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少女、歌ってはいけない気がしてくる

 セラスの朝は早い。

 夜も開けきらぬ内に起き出し・・・。


「あいた⁉︎」


 セラスは身体を起こそうとして、頭を打った。

 自分が置かれている状況を確認し、昨晩はどうやって寝たか記憶を探る。


(はて?)


 特に不思議な事をした覚えがない事を確認し、セラスは身動ぎして、身体を包む岩を撫でた。


 音もなく唐突に視界が開け、いつもと変わらぬ地下牢の世界が戻ってきた。


「申し訳ありません、セラス様」


 セラスは毛布の端にちょこんと立つ紫の光りを見た。


「つい考え事をしておりまして、お目覚めに気付くのが遅れてしまいました」


 ラギドは人の形を現すと腰を折り深々と頭を下げた。

 セラスはそのラギドの姿を見つめている。


(考え事?)


 その事に触れてもいいのか、少し悩んだ。

 フェルであるならば一も二もなく聞いただろうが、ラギドなら聞かれたくないかな?と思ったセラスはソレに触れるのをやめた。


「どうも寝心地がいいと思ったらお前のせいかラギド」


「勝手な真似をして申し訳ありません」


「いや、謝るな。ありがとう、ラギド」


 セラスは毛布がずり落ちるのも構わず、大きな伸びをした。


「さ!今日も一日が始まるぞ!おはよう、ラギドにフェル。今日もまた世話になる」


「御意」


「はいはーい」


 セラスの朝は早い。

 手早く下着を身に付け、作業着を着る。


 昨日着ていた下着と侍女服をまとめて洗濯し、乾燥器に干し、乾燥器を地下に石床の下に隠した。


「今日こそ鍛鉄だ!」


 まだ日が登り始める前、セラスは意気揚々と鍛冶場へと出掛けて行った。



 時を同じく、まだ薄暗い街中を歩く一団があった。

 筋骨逞しい男達が六名、その中の一人は一際大きく、そして人相が悪かった。


 昨晩にギュクレイ団長からコッテリと絞られたバジウッドとその仲間達である。


「バジさん、幾ら何でも早すぎやしませんか?」


「おめぇもしつけぇな、昨日も言っただろ。こういうのは誠意ってもんを精一杯、示さにゃならんのよ。朝、誰よりも早く行き、掃除の一つでもして、すんませんしたって姿を見せるのが、まず一番大事なんだよ」


