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少女、食べ物で誤魔化される

 セラスが精霊に捧げるための剣を打ち終えてから二日。


 この日も元気に鍛鉄に勤しみ、昼食を掻き込んでいたセラスを訪ねる者がいた。


 バリバリバリバリ


 キースに連れられて来た男をセラスは漬物を食べながら見ていた。


 少し長めの茶色い髪が、灰色がかった黒い瞳に僅かに掛かっている。身長は170から少し出たくらいであろうか、中肉中背といった感じであった。

 腰に剣を下げているものの、剣を振るよりも弁舌の方が立ちような面立ちの男だった。

 その手には布包を一つ抱えていた。


「初めましてセラス殿、お食事中に失礼します。私は暁の楔戦士団の副団長をさせてもらっているディフィルと申します」


 ディフィルはセラスの横に立ち深々と頭を下げた。


 ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ バリバリバリバリ


(こいつも頭脳労働っぽいけどハゲてないな)


 最近、ますます薄さが増しているアルフレッドの頭頂部を思い出しながら、ディフィルと名乗る男の頭を見ていた。


 ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ バリバリバリバリ


「そろそろ剣の拵えも出来ると聞きまして、奉献の儀の段取りも兼ね、ご挨拶に参りました」


 ズゾゾ もしゃもしゃ ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ


 ディフィルの言葉を聞きながら粥を掻き込み、椀を置いた。セラスは畏まって話しかけられる事と、食事を邪魔される事が嫌いだった。


 セラスは眉根に皺を作り、ディフィルを振り返った。


「あとこれはセラス殿にいかがかと思いまして」


 ディフィルは布包をセラスの前に置き、包みを解いた。中から現れたのは籐かごに入れられた沢山のパンであった。


「ティルキンという最近流行っているパンです。まぁ、食べて見てください」


 セラスはパンに顔を近付け、すんすんと匂いを嗅いだ。


「いい匂いがするな、じゃ一つ貰うよ」


 セラスはまだ温かいパンを一つ手に取り、頬張った。


「んぐっ美味い!」


 パンの中に味付けされた肉が仕込んであり、セラスの口の中にジュワッと肉汁が広がっていた。

 セラスはあっという間に一つ平らげた。


「いやぁ、美味しかった。街には美味しいものがあるのだな、ありがとう」


「気に入って頂けたのなら幸いです」


 セラスはもう一つパンを手に取ると、かごをカイに渡した。カイもかごから一つ取ると隣にいたキースに渡した。

 そのまま休憩小屋の中をぐるりと巡り、かごがセラスの所に戻る頃には、中身は空になっていた。


「それで、段取りだったっけ?」


「はい、大精霊に降臨頂く為に必要な物があれば用意いたします。後は日取りを決めて頂けましたら」


「呼ぶのに必要なものっていったら・・・そうだな、ディフィルさん訓練とか戦闘実習とかそういうのない?」


「あぁ、なるほど、丁度いいのがありますよ。明後日になりますが、合同訓練の予定があります」


 戦場の精霊は闘争心を好む。ディフィルもその事を知っていた。


「合同?」


「はい、うちの暁の楔戦士団と緑風傭兵団、それと旋牙の剣傭兵団の三組による模擬戦ですね。各団より十名づつ選抜し、三十名による勝ち抜き戦を行う予定です」


「ほほぅ」


「緑風もうちと同じ千人規模の傭兵団ですし、旋牙に至っては千五百に届く規模ですから、白熱した試合が見られるかと思います」


「それは面白そうだ。それでギュクレイさんやバジウッドは出るのか?」


「いえ、隊長格に出場資格はありません。隊長格の人が勝ったの負けたのとなると色々と団の方に支障が出たりしますからね」


 やや苦笑いを浮かべながらディフィルは言った。


「なるほど」


 セラスはそれがどういう事なのか今一つ理解出来ていなかったが、なんとなくで返事をしていた。


「後なにか入り用な物などありませんか?」


「特になぁ・・・」


 セラスは言葉の途中で困ったような険しい表情を作り、ディフィルの方を向いた。


「どうかされましたか?」


「ディフィルさん」


「なんでしょう」


「服はどうしたらいい?」


「服・・・ですか?」


「そう、服だ。私は手持ちの服がこれしかなくてな。後は侍女服を二着借りているだけなんだが・・・何か用意するべきか?」


「その服でも、よろしいのでは?」


「この服は作業着だからな、作業する場所以外にはあまり着て行きたくないんだよ」


 セラスとしては別に何でも構わないと思っているのだが、それをするとため息を吐いて嘆く人がいるので出来ないのだった。


「今から仕立てるのでは時間が足りませんね・・・日を改めますか?」


「いや、素材があれば私が仕立てるから日は掛からないんだが、その素材がな」


 ディフィルはふむ、と顎に手を掛けて考えた。

 奉献の儀とはいわゆる神事である。それは戦場の精霊であっても変わらない。だが、服装の事まで考えていなかったディフィルに神事に合った服装というものは想像が付かなかった。


