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少女、夢中になる

 滑稽だ。

 見え透いていて、馬鹿らしい。


 玄関の前で馬車を待つサーガは、目の前にある柱を叩き折り、打ち砕き、握り潰し、へし折る妄想を繰り返しながら、沸き立つ苛立ちを抑えていた。


 礼であるとか、形式であるとか、形に囚われ実を失い、見栄と名誉に凝り固まった貴族というものがサーガは大嫌いだった。


 この歓待の意を示す為に、馬車が姿を現わす前から玄関前で待つという行為もまた、無駄にまみれている。

 本当に好意の上で、歓迎の為に待っているのならイラつく事もないのだが、感情の精霊を体内に宿すサーガは、他人の感情の揺らめきを敏感に察知してしまう。


 斜め前に立っているアルフレッドから流れてくる感情は嫌悪だ。


 嫌悪している人物を歓待している振りで乗り切らなければならないのだから、それはそれで大変だろう。

 だが、負の感情に晒されながら付き合わされているサーガにとっては、苦痛以外の何物でもなかった。


(あねさまのつらとばみてぇなぁ どひゃだばあねさまずそばさだばあずましぐいでらいるやづさ・・・)

(お姉様の顔が見たいなぁ、せめてお姉様の近くなら気持ちよく過ごして居られるのに・・・)


 サーガが初めて見たセラスの姿は、溢れ出る憤怒に身を任せ、大男を片手で投げ飛ばしている姿だった。

 謂れ無い侮蔑に怒り、我を忘れた姿だった。

 だが、その怒りは全て他人の為のものであり、自身を守るものではなかった。負の感情が介在していなかった。


 一刻は良いものを見せて貰ったと、和やかにしていたサーガだが、感動が落ち着くにつれ、あの女性が何者だったのか気になり、心が騒つき、心に混じった精霊が囁いた。あの者は強い、戦ってみたくないか、と。


 そしてセラスに会い、殺意を込めて襲い掛かったにも関わらず、ただの一欠片もセラスはサーガに敵意を向けなかった。

 それどころか伝わる感情は驚きや喜び、楽しみなど正の感情ばかりであった。


 サーガはこれほどまでに気持ちのいい人間に出会った事がなかった。



 サーガが妄想の中で三十四本目の柱を粉砕した頃、ようやく馬車は姿を現した。


 ゆっくりと歩く馬車が、玄関前に横付けされ戸が開いた。最初に出てきたのは胸の大きな赤い髪の女だった。


 女はゆっくりとした動きで待ち受ける面々を確認し、目を瞑り、馬車の戸口横に控えた。


 この時、サーガは違和感を覚えた。

 身を包む魔力がほんの少しだけ揺らぐのを感じていた。


 いつものサーガであるならば、気付かなかったであろう些細な違和感。だが、今はイラつきを抑えていたが為に、身を包む魔力に憤怒の精霊の魔力が混じってしまっていた。


 違和感を知らせてきたのは憤怒の精霊だった。


 何かされた。


 サーガは女に注目し、何をされたのか探ろうとして女の感情が激しく騒めくのを感じた。


 伝わる感情は怯えと恐怖。


 平静を装ってはいるが、下唇を噛み、足に力を入れ踏ん張り、必死に何かに耐えている。

 サーガはその姿に確信した。


(さぐりとばへだな どごまでわがったずがさだばわがねばって わとばばげものずにんしぎしたな)

(探りを入れたな。何処まで知り得たかまでは分からないけど、私を正しく化け物であると認識したな)


