために着ている物の筈です。何か着ましょう」
「でも、服なんか落ちてないと思うが・・・」
「無ければ作ればいいのです」
「作る?」
「はい、石で作りましょう」
沈黙が流れた。
「いや、流石に石で服は「良いね!」」
フェルが堪らず止めようした言葉にセラスの楽しげな声が被った。
「へ⁉︎」
「よし、よくわからないからラギド君、君の思うようにやってみたまえ」
「御意」
「いやいやいやいやいやいやいや待って待って待って」
フェルの反応を気にすることもなく、話は進んでいく。
「まず、足を保護しましょう」
「うんうん」
「まぁ・・・靴ならギリギリありなの・・・か?」
「次に下半身の防御ですね」
「ほうほう」
「いや、鎧じゃないんだから防御は・・・」
「上半身は大事です。頑強に作りましょう」
「ほむほむ」
「山の中歩くのに・・・あぁ、そんなゴテゴテにしたら・・・」
「頭は一番保護しなければなりませんし、顔に傷が付いたら大変です」
「なるほど」
「そんな前面まで覆ったら見えにくく・・・」
「腕も大事です。可動部も滑らかに動くよう細工を施していきます」
「全部じゃん!みんな大事にするなら軽くする細工もしようよ!」
そして、巨大な岩の塊が出来上がった。
「如何ですか?」
「うむ、少々重いけど、思ったより動きやすい」
岩の塊がガスガスと音を立てて動きながら、ぶつかる木を次々となぎ倒して歩く。
「重いの少々なんだ・・・」
もうどこからどう突っ込んだらいいのか、わからなくなってしまったフェル。
本人が楽しそうにしてるし、もうそっとしておこう。
そう思った。