「素材だけならなくはないですが、それが神事に合うかまではわかりかねますね」


「それはどんなものだ?」


「我々の傭兵団で服と防具の整備や補修を依頼している服飾工房があります。そこには補修用の防護素材や服飾素材、補修用の端切れなどをまとめて預かってもらっているのです。ただ、お金のない傭兵達の服や防具の補修用に使っている物ですから上等なものなどはありませんので・・・」


「ふむ、まぁ上等である必要はないと思うが、精霊の事は精霊に聞いてみようか」


「精霊に?」


 セラスは両の手の平を上に向けて体の前に出した。


「ラギド、フェル」


 セラスの右の袖から紫の光があふれ出て右の手の平に溜まり小さな男性の形になった。

 左の袖からは柔らかい風が吹き、左の手の平の上で渦を巻き、小さな女性の形になった。


 ディフィルはセラスの手の平に乗る光の玉を驚きの表情で見ていた。


「何か御用でしょうか」


「呼んだー?」


「戦場の精霊に奉献の儀ってのをやる事になったんだが、服装はどうしたらいいだろうかね?」


「精霊を祀る儀式や祭りに正式な衣装というものはよくある様ですが、それを精霊が拘っているというのは聞いた事が無いですね。基本的には敬う気持ちがあればそれで構わないかと」


「そうだねー、なんかひらひらしてて面白いーとか、なんかきれいーとか、その位でしか見てないね。なんかしらの服装っていうなら、戦場の精霊なんだし鎧っぽいものでいいんじゃない?」


「ふむ、わかった。ありがとう」


 二人はセラスの手の平から淡い光を溢し、消えていった。


「だ、そうだ」


 セラスはディフィルを見た。

 ディフィルは口を半開きにして呆けていた。


「あっ、すみません。上位精霊を使役しておられるとは知らず、驚いてしまいました」


 セラスは眉間に皺を作りディフィルを睨んだ。


「使役じゃない、彼らは友達だ」


「えっ⁉︎た、大変失礼しました。上位精霊を使役せずに連れる事が出来るとは知りませんでした。無知をお許し下さい」


 ディフィルは深々と頭を下げながら、精霊との会話が聞こえていないと言いそびれている事を思い出し、さらに青くなった。


「ラギド」


 セラスは再び右手の上にラギドを呼んだ。


「どうされました?」


「使役せずに連れるというのは珍しいことなのか?」


 ディフィルは、はっとして顔を上げた。


「皆無、と言っていいほど少ないですね」


「そうなのか?」


「はい、普通は契約によって存在を固定化しますから、名前を持つ上位精霊においても、そもそも存在していた場所から移動すると力が変質します。セラス様が我々に掛けた技法というのは既存にない特殊な方法なのですよ。あとはある程度自由を縛って置かなければ、勝手に何処かに行きますからね。精霊は」


「そうなのかー」


 会話の内容が分からないディフィルはセラスの様子を伺いながらやや安堵した。悪い方向には進んでいないと見て取っていた。


 セラスはフェルとラギドに名前を付けた時の事を思い出していた。

 そもそも自由な存在を縛るつもりのないセラスには契約で自由を縛るというのは理解し難いものがあった。だが、精霊に仕事を手伝ってもらう。という風に考えるならば理解出来た。仕事とは不自由なものであるし、勝手をされては困る事も多々ある。

