表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/40

少女、無意識に何かを蹴る

 玄関から外へと出たアルフレッドとグルトレラ一行は、ウィリアムとサーガが用意した大型馬車に乗り込み鍛冶屋へと向かった。


 六人の乗る馬車に会話はなく、静かに揺られて行き、程なく鍛冶屋に辿り着いた。


 先に降りたのはウィリアム、アルフレッド、サーガ、その後に続きロイネとニルスが降り、最後にグルトレラがゆっくりと降り立った。


「ほぅ、立派な鍛冶場だのぅ」


 白髪頭を撫でながらグルトレラが言った。出発前とは打って変わった、穏やかな声だった。

 グルトレラは大きく鼻から息を吸い込み、そろそろと吐き出す。焼けた炭と鉄の匂い、そこにカァンカァンと鍛鉄の音が耳朶を打った。


「よき鍛冶場のようだのぅ」


 顔が厳しいものに変化した。

 ロイネはグルトレラの変化について行けず困惑していた。グルトレラの中で如何な思考が巡らされているのか想像もつかなかった。


「行きましょうか」


 アルフレッドがグルトレラに声を掛けた。

 ウィリアムに目で合図し促した。アルフレッドの知る中で、鍛冶屋の内部を知る者はウィリアムだけである。


 ウィリアムが先導し、敷地内を歩いた。

 ウィリアムは周囲を見回し歩くが、人の姿が見当たらなかった。それに以前来た時よりも静かに感じた。


 以前来た時にはもっと騒がしく、忙しない様子だったと記憶している。

 今は息を潜めたようにひっそりとしていて、槌を振るう音が一つしか聞こえなかった。


 ココォン カンカンカン コォーンコォーン


 なにより一番違和感を覚えるのが、聞こえてくる音の不思議さだ。

 前に来た時は一定の調子で打たれていた音が、音楽を奏でるように、時に静かに、時に激しく打たれている。


 ウィリアムは槌を振るう音を聞きながら、以前も来た建屋へと近づいた。

 人が大勢居る気配を感じて、格子の付いた窓から中を覗き見た。


「いますね、ここにみんな集まっている様です」


 槌を振るう者が一人、その周囲を息を潜めた大勢が見守って居た。

 一種異様な空間に思えた。


「ここにセラスという名の娘さんはおるかね?」


 誰しもが空気に飲まれ様子を伺って居る中、いとも容易く静寂を破った者が居た。

 グルトレラである。

 いつの間にか開け放たれた戸口に立ち、穏やかに声を掛けていた。


 鍛冶場内の空気が一気に変わった。

 鍛鉄を見守って居た大勢が、一斉に出入り口に立つグルトレラを見た。

 その内の一人、出入り口付近に居た大男がグルトレラに近づいた。

 おおよそ鍛冶屋の人間とは思えない、殺伐とした雰囲気を持った男だった。

 見える顔や手には剣によるものであろう傷跡がいくつも見えた。

 鍛治職人というよりは傭兵か用心棒といった風態だった。


「セラスさ・・・んはおるが今は手が離せない。何用だ」


 やや殺気の混じった声音に、ロイネは大男とグルトレラの間に素早く割って入った。

 腰に下げた剣に手を掛け、大男が武器となるの物を持っていないか確認した。


 グルトレラはロイネの肩に手を置き、動きを制した。


「ロイネ、儂はこの御仁と話している。下がりなさい」


 優しく諭されたロイネは「申し訳ありません」と言葉を残し、後ろに下がった。


「バジさん、その人はなんスか?」


 人混みを避け、ひょろりと背の高い男が大男に近寄り声を掛けた。


「この爺さんがセラスさ・・・んに用があるらしいんだよ」


 大男がひょろりとした男に顔を向け話す。


「バジさん、葛藤は分かるスけど言葉が変になってるスよ。姐さんに嫌がられるスよ」


 二人が闖入者への対応に入った為か、出入り口に視線を向けていた人達も、徐々に興味を失い鍛鉄作業の方へ視線を戻していた。


 人が抜けた穴を埋める様に人が波の様に動き、少し視界が開けた。


 ウィリアムはその隙間から、槌を持ち鍛鉄している者の後ろ姿を見た。

 髪を後ろに束ねて結った黒髪の女。趣の異なる作業着。見間違う事のない知ってる姿だった。


「あ、セラス」


 一心不乱に槌を振るうその姿に、ウィリアムは驚きと共にその名を口にした。


 グルトレラがおもむろに動いた。極普通に、それが当たり前であるように鍛冶場の中に入り、場内を歩いた。


「「あ」」


