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ロイネ、逃亡する

「うぐっ」


 身体中が痛い。

 痛みから目が覚めたのか、目が覚めたら痛かったのか、自分でもよくわからないままグルトレラは意識を取り戻した。


 目に見える世界はどことなく見覚えのある見知らぬ場所だった。

 そこに一人、見知った女性がいた。


「気付かれましたか?」


 見知った女性、ロイネが優しく語りかけた。


「ほほあが!」


 ここは?と言おうとして激痛が走った。手で左の頬を触り、大きく腫れているのを感じた。

 グルトレラは周囲を見回し、ぼんやりとした記憶を探った。


「ここはオーランド卿からお借りしている馬車の中ですよ」


「あぁ・・・」


 グルトレラはようやく見覚えがある理由に思い至った。腰の痛みを堪え、ゆっくりと起き上がった。


 腰、肩、首、頬、顎、頭が痛かった。


「うぐっ」


 何があった?そう言おうとたが、顎の痛みに上手く話せない。


「少々お待ちを」


 ロイネはそう言うと、シャツの真ん中のボタンを一つ外して手を差し込み、一枚の紙を取り出した。

 手の平の大きさの四角い紙に円を中心とした紋様が描かれている。


 ロイネはその紙をグルトレラの腫れた頬にそっと当てた。


「我は汝を癒す者、其の命において汝を癒さん」


 簡単な決められた文言により効力発揮する治癒符である。

 安価で手に入りやすく扱いやすい物なのだが、効果範囲が狭く対象者に受け入れる意思が無ければうまく発動しないという欠点もあった。


 治癒の紋様が淡く光り、ボロボロに崩れ散った。グルトレラは治癒符の貼られた頬を触った。


「痛みは引いたが腫れは引かんか」


 ぽっこりと膨れた頬を残念そうに撫でた。


「応急用の治癒符ですので、御容赦下さい」


 ロイネはそう言い頭を下げた。


「よい、それで何があった?」


「・・・対応に出た二人の男性をかわし、セラスと思わしき女性に近付き、吹っ飛ばされましたが・・・何か覚えていませんか?」


 グルトレラはロイネの言葉に腕を組み、目を閉じた。


「分からんな、肩を掴もうとした所までは覚えておるが、そこから先は・・・」


「何故、グルトレラ様は鍛冶場の中を分け入ってまで、あの女性に触れようとしたのですか?」


 本来であるならば、主の言葉を遮ってまで質問出来る立場にないロイネだが、今回ばかりは腹に据えかねていた。

 グルトレラはロイネの言葉にやや目を細めたが、それを咎めることなく口を開いた。


「あれは見えすいた座興よ。人々を騙し、女神と崇めさせ、都市を・・・於いては国を滅ぼす悪腫よ。何を於いても止めねばならんかったのだよ」


(オーランド卿の話からそっちに飛んだのか)


 ロイネはグルトレラの思考の端を理解した。だが、まだ説明が付かない。


「では、サーガ殿に質問した理由はなんでしょう」


「あの方か・・・、あの方は姫君よ」


 ロイネは目を見開き驚いた。


「なんと⁉︎」


「レア・サーガ・アルヴェング・エンクヴィスト。この名を知っているか?」


「レア・・・レア王女⁉︎あの虐殺姫ですか‼︎」


「虐殺姫というのは初めて聞いたが、まぁそのレア王女で間違いない」


 ロイネは色々と得心がいった。自分の秘術の中で無残に殺された事も、グルトレラの思考の飛躍の一因になりえる人物であった事も。その飛び方までは理解出来ないが、そこまで推し量るつもりはなかった。


「なるほど」


 ロイネは呻くように呟いた。


「ロイネよ、儂が聞きたい事は分かっておるな。次はお前が答える番ぞ」


 グルトレラが少し焦れた様に言った。

 ロイネは居住まいを正すとグルトレラに向き合った。


「グルトレラ様が鍛治に介入した事により、場内は騒然となりました。その場を収めたのはサーガ殿です。サーガ殿は、グルトレラ様が鍛治の素晴らしさに感動し思わず立ち入ってしまった。として謝罪し、許されました。グルトレラ様には、その様にして改めて謝罪して頂きたいと存じます」


