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少女、疎外感を味わう

 昼が過ぎ、アラン・テグネル服飾工房では職人達が忙しく仕事をし、工房の中は喧騒に包まれている。


 そんな中をアルノルトはセラスと呼ばれる少女と、ティリアと呼ばれる幼女、それとその二人を紹介したディフィルを連れ、工房内を目的地までの道すがら案内して歩いていた。


 アラン・テグネル服飾工房は染色された織物の裁断加工から、服飾品の生産加工、販売まで一手に行う大規模工房である。


 独自の技術を確立し、強い技術力を持って顧客を獲得している古参の工房だが、特にそれらを隠すでもなく、殊更に強調もせず、淡々と案内し教えて歩いていた。


 アルノルトは鍛冶場の女神の噂を知っていた。

 同じ工業に携わる人間として、興味もあり、また羨ましくも感じていた。

 出来る事なら話をしてみたい。だが、へりくだって関わる気も毛頭ない。


 鍛冶場の女神は道具を大事にし、製品に心を砕く職人を好むと聞いていたアルノルトにとって、この訪問は自分の工房と職人達を見てもらう願っても無い機会だった。


 期待を胸に案内をするアルノルトだが、連れられている噂の女神の様子は、至って普通だった。

 興味ありげに周囲を見回し、針子さんや道具を眺めている。その様子はどこにでもいる普通の女の子のようだった。


 アルノルトは目的地である資材庫に着こうという所でセラスの足が止まった事に気付いた。


「なんか気になるものでもあったか?」


 アルノルトはセラスに近付き、視線の先にある物に気付いた。

 セラスの視線の先には端切れが大量に詰め込まれた大きな籠が幾つも並べられていた。


「かあ様」


 ティリアがセラスのスカートを掴み引っ張っていた。


「かあ様、ご厚意に甘えるのも礼儀として大事なことなんですよ」


「そうか、そうだな」


 セラスはそう言いながらも、端切れの山から視線を外さない。


「でも、なんか、こう・・・、寂しそうでな」


 アルノルトはセラスと端切れの山を交互に見回した。


 アルノルトにしても勿体無いとは思いつつも、どうしようもなく廃棄している端切れである。

 必要な分を裁断し、どうしようにも使い道のなくなった小さい物から細長い物、よれたり皺の付いて製品に出来なくなった物など、様々ある。


 セラスは端切れの山に近付き、その一部を掴んだ。

 掴み、持ち上げた端切れをはらはらとこぼした。


 大小様々、色も様々な端切れが空を舞い、山の戻っていった。


「アルノルトさん」


 セラスは端切れの山から視線を外す事なく言った。


「なんだ」


 答えるアルノルトの表情は、疑念と期待によってない交ぜになっていた。


「この端切れの一部を貰ってもいいだろうか?」


「構わんよ」


 セラスの質問は予想の範囲のものだった。だが、形も色もばらばらな端切れをどう生かそうというのか、アルノルトには見当も付かない。


 ある程度、予想していたのであろう小さなティリアもため息を吐いていた。


「ありがとう」


 セラスは振り返り、アルノルトに笑顔を見せて頭を下げた。


 セラスは再び端切れの山に向き直ると両の手を端切れに添えた。


「さぁ、君たちお仕事の時間だ。再び何かに変われる機会をあげよう。ただし、全ての物に機会を与える事は残念ながら出来ない。再び立ち上がる事の出来る物、それと私の意に添える物だけだ。それでよければ、私に意を示してくれ」