 その為に契約という手法を講じるのは確かに普通に思えた。


「ディフィルさん」


「はい」


 ディフィルは背を正した。


「精霊を契約せずに連れるというのは珍しいようだ。語気を荒げてすまなかったな」



「いえ、そもそもは私の無知からくるものです。謝らないで下さい」


 ディフィルは安堵の笑みを浮かべていた。

 セラスも笑みを返し、立ち上がった。


「それから・・・」


 セラスはそっと手を伸ばし、ディフィルの額にそっと触れた。

 なにをされるのかと身を硬くしたディフィルは、触れられた額が熱くなるのを感じ、ただじっとしていた。


 セラスがディフィルの額に触れて数秒、触れた時と同じゆっくりした動作でセラスは手を離した。

 ディフィルはあたたかさの残った額に触れ、なにがあったのか確かめようとしていた。


「今のは・・・」


「ディフィルさん、精霊の声が聞こえてなかっただろう。フェル、おいで」


「はいはーい」


 ディフィルが、やはり知られていたか、と思うと同時に可愛らしい声を耳にした。

 ディフィルは目を見開いた。


 ディフィルの目の前で風が渦巻き、姿を現した小さな少女。それがディフィルの顔の前で手を振り「やっほー」と言っているのを目の当たりにした。

 ディフィルは咄嗟に耳をつかんだ。


「これは⁉︎」


「精霊の声が聞こえる様にしておいた。前より精霊の姿もよく見えるだろう?一度慣れてしまえばいつでも出来る様になるよ」


 あまりに軽い調子で言われたディフィルは困惑した。

 手を触れるだけで精霊と会話できる様になるなど聞いた事もない出来事だった。


(これが女神の力か!)


 ディフィルは生唾を飲み込み、今起きた現実をなんとか受け入れた。

 ディフィルは神など信じていない。ギュクレイやバジウッドからの話と集められた報告から推察して、少し人の枠から逸脱している程度か、特殊な能力の持ち主なのかもしれない。位にしか考えていなかった。最悪、詐欺師である可能性も考慮に入れていた。


 当然、詐欺師の可能性もギュクレイに伝えてある。

 だが、ギュクレイは苦笑いを浮かべてこう言っただけだった。


「確かにその可能性は絶対にないとは言えない。けど、彼女になら騙されてもいいかな?って思ってしまう人だよ。まぁ、会えば分かるさ」


 また惚れたか?とは思ったが、実際に会ったなら、なるほどとしか思えなかった。


 何故に女神と呼ばれる様になったか、ディフィルは分かった気がした。


「あぁ、そうだ」


「あ、はい」


 セラスの言葉でディフィルは現実に帰ってきた。

 フェルと呼ばれていた小さな精霊は見えなくなっていた。


「精霊達は特に服装は気にしないそうだ。気になるなら鎧っぽいそれらしいものでも作ったらどう?だそうだ」


「なるほど」


 先程の精霊が言いそうだ。ディフィルはそんなことを考えていた。


「じゃその服飾屋の場所を教えてくれ、ラギド」


「はい、ここに」


 セラスの手に乗る紫の精霊をディフィルは見た。


「彼に場所を教えてくれれば、まず間違う事はないから」


「それは構わないのですが・・・、一緒に行かれないのですか?」


「あぁ、私は一旦屋敷に戻って私専属の服飾師を連れて行くから」


「分かりました」


 ディフィルは少し考えた。

 言葉が通じる様になったとはいえ、相手は精霊である。人間の事をどれだけ知っているのか分からない。何をどう説明したらいいものか見当もつかなかった。

 とりあえず、率直に店名から聞いてみる事にした。


「アラン・テグネル服飾工房というのですが、ご存知ですか?」


「存じております」


 即答だった。


「流石ラギド、後で道案内を頼むよ」


「御意」


「じゃ、ディフィルさんすぐに行くから先に行って待っててくれ。親父さんまた明日な」


 セラスはバルガに片手を上げて挨拶すると風の様に出て行った。


「いってらっしゃーい」


 キースは手を振りセラスを見送っていた。


「あっ、ぁぁ、お嬢行っちゃったか」


 一拍遅れて、バルガは出入り口に視線を送った。すでにセラスの姿は見えない。


「まだ、間に合うのでは?」


「馬鹿言え、走り出したお嬢に声が追いつける訳ねぇだろ」


「そんな・・・」


 ディフィルは出入り口から顔を出し、セラスの姿を探した。何処にも見当たらなかった。


「いねぇだろ」


「・・・はい」


「お前ものんびりしてたら、お嬢を待たせる事になるぞ」


「・・・そうですね」


 ディフィルは残されたパンの入っていたかごを持ち、出入り口へと歩いた。


「あぁ、そうだ。お嬢に会ったら帰りに寄る様に言っておいてくれ。剣が出来てくるからって・・・、まぁ遅くなりそうだったら明日でもいいんだがな」


「伝えておきます」


 ディフィルはバルガに一礼すると、服飾工房に向けて歩いていった。

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