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少女、粥にはまる

 名残惜しげにロイネの尻を見送ったニルスは馬車を振り返った。

 馬車の中のグルトレラに動く気配はない。ニルスは少しだけ困った顔をして馬車の戸を叩いた。


「さぁ、大将。いつまでも凹んでちゃ始まりませんよ。ささっと仕事片付けて帰りましょ」


 馬車のグルトレラに語りかけた。グルトレラはニルスに応じ、戸を開け馬車を降りた。身体が痛むのか、その動きはどことなくぎこちなかった。


「なぁニルス」


「なんですか大将」


「儂は娘が絡むと馬鹿になってたか?」


「まぁ・・・目も当てられない事がしばしば」


 グルトレラはがっくりとうな垂れた。


「そうか、迷惑を掛けたな」


 ニルスは困った様に苦笑いを浮かべるばかりでなにも返事を返さなかった。

 グルトレラとニルスは建屋に向けて歩きだした。


「それで、どうするんです?」


「謝罪はせんとな、セラスという娘に関しては・・・本人と直接話をしてからだの」


 グルトレラとニルスは鍛鉄の行われていた建屋に向かい、人が居ない事を確認すると人の気配のする向かいの建屋へと足を向けた。


 どうやら休憩小屋らしく鍛冶場衆が食事を摂っているのが見えた。隅の方にアルフレッドらがいる事を見とめ、グルトレラは戸を叩き中に入った。


「儂はレグロ・エルメスト・フローガル・グルトレラという。この度は年甲斐もなく興奮してしまいご迷惑をお掛けした。平にご容赦願いたい」


 そう言うと、グルトレラは深々と頭を下げた。

 その口上と頭を下げる姿に休憩小屋は騒然となった。グルトレラの姿は知らなくともその名は有名である。その名を知る者は当然として、その人と成りを知るアルフレッドもまた驚いていた。

 その姿に何の興味も示さなかったのはセラスとサーガくらいだった。


 実際、何を謝っているのか分からないセラスはグルトレラを一瞥すると、椀に入った粥の様なものを掻き込み、漬物を摘んではバリバリと頬張っていた。


「カイ、これ美味いな」


「あ、ありがとうございます」


 セラスの食べている粥は米、あわ、ひえ、蕎麦、麦などを混ぜ合わせて炊いたものである。安価で栄養価は高いがあまり美味しいものではない。

 それにグルトレラの口上を無視しているセラスになんと返答したら良いかカイは迷った。セラスが美味しいと言って食べているのだからそれで良いと思う事にした。


 グルトレラはバルガと話をしながらも、目の端にセラスを捉え注意深く観察していた。

 自分の事を歯牙にも掛けていない姿にやや驚いていた。


 グルトレラはバルガとの挨拶を済ませるとセラスの横に立った。


「もし、お嬢さんや」


 ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ バリバリバリバリ


 セラスは食事の手を止める事なくグルトレラを見た。


「名をセラスと聞いたが間違いないかな」


 ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ バリバリバリバリ


 セラスはグルトレラを見てコクンと頷いて見せると、カイに椀を差し出した。


「カイ、おかわり」


 カイは「はい」と受け取ると、五杯目となる粥をよそった。


「セラスさんは何故鍛冶をなさっておられる?」


「楽しいからだが・・・それがなにか?」


 あまりに無礼な様にバルガもカイもニルスも気に揉んでいた。当のグルトレラは名乗りはしても公爵とは言っていない為、公的な立場にはない。なので細かい事を気にするつもりはなかった。


「楽しいから・・・か。貴女は精霊と会話が出来、魔法言語も堪能と聞いたが、本当かね?」


 ズゾゾズゾゾ もしゃもしゃ バリバリバリバリ


 カイからおかわりを受け取ったセラスは食事を再開していた。


「別にどうでもいいんじゃないか?そんな事。精霊なんてよく見てればどこにでもいるし、耳を傾ければ声も聞こえる。魔法だって延々本とか読んでたらいつの間にか覚えてる。そんなもんだよ」