 それは不思議な光景だった。


 ただ眺めたならば、それは頭のおかしい女が、物言わぬ布に呼び掛けているようにしか見えない。

 だが、何十年と布に触れて来たアルノルトには、物言わぬ筈の端切れ達が歓喜に打ち震えている様に見えた。


「よし!」


 セラスの声と共に端切れ達が騒めき、セラスの身体から光が走った。

 紫の色を帯びた細かい光の束は端切れの山へと降り注ぎ、端切れが宙を舞った。


「予定とは変わってしまいましたが、これが誰にも真似できない技術の一端です。いかがですか?」


 呆気にとられているアルノルトにティリアが話しかけた。


「ぎ、技術?」


 アルノルトは、セラスと宙を舞い光を浴びて解けていく端切れを見た。


「あれは神の奇跡ではないのか⁉︎」


「違いますよ、あれは技術です。練り上げた魔力の糸をもって糸を一本一本解いているのです。しかし、魔力操作がまた更に上手くなってますね・・・、正直、私も驚きました」


 解けた糸が踊り、今度は一つへと集まり始めた。


「あれは・・・編み直している⁉︎そ、そんな事まで出来るのか⁉︎」


 アルノルトは自分の想像を超えた事象を、食い入るように見つめながらティリアに聞いた。


「多分、アレは違いますね。解くまではかあ様がした事と思いますが、編み直されているのは布に宿った精霊達の仕事でしょう」


「精霊の・・・」


 裁縫職人達の間で教訓として言われている事がある。

 素材を丁寧に扱いなさい、素材の精霊に喜ばれて初めて一人前になる。道具を大事に扱いなさい、道具の精霊に認められて初めて職人になる。と、


 極当たり前の事として習い、その通りに実践して来たアルノルトだが、その言葉の意味を今はじめて目の当たりにしている気分だった。


 端切れと魔力の舞いは程なく収束していき、セラスの手元に布地を残し、静かに終わった。


 その布を手にジッとしていたセラスだが、少し困った表情を浮かべて、ティリアとアルノルトを振り返った。


「ティリア」


「なんですか?かあ様」


「なんでだろうか、色に合わせてまとめ直そうと思った筈なんだけど・・・、何故かみんな同じ色になっちゃった」


 セラスの手にある布地は皆、紫がかった黒い布だった。


「かあ様の魔力の強さと、精霊との親和性の高さのせいでしょうね。物に宿る精霊は特に人に引っ張られやすい性質がありますから」


 あれほどの魔力を浴びたのならむしろ当然だろう。そんな事を考えながらティリアは言った。

 言いながら、ふと気になった。


「かあ様、かあ様はどんな色の布地を揃えようとしたのですか?」


「どんな色って・・・、赤でしょ、黒、白・・・」


「うんうん」


「青、紫、黄、緑・・・」


「うん?」


「それから、茶、水色、桃色、薄紫、黄緑・・・」


「かあ様?」


「なんだ?」


「それってそこにあった端切れの色、全部じゃありませんか?」


「あぁ、そういえばそうかもな」


「かあ様?」


「なんだ?」


「もしかして、その全部の色を使って服を作ろうとか、考えました?」


「え?駄目か⁇」


「・・・かあ様、鳥じゃないんですから・・・」


 ティリアは思わず、両手で顔を覆った。


「布さん達が一つの色になる筈です。使いやすそうな一つの色になったのは、そんな派手な服に成りたくなかったからですよ」


「えぇ・・・そうなのか・・・」


 衝撃を受けたかの様な鬱とした表情を浮かべるセラスに、アルノルトは困惑した。


 先程までの近寄りがたい神々しさは既になく、そこには時流に乗れない田舎娘の様な少女が居るだけだった。


「良いものを見せてもらった。お代を払わなきゃなんねぇな」


 不思議な気分だった。

 目の前にいる少女が女神かどうかなど、アルノルトは別にもうどうでもよくなっていた。

 ただ、目の前に居る規格外な少女の手伝いがしたくなっていた。


「その布を見せてくれるか?」


 アルノルトはセラスへと近付き手を出した。

 噂の女神が作り出した織物がどの様な物なのか興味もあるが、それ以上に自分の腕と見識を見せるいい機会だと思った。


 セラスは促されるまま、自分の手にある布をアルノルトへと渡した。

 アルノルトは渡された布を触り、引っ張り、確かめた。


「こりぁ・・・」


 絶句した。


 元々の素材としては端切れといえど一級品である。

 だが、そもそもは人の手によって作られた物。いかに熟練の手によって作られたとしても、完璧に仕上げる事は難しい。


 そしてこの織物は完璧ですらなかった。


 布とは本来、糸を紡ぎ、織り上げる物である。

 いかに細い糸で織り上げたとしても、織り上げた布には必ず目がある。

 それがこれにはなかった。

 正確にはあるのだが、糸と糸の細かい繊維が深く均一に絡み合い、一つの形を成している為、目が極端に薄く見え辛くなっていた。


 これならば、どこからどう切ったとしても最高の素材が取れる。

 それは裁縫職人として夢にまで見た最高の布だった。


 売って欲しい、譲って欲しい。喉の奥から漏れそうになる言葉をアルノルトは何とか飲み込んだ。

 頭の中ではどう裁断し、どう服を作るか、どういった物が作れるか、そればかりが駆け巡っていた。


 アルノルトは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 たかぶった気を落ち着けた。


「最高の品だ」


 アルノルトは手が震えるのも構わず、セラスに布を返した。


「もし、良かったらいい。その布から服を作るなら俺にも手伝わせて欲しい」


 アルノルトは背筋を伸ばし、深く頭を下げながら言った。


 一瞬、虚を突かれたセラスは驚いたが、直ぐに気を取り直し、アルノルトの肩を叩いた。


「我々は服を作るというのは素人でね、そうしてもらえると助かるよ」


「ありがとう、全力をもって支援しよう」


「ささっ立ち話も何ですから、落ち着いた所で話をしましょう」


「ははは、すまんかった。俺の作業場に行こう」


 ティリアに促され、アルノルトは歩き出した。


「黒っぽい生地ですが、アルノルトさんならどの色を足しますか?」


 ティリアはアルノルトの横を歩き、話しかけた。


「白を織り交ぜてメリハリを付けるか、赤や紫を織り交ぜて上品に仕上げるかってとこだろうかな?どの様な服を考えてんだ?」


「そうですね、儀礼的な正装、その上で戦闘向きな防具付きの服、という話だったのですが・・・」


「防具付きか・・・」


「いえ、布が良いものであるならば特に必要もないでしょう。動きやすさ重視でいくべきかと考えています」


「あれ?私の意見は?」


「動きやすさ、そりゃズボンでか?スカートでか?」


「かあ様は足が長いのでどちらでもいけるでしょうが、ここは儀礼的な美しさを強調する為にスカートでいきましょう」


「動きやすくというなら足の動きを阻害しない作りにする必要があるな」


「あれ?」


「はい、ゆったりとしたスカートで余裕を持たせるのもいいのですが、それではもったり感がでそうで・・・、何かいい案はありませんか?」


「そうだな、スカートの一箇所か二箇所に長い切れ込みを入れるのはどうだ?」


「足が見えてしまいますよ」


「そこは内にもう一枚、柔らかくて薄い生地のスカートをゆったりと間を持たせて履けばいい」


「なるほど・・・それならいい感じに出来そうですね、それでいきましょう。問題は切れ込みをどこに入れるかでしょうか」


「激しい運動、と考えるなら両脇か前だな。おっと着いたぞ、ここだ」


 そういうとアルノルトは戸を開け、部屋の中へと入って行った。それにティリアが続いて入って行った。

 二人の会話に入れずに少し困った表情を浮かべたセラスとディフィルは互いに顔を見合わせていた。


「ディフィルさんも何か意見を・・・」


「いやぁ、私にはとても・・・」


 二人は部屋の中で着々と話しを進めていく二人を眺め、事の成り行きを見守るだけだった。

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