 サーガは先程までの不快感を忘れ、心が沸き立つのを感じていた。アルフレッドの嫌悪感も、偉そうな爺いの不躾な値踏みする視線も最早気にならない。

 面白い玩具を見つけた気分だった。


 玄関前で和やかな挨拶を交わされた後、公爵一行は応接室へと通された。

 案内したのは侍女長のフィーネとサーガである。アルフレッドは席を外していた。


 応接室ではフィーネがお茶を淹れる音が静かに響いていた。

 不思議な緊迫感が室内を満たしていた。


 そんな中、フィーネの横に立っているサーガをグルトレラはジッと見ていた。

 ロイネはそのグルトレラの姿に、余りに不躾であるとハラハラしていた。


「もし、そこのお嬢さん」


 グルトレラがサーガを見つめたまま、口を開いた。

 やや顔を伏せグルトレラを無視していたサーガは、顔を上げて一歩前に進み出た。


「何か御用でしょうか」


「名前を・・・聞いてもよいかな?」


「はい、サーガと申します」


 サーガは腹部に手を添えたまま、綺麗に腰を折り頭を下げて答えた。


「サーガ・・・とな、本当の名前はなんと言う?」


「お答え致しかねます」


 サーガは頭を下げたまま答えた。


「では・・・、どこの生まれか聞いてもよいかな?」


「お答え致しかねます」


「オーランド卿は貴女の氏素性はご存知なのかな?」


「お答え致しかねます」


「セラス・・・という女性とは、どういう関係なのかな?」


 サーガは頭を上げた。


「私はセラス姉様を師と仰いでおります」


「・・・ふむ」


 ロイネは問答を聴きながら、終始緊張していた。

 グルトレラが問いかけている相手は人の皮を被った怪物である。

 人らしく侍女らしくはしているが、もし逆鱗に触れたならと考えると恐ろしくて堪らない。諌めたい、だがグルトレラがしている質問の意図が分からない。

 意図も分からないのに諌める様な真似は出来なかった。


 ロイネが冷たい汗を掻いている中、当のサーガは楽しくなっていた。まさか、直球で攻めて来るとは思いもしなかった。

 何に気付いて名前を聞いてきたのかは分からないが、セラスの名前が出たことにより、何故、勤務初日にして接客を任されたのかは分かった気がした。


 アルフレッドとこの公爵の間に何があったのかは知らない。だが、セラスが絡む何が面倒な問題があり、その諸問題の解決の為にサーガを渦中へと放り込み、何かしらの変化を望んだ。


 そういう事なのだろう。


 やり方としては気に入らないが、これも仕事と思う事にした。それよりも、この方策がどんな結果を生むのか気になっていた。


 奇妙な緊迫感が支配する室内をフィーネだけが縦横無尽に動いていた。

 お茶を淹れ、お茶受けを用意し、ロイネとニルスをさりげなく気遣い、茶の始末をする。


 フィーネの働きにより、緊迫した空気がやや薄れた頃、コンコンと戸が叩かれた。


「お待たせして申し訳ない」


 機を図った様にアルフレッドがウィリアムを連れて入ってきた。


「いやいや、こちらこそ忙しい所にお邪魔して申し訳ない」


 グルトレラはソファーから立ち上がり、アルフレッドと和やかに挨拶を交わした。アルフレッドはグルトレラを促し自身もソファーに座る。

 その機を見計らい、フィーネが新しいお茶を出した。

 アルフレッドは「ありがとう」と言うと、お茶を一口啜った。


「してアルフレッド君、その後、変わりはないかな?」


「いや、これがなかなかに・・・領主としてもまだまだ若輩の身、難事も中々に多く右往左往する毎日ですよ」


「そうかそうか、何か困ったことがあったならばいつでも言うがよい。この爺いでよければいつでも力になるぞ」


「過分の御配慮に感謝します」


「そういえば・・・難事といえば、ここセイリオスに女神が降臨したと聞き及んだが・・・本当かね?」


「そういった噂があるのは事実ですね。本人は否定してますが」


「否定?」


「はい、嫌がっている様です」


「ほぅ、少々気になりますな。どんな娘さんでしょう?」


 アルフレッドが少し難しい顔をした。


「どんな・・・、一言で表すなら爆弾でしょうか?」


「爆弾とな?」


「はい、魔物が出現したとの通報により駆けつけた所、裸で川を泳いでいる少女を見つけまして・・・、聞けば記憶も失く身寄りもないと言うので保護したのですが・・・」


 アルフレッドはさらに眉根を寄せた。


「精霊と会話が出来、魔法言語が読め、更に大男を片手で投げ捨てる事が出来るほどの程の怪力の持ち主でもあります。

 一応、常識は持ち合わせておりますし、害を為すような娘でもないので外出の許可も出したのですが・・・、一週間と立たずに女神と呼ばれていた始末です」


「それは・・・それは・・・俄かには信じられんな」


 グルトレラは絶句した。ロイネが集めてきた以上の情報である。作り話というには盛り過ぎ感が否めないが、それが逆に真実味を帯びていた。


「それで、その娘は今何処に?」


「今は鍛冶屋に行っております。夕方頃には戻ってくるでしょう」


「鍛冶屋?」


 グルトレラが眉を顰めた。


「はい、女神の噂もそこがはじまりの様ですし・・・如何しました?」


 あからさまに変化したグルトレラの表情に、アルフレッドも顔色を変えた。

 グルトレラはアルフレッドの様子を気にも止めず、立ち上がった。


「アルフレッド君、儂はその鍛冶屋に、その娘を見に行こうかと思う」


 グルトレラは後ろに控えたロイネを振り返り「分かるな?」と聞いた。

 ロイネは問いに、敬礼をして「はい」と答えた。


「今からですか?」


「無論、早い方がよかろう」


 何がグルトレラの琴線に触れたのか。それが分からないアルフレッドは慌てた。


「分かりました案内します。ウィル馬車の用意を」


 ウィリアムは「はい」と答え退室した。その後をサーガが音もなく付いて行った。


 応接室を出て足早に駆けるウィリアムは、後を付いてくるサーガに程なく気付いた。


「付いて来る気か?」


「あだめだべ〜」

(当然でしょ)


