表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/40

少女、説教される

 バルガの鍛冶屋のある第一工業区と、アラン・テグネル服飾工房のある第三工業区とは近からずとも遠からず、といった距離にある。


 大通り付近に多くある整理された商業区とは違い、工業区、住宅区、倉庫区は入り組んでいる。


 北東地区には、鉄工業が中心の第一工業区、宝飾関係の多い第二工業区、縫製、皮革工房の多い第三工業区、木工、石工業の多い第四工業区、と四つの工業区がある。


 それぞれ第何区と名前を付けて区画分けされてはいるが、その形と広さは整理されたものではない。


 それぞれが独自に利便性の高い倉庫区を持ち、独自の搬入路と販路を持ち、仕事をし易い環境を自ら整えている為である。


 そしてアルフレッドを含めた歴代の領主達も、下手な区画整理などする事はなく、むしろこの侵食と後退を繰り返す、迷路の様相を放任していた。


 北東地区に多くの警邏範囲を持っている暁の楔戦士団、その副団長であるディフィルは北東地区に限るが、その全ての道を把握していた。


 ディフィルは頭の中で地図を開き、急ぐ事もなく寄り道をする事もなく、最短の道を選び歩いていた。ディフィルが歩きながらセラスという少女について考えていた。


 ディフィルはセラスと会うに際して可能な限りの情報収集を行なっていた。

 だが、わかった事は多くはなかった。


 何しろ出歩く事は極端に少なく、移動時間を除けばその殆どの時間を領主宅か鍛冶場で過ごしている。


 その主に居住であり仕事の場でもある領主邸宅の、その同僚ともいうべき侍女達や衛兵達ですら、セラスという少女がどの様に過ごしているのか誰も正確に把握していなかった。


 鍛冶屋に至っては、もはや信仰とも言うべき敬愛を持ってセラスと接しているので参考にならない。


 見えてきたものといえば領主アルフレッド・イル・オーランドのセラスに向ける猜疑心のようなものと、超常とも言うべき力の一端、あとは食べる事が好きらしい、という事だけだった。


 偶に連れているという愛らしい幼女の話も、秘匿されているのか殆ど出てこなかった。


 にも関わらずである、一人歩きしはじめている鍛冶場の女神の噂は、他の傭兵団との間に軋轢を生み出していた。


 暁の楔戦士団は女神と友誼を結んだ。


 暁の楔戦士団はそれを隠している。


 果ては、暁の楔戦士団は女神を独占している。などと言われる始末である。


 友誼を結んだという所までは正しいと言えなくもないが、その他に関しては言い掛かりも甚だしい。


 ディフィルはなんとかセラスを引っ張り出し、他の傭兵団と友誼・・・とまではいかずとも、引き合わせる必要があった。


 奉献の儀として選ばれた合同訓練も、前もって予定されていたものではなく、他の傭兵団から引き合わせの機会として無理矢理に申し込まれたものだった。


 図らずも機会が合致し、約束を取り付けた事に安堵したディフィルだが、今度は服装の問題である。


 ディフィルは出来る限り先延ばしにせず、予定通りに奉献の儀を行いたい。もしも、奉献の儀が先延ばしになったとしても、合同訓練にセラスを連れる約束を取り付けたかった。


 ディフィルは胃が痛くなる思いに苛まれながらも、これから会う専属服飾師という者に僅かばかりの期待を抱いていた。


 セラスの周辺に居る者は少ない。

 ディフィルが知って居るのは、お目付役をさせられているウィリアム、セラスをかあ様と呼ぶらしい謎の幼女、そしてセラスを姉様と呼ぶ侍女のサーガだけである。


 全く知らない人物なのか、はたまた既に名前の上がった誰かが来るのか、どちらにしろ新しい情報が得られる機会であるとディフィルは考えていた。


 考え事をしながら歩くディフィルは程なく服飾工房に辿り着いた。


 ディフィルは周囲を見渡し、セラスの姿が見えない事を確認すると、工房の中へと入っていった。


 アラン・テグネル服飾工房は百人以上の職人を抱える大規模工房である。


 その入り口は搬入口を兼ねていることもあって大きく出来ており、販売を主とした店舗とは違い中は雑然としていた。

 中は受付が一つ、製品が数着その傍に掛けられ、奥に応接用の椅子とテーブルが2セット置かれている。他は皮革、布、端切れ、多種多様な金具や金型が所狭しと並べられていた。