 ロイネはそう言い頭を下げた。

 その姿をグルトレラはジッと目を細めて見つめた。


「それは出来ん」


「でしょうね」


「どういう意味かな?ロイネ」


 明らかに怒気を孕んだグルトレラの声に対し、肩をすくめて見せた。


「答える前に一つお聞きしたい」


「ロイネ!」


「何故、ニルスを連れてきたのですか?」


 いつもであれば護衛はロイネの隊の仕事であった。だが今回はロイネに相談もなく、護衛をニルスとその隊に任命していた。


「答える必要はない」


 いつもであれば、これで問答は仕舞いである。だが、今のロイネは引かない。


「オーランド卿の側に現れた女性に充てがうつもりだった・・・そうではありませんか?」


「・・・」


 グルトレラは口をつぐみ答えない。その姿にロイネは溜め息を吐いて見せた。


「グルトレラ様、もうオーランド卿に付きまとうのはやめましょう。世界がひっくり返ったとしてもオーランド卿がリステリア様を伴侶として迎える事はありません」


 グルトレラが目を剥いた。


「なんだと!貴様‼︎」


「何故か、知りたいですか?」


 グルトレラの怒りなど歯牙にも掛けず、ロイネは背もたれに背を預け、足を組んだ。

 グルトレラは豹変したロイネに戸惑いながらも睨みつけた。


「除名してください。そうしたら話します」


「除名して・・・どうするつもりだ。まさか貴様」


「勘違いしないでください。官職にあっては話せない、話してはもう今の職には居られない。という意味です」


「・・・分かった。話せ」


「明言して下さい」


 グルトレラは諦めた様に息を吐いた。


「ロイネ・クルーム。お前を第五隊隊長の任を解き、除名する」


「ありがとうごさいました。正式な証書は父に送っておいて下さい」


 ロイネは深く頭を下げた。


「それで、理由とは?」


 ロイネは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出し、心を落ち着けた。


「庭師のバートは覚えていますか?」


「覚えておるとも、仕事の出来るいい若者だった」


「彼はリステリアの恋人です。・・・いえ、元恋人ですね、逃げましたから」


「な‼︎」


 グルトレラはあまりの事に驚き立ち上がった。


「座って下さい、まだ本題にも入っていません」


 グルトレラは追求したいのを堪え、座り直した。


「リステリアはそもそもオーランド卿との婚約に乗り気ではありませんでした。熱い夜を何度も共にした恋人がいるのですから当然ですね。ですが大分前から決まっていたこの話を、リステリアから反故にする事は不可能。その為に一計を案じました。

 婚約後にオーランド卿を暗殺する計画。

 リステリアを背後から操る謎の人物がオーランド卿を事故に見せかけて殺し、辺境伯領を丸ごと掠めとる。という架空の計画を作り、わざとばれるように仕向けました。

 オーランド卿はその計画を知り激怒し、リステリアとその謎の人物を糾弾。けれどもそもそも存在のしない人物を糾弾など出来るはずもなく、婚約をオーランド卿側から反故に・・・。

 というお粗末なものでした」


 ロイネは自分で言いながら恥ずかしくなり、手で顔を隠した。

 グルトレラは呆然として聞いていた。


「それにロイネは加担したのか?」


「する訳がないでしょう!知っていたら全力で止めてますよ。リステリアが一人で考え一人で実行しちゃったんですよ。全てを知ったのは事が終わった後でした」


「ではアルフレッドは・・・」


「オーランド卿がそんな阿保な計画に引っかかる訳がありませんからね。きっちり庭師の事まで調べ上げて、その上で婚約解消だけ申し入れた様です」


「いや、しかしだな。リステリアはアルフレッドの事が好きだと、何故婚約破棄してきたのか分からない・・・と言った所は嘘にしても、好きと言っていたのは」


「レグロおじさん、本当に分からない?」


 グルトレラはハッとした。小さい頃のロイネの仕草と呼び方だった。


「予想とは違ったけど、婚約破棄されたリステリアは喜んだ。嬉々として庭師に報告した。けれど、リステリアの馬鹿さに怯えたのか、遊びの女が面倒になったのか、庭師は逃げた。

 リステリアはどうすると思う」


「・・・婚約破棄だけをして、弾劾しなかったアルフレッドに・・・リステリアは愛ゆえに庇ったと勘違いする」


「正解です」


 ロイネは立ち上がり、グルトレラを見下ろした。


「この情報を漏らした事は、いずれリステリアの知る事になるでしょう。あの人は自分の事に関してだけは敏感ですから。そして情報を漏らした私を、リステリアは決して許さない」


「これからどうするつもりだ」


「ちゃちゃっと家に帰って荷物纏めて、とっとと逃げます。まぁ、色々と大変でしょうがなんとでもなるでしょう。今は馬鹿な女と、娘が絡むと途端に馬鹿になる主に振り回されなければなんでもいいです」


 ロイネは笑顔をグルトレラに向けた。


「では、お世話になりました。後の事はもう知らないんで暴れて恥を晒すなり、難癖付けて恥を晒すなり、もう好きにしちゃってください。じゃレグロおじさんお元気で」


 ロイネは片目を瞑り、片手を上げて見せて馬車から降りた。

 馬車から降りると馬車に背を預けて立っているニルスが居た。


「おぅ、ニルス君。元気かね?」


「凄い人の変わり様だな、それが素か?」


「情報部にいるし、昔馴染みが多すぎるしで色々と大変なのよ。いやしかし、今思うとなんで必死にしがみついてたか分からんね」


 ロイネはそう言うとカラカラと笑った。


「一応、礼は言っとくよ。知らん女と結婚させられる所だった訳だしな。ありがとさん」


「はっはっは、礼なんかいらんよ。こっちこそ、全部押し付けて逃げるんだから謝っておかないとな。すまんな。・・・なんだったら一緒に逃げるか?」


 ニルスは一瞬きょとんとして、両の手をひらひらさせて見せた。


「やめてくれ、お前こそ帰りたくなったら言えよ、いつでも手ぇ貸してやるぜ」


「はっはっは、気が向いたらな」


 ロイネはそう言うと片目を瞑り、片手を上げて見せて走り去って行った。


「いい女だったんだなぁ、失敗したな」


 ニルスはロイネの尻を見送りながら、ボソリと呟いた。



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