 大根の漬物をバリバリ食べながらセラスが言った。


「そんな事よりあんたもメシ食いな」


 セラスは自分の使っていた腕と木製の匙をそのままグルトレラに差し出した。グルトレラは差し出された椀を見て、少し考えた。

 腹を摩り、そういえばと腹が空いている事に気付いた。


「そうだな、いただこう」


 グルトレラは差し出された椀を受け取り、粥をひと匙掬って口に入れた。


 素朴な味だった。

 決して美味しいと言えるものではなかったが、身体にとても良く沁みる感じがしていた。


「美味いな」


 自然と口から漏れていた。

 セラスはその言葉にニヤリと笑った。


「そうだろうさ、あんた疲れ過ぎてるんだよ。メシも食わず駆けずり回ってちゃ身体が可哀想だ。疲れてる時こそ、ちゃんとした物を食べなきゃ駄目さ」


 グルトレラは苦笑いを浮かべて椀をセラスに返した。


「すまないが、儂にも一杯もらえないか?」


 カイに向かってそう言った。

 程なく届けられた粥をグルトレラとセラスは並んで食べた。

 セラスに習いグルトレラも漬物を素手で摘み、口の中に放り込む。


 バリバリバリバリ


「うむ、美味い」


 笑い合い粥を食うグルトレラとセラスを、周囲の人は不思議な物を見るようにぼんやりと眺めていた。


「出来たっスよー」


 大きな声で入ってくる者がいた。

 布に包まれた棒状の物を持つキースだった。


「おっ」


 セラスは残っていた粥を急いで掻き込むと立ち上がり、キースに手招きした。


 キースはセラスを見つけるといそいそと歩き、セラスの前のテーブルに布包を置いた。


 ゴトッと重い音を立てて置かれた布包にセラスは釘付けになった。


「開けてくださいス」


 セラスはキースの顔をチラリと見て生唾を飲み込むと、布包に手を掛け、ゆっくりと丁寧に布を剥がした。


「「「おぉぉ」」」


 周囲から感嘆の声が上がった。

 中から出てきたのは研ぎ終えたばかりの僅かに反りの付いた片刃の剣だった。

 刃渡り40㎝程の剣と言うには少々短いが厚みがあり、無骨で重厚感のある形をしている。

 やや黒みを帯びた刀身には細かい木目模様が浮かんでいた。


 セラスは剣を手に取り眺めた。

 ほんのりとした光を帯び、細かい木目模様が光を反射していた。セラスは剣を惚けたように眺め、ポツリと呟いた。


「美しいな」


 ジッと眺めていたセラスの表情が徐々に険しいものに変わり、そして悲しいものへと変わった。


「お嬢、どうしました?」


 表情の変化にいち早く気付いたバルガが尋ねた。


「強い魔力を秘めているが・・・この子には精霊が入っていない。焼き入れするまでは確かに感じてたんだけど・・・」


 良き鉄には精霊が宿る。それを見て知っているセラスは鍛鉄に不手際があったかも知れないと考えた。


「お嬢、この剣はまだ産まれたばかりですよ」


「ん?」


「色々な物が混ざり合い一つに成り、この世に誕生したばっかりなんです。剣ってのは、作られ、持たれ、使われて、初めて剣になるんです。産まれて間もないのにそこまで望まれちゃ可哀想ですよ」


「そうか、そうだな」


 セラスは手に持つ剣に優しく微笑み掛け、包まれていた布の上にそっと置いた。


「ギュクレイさん、近いうちに拵えられて届けられると思うが、よくしてやってくれ」


 人混みの中、人と人の隙間から剣を見ていたギュクレイは急に話し掛けられて目を白黒させた。

 何か言おうと口をパクパクさせ、顔は徐々に赤みを帯びてきていた。一度話した事のあるセラスが相手でも、ギュクレイは心構え無しには話せなかった。


 異変に気付いたバジウッドが素早くギュクレイの前に割り込んだ。


「セラスさ・・・ん、俺らぁ傭兵です。剣を捧げるっつっても作法とかよくわからんですし、いっつも同じ場所に居る訳でもないんで社を建てる訳にもいかんのです。それで剣を捧げる儀式も管理もセラスさ・・・んにお願いしたいんですが、どっすか?」