 ディフィルは内部の様子を確認しながら、受付をしている女性の顔を確認し、にっこりと微笑んだ。


 傭兵団の副団長という肩書きを持つディフィルだが、主に仕事としているのは円滑に団を運営するための雑用と交渉である。

 当然、この工房にも何度も足を運んでおり、受付の女性とも面識があった。


 受付の女性はディフィルの顔を見ると慌てたように立ち上がった。

 ディフィルは女性の表情に些かの不安感を覚えながら受付へと近付いた。


「あの、ディフィルさんのお知り合いだという女性の方が・・・」


 まさか、そんな思いに駆られながらディフィルは奥にある応接用のテーブルを見た。


「セラス殿⁉︎」


 そこには侍女服を着たセラスとワンピースを着た可愛らしい女の子が居た。


「おや、ディフィルさん。少し早く来すぎてしまったよ」


 軽く手を挙げて照れたように挨拶するセラスに、ディフィルは自分の認識の甘さを再認識した。


「ですから言いましたでしょう?かあ様は物作りに目がなさすぎるのです」


「いやぁ、すまんな」


「もう二度と小脇に抱えて走るなんて真似はしないで下さいね」


 ぷくっと頬を膨らませて怒る幼女。

 幼女を小脇に抱えて走る侍女というのは、さぞかし奇異に見られた事だろう。

 ディフィルはその姿を想像して少しばかり同情した。


 セラスへの怒りが収まったのか、幼女は椅子から降りディフィルの前に立った。


「かあ様がご迷惑をおかけしましたようで、すみませんでした」


 まさか頭を下げるとは思っても見なかったディフィルは慌てた。


「とんでもありません!そもそも不躾なお願いをしたのは我らの団長です。感謝こそすれ、迷惑など」


「いえ、かあ様を自由にさせておくと周囲が必ず困惑する事になるのです。アルフレッドさんのお宅でお仕事をさせて貰っているのに、給金を頑なに拒んでいるのがなによりの証拠。かあ様が自分で服を買えるお金持っていたのなら、こんな事態にはならなかったのです」


「いや、待てティリア。それは仕方がないだろう?身元不明の身を預かってもらっているだけでも感謝すべきであってだな」


「かあ様は卑屈すぎます!ちゃんとお仕事をしているのに、正当な対価を貰わないというのは相手に対しても失礼です。バルガさんの所でもお昼ご飯を食べさせてもらっているだけなのでしょう?バルガさんに給金を支払いたいと言われていませんか?」


「や、それは、そうなんだが・・・」


「ほら、バルガさんにもご迷惑をお掛けしてるじゃないですか」


「むぅ」


 ティリアはディフィルに向き直った。


「ディフィルさん・・・でよろしかったでしょうか?」


「はい」


 ディフィルは急に名前を呼ばれドキリとした。

 怒りの矛先がこちらを向いたのかと思った事もあったが、小さな可愛らしい女の子が母親の様な貫禄を醸し出している姿に、余計な緊張感を覚えてしまっていた。


「申し訳ありませんが、こんな不器用なかあ様です。どうか良くしてやってくださいませんか?」


 これではどちらが『かあ様』か分からない。

 ディフィルは微笑ましさを感じながら、


「はい、分かりました。私の出来る限りで助力させて頂きます」


 二つ返事で受けていた。


 ディフィルは答えてからハッとした。

 つい場の雰囲気に呑まれて了承させられてしまったと気付いた。


「や、ティリア。それはさすがにディフィルさんに迷惑が」


「かあ様、これはかあ様が正当な対価を受け取るための第一歩なのです。かあ様の裁縫技術はもはや誰にも真似のできない領域に達しています。確かにここで作られる服はかあ様の為の物です。けれど、そもそもはギュクレイさんから依頼された仕事の為の服なのです。仕事の為の服を作る技術をかあ様が出し、必要な素材をある程度ディフィルさんに頼る。それは礼儀でもあるのです」


 六歳程にしか見えない少女が仕事と礼儀を力説するというその姿は、些か悲壮感が漂ってしまう。


 これを見て何もしなければ男が廃る。と思わせる雰囲気が流れていた。


 ディフィルが不思議な敗北感に塗れている中、雰囲気に呑み込まれている者がもう一人居た。


 アラン・テグネル服飾工房の三代目店主であり、ディフィルが到着するまでセラスとティリアの相手をしていたアルノルト・テグネルである。


 アルノルトは、そっとティリアに近づくと膝を曲げ、ティリアと目線を合わせた。


「ティリアお嬢ちゃん、ちょっといいかな?」


 アルノルトは齢五十を越える初老の男である。白髪の混じった頭に、深い皺の刻まれた顔は好々爺といった面持ちだが眼光は鋭く、小柄ながらもガッチリとした身体は一級の職人の雰囲気を醸していた。


「なんでしょう、アルノルトさん」


「俺は生まれてこの方、服飾の世界から出たことのない偏屈なジジイでな。その・・・俺もその、誰も真似できない領域って技術を見てみてぇんだが・・・いいかな?」


「もちろんです!きっと驚きますよ」


「おぉ、そうか。それじゃあその対価に、俺が材料費を持ってやろう」


「え⁉︎いや、それは」


「ほんとですか⁉︎ありがとうございます‼︎」


 セラスの言葉を掻き消す様にティリアが礼を言った。


 にこやかな笑顔を浮かべるティリアに、ディフィルは一人戦慄していた。

 自分がこの場に入ってから、全てはこの幼女の独壇場だった。事情の説明、漂わせる悲壮感、そして売り込み。全て計算の上での行動だったとしたら・・・。


 いや、まさか。とディフィルは首を振って、今の考えを振り払った。


 これはきっと無邪気な勝利なのだと、そう思う事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