 グルトレラに対応していた筈の二人が揃って声を上げた。完全に虚を突かれてしまっていた。慌てて止めに入るが、すでに人の中に紛れる所だった。

 グルトレラは人を掻き分け、時に押しのけ、悠々と鍛鉄をしているセラスに向かって歩く。


 掻き分けられた人達は、何が起こっているのか理解出来ぬまま、グルトレラを呆然と見送った。


「部外者は立ち入り禁止スよ!」


 ひょろりとした男が慌てて声を上げたが、グルトレラはセラスの直ぐそばまで近付いていた。


「おい、おま」


 パァン


 グルトレラがセラスに手を伸ばし、肩に触れるかといった所で破裂音がした。


 音と同時にグルトレラの身体が横に吹き飛び、大きな音を立てて壁に激突した。


「ふろぉ〜」


 何が起きたのか、誰も見えなかった。そんな中、サーガ一人だけが感嘆の声を上げていた。


 サーガは見ていた。

 鞭のようにしなった蹴りがグルトレラの頬を撫でる様を。破裂音はズボンの裾がはためき打ち鳴らされた音であった。

 美しい蹴りだった。だがサーガが感嘆したのはそこではない。一瞬振り返り、蹴りを放った筈なのに、槌を振るう調子が一切狂わなかった。


(わさふとずまねでぎるべが そぐどだばふとじぎどごまでやえるべばって それいじょうだばまいんな)

(私に同じ事ができるだろうか、速さなら同じ位は出せると思うけど・・・それ以上は無理ね)


 今もなお、何事もなかった様に槌を振り続けているセラスに、改めてその凄さを見せつけられている気分になった。


 鍛冶場内は一瞬静まり返り、そして騒然となった。

 槌を振るう者に触れるなど言語道断である。呆然としていた男達はすぐさま我に返り、壁に激突し気を失っているグルトレラを取り囲んだ。


 この事態に一番慌てたのはロイネとニルスである。

 急いで救出に向かわなければと、剣に手を掛け、引き抜き鍛冶場に突入しようとして、真後ろに吹き飛んだ。


 転がりながらもすぐさま体勢を整えたロイネは、先程まで自分が立っていた場所にサーガが立っているのを見た。


「きさ・・・」


「大変申し訳ありませんでした」


 ロイネが叫ぶと同時にサーガが大きな声で謝り、頭を下げていた。

 場内が静まり返った。

 槌を振るう音だけがその場に残っていた。


 サーガは頭を上げ、場内を見回した。


「余りに見事であったが故に、堪らず入ってしまわれたました様です。感極まったが故の無作法にて、どうか平にご容赦の程を」


 サーガは再び深く頭を下げつつ、場内の人達の怒りが霧散した事を感じとっていた。


(いいものみへでもらったぶんたばしごどしたべなの まぁわっきゃあどのこったっきゃしらねばってな〜)

(良いものを見せて貰った分は仕事したかな。まぁ、私は後のことは知らないけどね〜)


 ロイネはサーガの後ろ姿に、武器を持って介入しようとした事を恥じた。引き抜き掛けた剣を収め、サーガに歩み寄った。


「すまない。大事にならずに済んだ、感謝する」


 サーガはきょとんとした。


「問題を先送りにしただけですが・・・、後は貴女の仕事です。がんばってください」


 今度はロイネがきょとんとした。問題の先送りと仕事という言葉に引っかかりを覚えて反芻し、ロイネは青褪めた。


 グルトレラは感動して思わず行動をとってしまった。とされた事に気付いた。

 ロイネはグルトレラを介抱し、気が付いたなら状況を説明し、グルトレラ本人の口から謝罪させなければならないのである。


 ロイネは大男に引き摺られ、場外に引っ張り出されるグルトレラの姿を見て泣きたくなり、事の重大さと難易度の高さに目眩がした。


「出来たー‼︎」


唐突に声が上がった。

 わだかまった空気を全て吹き飛ばす様な朗らかな声だった。


「どうだ親父さん、中々の出来じゃないか?」


 向こう槌を杖代わりにしてなんとか立っていたバルガは、思わず笑ってしまった。

 笑うバルガの姿にセラスは目を白黒させた。


「変だったか?」


「いや、そうじゃありやせんよお嬢。なんていうか・・・、やっぱりお嬢は大物だなぁってね、思いやしてね」


「ん?」


 セラスは周囲を見回した。

 皆セラスの方を向いて楽しげに笑っていた。


「んん?」


 状況について行けていないのはセラスだけであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