「どっすかって・・・いや、戦場の精霊に捧げるのだから、戦場こそが社のようなものだ。貴方達傭兵こそが持つべきものだよ」


 うっ、と言葉を詰まらせたバジウッドを押し退け、心構えが出来たギュクレイが前に出た。


「セラス殿、その剣は確かに精霊に捧げる為に造られた剣だ。確かに戦場の精霊であれば戦場こそが社となりましょう。けれども、その剣を見た時に俺は分かったんですよ。その剣はセラス殿、貴女と共にある事を望んでいる。

 貴女がその剣を手に美しいと言った時、その剣が喜んでいるように見えましたよ」


 セラスはハッとして布の上に置かれた剣を見た。そっと手を伸ばし、触れた。


 剣が僅かに発光した。


 セラスは顔を上げ、ギュクレイをバジウッドをバルガをカイを、みんなを見た。

 皆、一様に頷いていた。


「分かった。私が預かるよ、ありがとう」


 セラスはそう言うと微笑んだ。


 グルトレラはセラスの笑顔を見届けると静かに席を離れ、アルフレッドを促して外に出た。


「世話を掛けたオーランド卿。お陰でいいものが見れたよ」


「いえ、礼には及びませんが・・・」


 アルフレッド君と呼んでいたのがオーランド卿に変わり、アルフレッドは少なからず驚いていた。


「儂は少し狭量だったようだ。あの子を見て思い知ったよ」


 グルトレラは出口に向かい歩きながら、少し後ろを歩くアルフレッドに言った。


「セラスを見て・・・ですか?」


「うむ、あれは本当に女神となるやもしれんぞ」


「女神と・・・なる?」


「オーランド卿、女神とはなんだと思う?」


「・・・やはり、神々しく、美しく、皆から愛され、慈しみに満ちた・・・方でしょうか」


「そうよな、女神と言われて思い浮かべたならそうなろう。では、そこから神々しさを抜くとどうなる?」


「・・・」


 アルフレッドの顔が苦い物でも噛んだ様に歪んだ。


「なんだ?辛酸でも舐めさせられたか?」


 アルフレッドの顔を見て、グルトレラが大きな声で笑った。


「まぁ、神々しさを抜いたら神ではないのだろうが、後光だけが神々しさではあるまい?人によってはあの笑顔は神々しく見えるだろうて。オーランド卿、あの子は扱おうとして扱える子ではないよ。信頼を得て置き、いざという時の為に備えておくが良かろう。領主としてな」


 グルトレラは苦笑いを浮かべ、遠くなった休憩小屋を眺めた。

 名残惜しそうに前へと向き直り、馬車に乗り込みアルフレッドの屋敷へと帰って行った。

ようやく終わりを迎えた今回のお話。

自分では、アルフレッドの女嫌いの理由編、と名付けていますが・・・


はてさて、どうでしたでしょうか?

と、いうのも、今回の話は見切り発車したが故に結末が想定していたものと真逆の結果を迎えるという・・・

なんともコントロール不能なまま落ちてしまったのです


ロイネさん逃亡とか予想外過ぎる・・・


キャラに自由にさせたが故に迎えた結末です


ここまでキャラが自由に動き回ったのは初めてでして、どこか変な所がなかったか戦々恐々としとります


何か気になる所が見かけましたら、感想の方にでも一言お願いします



ついで


近い内に公開すると思いますが、新作のタイトルを


天寿全うした筈の農家の爺さんは、異世界に召喚されても農業がしたい


に決定しました


なろうによくある異世界転生、転移ものを読んでて思いついた作品です


まぁ、まだ書いてないんですけどね

さてどんな作品になるのやら・・・


では、また次のお話で


ごきげんよー

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