 上機嫌に答えるサーガにウィリアムは、とんでもない事態に発展しているのではないかと薄ら寒い思いがした。


 予想通りに事が運んでいると思っていたアルフレッドは、急な事態に冷や汗を掻いていた。


 怖いのはグルトレラではない。

 グルトレラの暴走により、セラスが暴発する可能性。そちらの方が余程怖かった。

 なによりセラスは暴言から傭兵を一人瀕死の重傷にしている。相手が公爵だからといって加減するような女でもない。


 グルトレラの事は好きではないが、死ねばいいと思う程ではない。それどころか、元許嫁であったリステリアの事を除けば恩もある人物なのである。


 もしもの際にセラスを止められる人物、そう考えてアルフレッドは振り返った。が、そこに居たはずのサーガが居ない。


(くそっ何処行った⁉︎)


 食いしばり、暴言を吐きそうになるのをぐっと堪えた。

 平静を装い、グルトレラに向き直った。


「では、行きましょうか」


 もう二度と会うことはないと言い切っているのに娘の言うなりに復縁を画策するグルトレラと、言う事は聞くが常に不測の事態を引き起こすセラス。両者ともに手に余る相手である。

 なるようになればいい。アルフレッドは開き直って事の成り行きを傍観するつもりになっていた。




 一方鍛冶場では小気味好い鍛鉄の音が鳴り響いていた。


 コォン カァンカァン


 コォン カァンカァン


 セラスの槌に合わせ、カイとバルガが相槌を打つ。

 叩き、伸ばし、焼き、折り返し、焼き、また叩く。


 その作業を何十と繰り返していた。

 通常ではあり得ない回数でだった。


 焼き、叩くと不純物が抜ける。だが、不純物が抜け過ぎると硬度が落ちるのである。

 不純物を抜き過ぎず、均衡を保ち、仕上げなければならない。


 通常の折り返しから、三倍以上の折り返しを重ねているが、セラスの手が止まる気配はない。

 そして、カイもバルガもセラスを止める様な事はしない。


 精霊に捧げる剣を作る為に材料を揃える仕事を受けたバルガは、一流の素材を揃える中にある特殊な素材を混ぜておいた。


 鍛鉄するのはセラスである。

 素材を揃えるだけ揃えて、セラスにどの素材から作るか選ばせるつもりで、期待半分冗談半分に仕込んだ物だった。


 そのある特殊な素材。


 バルガは製鉄法までは教わっていたのだが、鍛鉄法を教わる前に父が亡くなってしまった為、扱う事が出来なくなってしまった鋼。


 名を剛魔鋼という。


 通常の魔鋼より強い粘りと魔力との高い親和性を持つこの金属を、バルガはどうしても生かす事が出来なかった。

 もしや、セラスならばと混ぜた剛魔鋼のカケラをセラスは見事選び出し、他の金属と混ぜて鍛鉄しているのであった。


 バルガは剛魔鋼の他、何をどの位、どのように混ぜたのか、何回折り返したのか、全て記憶していたが、セラスの手を借りずに再現は不可能だと悟っていた。


「親父やばい」


 向こう槌を振りながら、カイが小さな声でバルガに言った。


「なんだ」


「腕がもう上がらな」


「耐えろ」


 言われずとも何が言いたいかなど、バルガも分かっている。長時間、向こう槌を振り続けた事によりバルガの体力も既に尽きている。気力のみで槌を振るっている状態だった。


「お嬢は俺らの倍やってんだ。俺らが先に根を上げてどうする」


 セラスが炉に鉄を戻し吹子を押している間と、伸ばした鉄を折り返している間は、一応、カイとバルガは休めた。


「さぁもう少しだ、行くぞ‼︎」


 炉から鉄を引き出し、セラスが気合を入れて槌を振るい、カイとバルガが向こう槌を振るう。


「うぉぉぉぉ!」


 コォン カァンカァン


 カイは叫び、必死にセラスに喰らい付いた。


 コォン カァンカァン


 コォン カァンカァン



 鍛鉄が終わり、伸ばし、成形に入るまでカイとバルガは気力と根性で槌を振り続けた。


 そしてカイは終了と同時に倒れ、気を失ってしまった。眠るように気を失ったカイの顔はとても安らかだった。

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