「そりゃあ分かりますがね・・・」


 早いと言っても限度がある。まさか日が昇る前に兵舎を出る事になるとは思ってもみなかった。


「でもバジさん、昨日の事あんまり覚えてないんですよね?」


「んん、まぁな。黒髪の別嬪さんってとこまでは覚えてんだがなぁ、俺ぁ本当にあの嬢ちゃんにぶっ飛ばされたのか?」


「それぁもう、完膚なきまでに」


「俺ぁその嬢ちゃんを殴ったんだよな」


「渾身って感じでしたよ」


「その嬢ちゃん、大丈夫だったんか?」


「口を少し切ったって聞いてます」


「・・・信じられん」


「見てたこっちの方が信じられない光景でしたよ」


「その嬢ちゃん、鍛冶屋じゃ女神と呼ばれてるらしいが・・・」


「どっちかって言ったら死神でしたね。戦場で会ったなら一目散に逃げ出す自信があります」


「でもお前、怪我を治してくれたのも嬢ちゃんらしいじゃねぇか」


「・・・えぇ、見てました。歌う姿だけ見たら、女神に見えなくもなかったですね」


「だけ?」


「はい、心情としては生贄にされるかと思ってましたよ」


「ふむぅ」


「ただ、なんでしょう」


「なんだ?」


「男前でした」


「男前?」


「えぇ、精霊に代償を求められた時、躊躇なく手に短剣をぶっ刺しましたからね。痛がる素振りもありませんでした。しかも、理由が俺らを助ける為に、なんですから」


「そりゃ・・・男前だな」


「でしょう」


「おっと、この辺だったかな」


 何度か訪れているバジウッドだったが、工業区内でも職人らが集まる区画は似たような作りが多い為、一見して見分け難い。

 しかも、まだ夜も開けきってない薄暗い中では余計にだった。


「ここだな」


 キョロキョロと見回していたバジウッドは、それと思しき看板を見つけ、「失礼するよ」と区画の中に入っていった。


 幾つかに区画分けされている建物を眺め見やりながら鍛冶場内を歩く。そして程なく人影を見つけた。


 一行の中に緊張が走った。


 朝早くに人を見かけたというだけならば、内部の職人かと思うのだが、見かけた人影は作業小屋の格子窓に張り付き、小屋の中を覗き見している様だった。


 明らかに不審だった。


「バジさん!」


 小さな声でバジウッドに促した。

 暴漢や盗人の類であるならば、自分らの領分なのだが、今日は帯剣していない。その為の判断を仰いでいた。

 バジウッドは片手を上げるだけで、警戒態勢に入ろうとしている男達を止めた。


「待て、あれは・・・」


 後ろ姿だが、見覚えがあった。

 作業着だけを見るならどこの職人も似通って見える為に見分けが付かないが、背が高くヒョロリとした肉の薄い姿は印象に残っていた。


 バジウッドは記憶を手繰り、名前を思い出そうとしながら、その不審な男に近付いた。


「あー、何してんだ?」


 名前は思い出せなかった。


 不審な男はぎょっとして振り返り、バジウッドの顔を見た。

 そこからの男の動きは素早かった。


 歴戦の戦士であるバジウッドですら、その動きに虚を突かれた。


 男は素早くバジウッドに肉薄すると、口元に人差し指を当て、「シー」と小さな声で言った。


 その顔にバジウッドはキースという名前を思い出した。


「あ、おまっ」


 バジウッドが口を開くと同時にキースの右の拳が、深々とバジウッドの横腹に突き刺さる。


 その細い身体に見合わぬ右拳の衝撃に、バジウッドの身体はくの字に折れ曲がった。


「静かにしろっつってんだろクソが、ぶっ殺すぞ」


 バジウッドの知るキースという男の声ではなかった。

 バジウッドの後ろに居る男達の動揺を他所に、キースは体勢を崩したバジウッドの襟首を掴み引き寄せた。


「先に言っておく。俺らバルガ親方の下、鍛冶場の人間は誰一人、あんたらの事を許していない。特にあんたは罵声を浴びせた上に姐さんを殴ってる。そのせいで姐さんは、えらい気落ちして、泣きそうな顔でここに来たんだ」


 バジウッドと、その後ろに居る男達だけに聞こえるような小さな声。濃密な怒りと殺気が入り混じった声だった。


 バジウッドは浴びせられる常軌を逸した気迫に、狂信者という言葉を連想した。

 それと同時に、自分がやってしまった事に対する覚悟が足りてなかったのだと思い知った。


「姐さんが許している以上、俺らが何かをする事はねぇが・・・、これ以上に姐さんを愚弄して見ろ、絶対に生きて返さねえからな」


 バジウッドは急激な喉の渇きを覚え、生唾を飲み込むと、二度首を縦に振った。


「と、まぁ理解して貰った所で、今の話に移りまスよ。こんな朝早くに来た事は褒めてもいいス、今姐さんはこれ以上になく上機嫌なんスから。

 物音を立てず、息を殺してそこから覗けば分かるスよ」


 バジウッドの知るキースに戻った男は、それだけ言うと格子窓へと戻り覗き見を再開はした。


 今一つ状況が理解出来ないバジウッド一行は、取り敢えずお互いの顔を見合わせ、目配せのみでとりあえずキースの言に従う事にした。


 そろりそろりと足音を立てない様にバジウッドは格子窓に近付く。自分がコソ泥にでもなったかの様な何か物哀しい気分になったが、格子窓に近付くにつれ、その気分は薄くなっていった。


 バジウッドの耳に歌が聞こえてきていた。


 か細くなんと歌っているのかは聞こえなかったが、とても楽しげであった。

 バジウッドは格子窓にたどり着くとキースに並び、こっそりと覗き込んだ。


 まず、バジウッドの目に飛び込んだのは眩ゆい光だった。


 作業場の中を飛び回る眩ゆい光の玉の数々、白、紫、赤、青、緑、色取り取りの光の玉が泳ぐ様に踊る様に所狭しとたゆたっていた。


 その中心に、変わった作業着を着た黒髪の女が居た。

 目を細め、気持ち良さげに歌っていた。


「うぉぉぉ・・・」


 バジウッドは口から音が漏れるのを抑えきれなかった。


「うごっ」


 突如襲った腹部の衝撃にバジウッドの肺から空気が漏れた。

 窓の格子を掴み、体勢を崩す事を免れたバジウッドは襟首を掴み睨むキースに気圧され、視線を窓の先に戻した。


 さっきまで見えていたはずの光の宴は、綺麗に見えなくなっていた。


「てめぇ・・・」


 地獄の底から死が形を成して這い寄る音が声となって耳に響いた。

 バジウッドは視線をキースに戻せなかった。冷たい汗が背中を伝い、後悔と恐怖が身体を強張らせた。

 どうにかしなければと言い訳を考えつつ、助け舟が来ないかと周囲を見回した。


 バジウッドと行動を共にする五人の男たちは揃って視線を逸らした。


 絶望するバジウッドが死を覚悟した時、ガラリと音がした。


「すまんな、つい調子に乗って・・・、キース?」


「あ、姐さん・・・」


 涙を流し、大男に詰め寄っているキースにセラスは驚いた。


「姐さん、聞いてください。姐さんが気持ちよく精霊と戯れてたのに・・・こいつが・・・こいつがぁ・・・」


 キースはバジウッドの襟首から手を離し、その場に泣き崩れた。


「キース⁉︎」


 状況が今一つ理解出来ていないセラスは、助けを求める様にバジウッドを見た。


 バジウッドはセラスの視線に我に帰ると、直立不動の姿勢を作り、深々と頭を下げた。


「すぃませんっした!」

「「「すみませんでした‼︎」」」


 バジウッドの謝罪に、五人の男達が追随した。


「なにが⁉︎」


「神々が住まう世界というものを初めて見させていただきました。あまりの衝撃につい言葉を漏らし、その世界を壊してしまった事を深く謝罪にすると同時に・・・いや、します。邪魔をしてしまい、すぃませんっした‼︎」

「「「すみませんでした‼︎」」」


「いや、神々とか住んでないからな⁉︎」


 セラスはバジウッドの言葉に目を白黒させながら、とりあえず否定だけはした。


「キース、お前からも・・・」


「姐さんの歌を最後まで聞きたかったぁ、姐さんの神々しい姿を最後まで・・・最後までぇぇぇ」


「いや、神々しくとか別にないからな⁉︎というか、恥ずかしいからもうやめろ!」


「キース、すまん。俺が覚悟もなく覗き込んだばっかりに・・・世界が閉じてしまった」


「いやいや、閉じてないよ⁇っていうか、世界とかそもそも開いてないからな‼︎」


「いいんスよ、俺ももっとちゃんと言っておくべきだったス。女神様が真の姿を顕わしてる事をもっとちゃんと伝えておけば・・・」


「待て待て、真の姿ってなんだ⁉︎」


「キース!」


「バジウッド!」


 キースとバジウッドは互いにしっかりと抱き合い、嗚咽していた。


「人の話を聞けぇーい!」


 セラスはとりあえず、二人を殴り飛ばした。


 その後、セラスは女神ではない事を懇々と説き、キースを含めた七人を納得させる作業に一時間以上要してしまった。

 その為、説得中に現れたバルカが参戦し、説得から説教へと移り変わり・・・

 次々と現れる鍛冶場衆が続々と参戦し、より深い混乱をへと崩れ落ちていくのであった。

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