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少女は精霊に名前を付ける

 光り輝く星空に煌々と月が浮いている。満月からひとつ欠けていたが、陽の落ちた地上を照らすには十分な明るさであった。


 しかし、いかに明るい夜といえど鬱蒼と生い茂る木々の中まで、十分に照らされることはない。


 そんな山深い森の中を、身の丈ほどもある草をかき分けて黙々と進む何者かがいた。


 木々の切れ目からうっすら月の光が差し込んでいるだけの森の中、足下どころかほんの少し前すらも認識出来るか怪しい暗闇の中で一切の躊躇もなく、木々の枝葉に引っかかることもなく、淀みなく歩いている。


 しかもその者は衣服と呼べる物を何ひとつ身に付けていない。その身には乾き剥がれかけた土の欠片が所々張り付いているだけである。


 セラスと自らの命名した少女であった。


「なぁ、風の精霊」

「なーにー?」


 どこかのんびりとした声に、風の精霊もまた気軽な感じに答えていた。


「おかなへった」

「ん〜・・・・私、精霊だから人が何食べるかなんて知らないよ?」

「そうかぁ・・・そうだよなぁ」


 セラスは少し思案すると、斜め上を指差した。


「アレ、食べれると思う?」


 その指の先には真っ赤な色をした果実がぶら下がり実っていた。


「さぁ?・・・って言うかさ、私は精霊だから暗くても見えるけどさ、なんでセレスは見えてんの?」


 セラスが森の中に分け入ってから、ずっと思っていた疑問だった。


「え⁉︎・・・見えてたらおかしい?」

「いやぁ・・・普通は見えないんじゃないかなぁ・・・?」


 よくわからないけど、と思いながら風の精霊は素直に答える。


「そうかぁ」


 セレスの言葉に色々と思う所のある精霊達だったが、特に追求しようとも思わなかった。この少女が普通ではない事は出会った時から分かっていた事である。


「ねぇ岩の精霊、あの実、撃ち落とせる?」

「御意」


 紫色の光は小さな小石を生み出し、回転させると、赤い果実のほんの少し上、枝を目掛けて弾き飛ばした。


 パチン


 小さな破裂音と共に果実は落下する。

 セレスは音もなく落下地点に進むと、空中でそれを掴み取り、おもむろに食べた。


「・・・おいしい?」


 物理的な食事を摂る必要のない精霊には味覚というものは理解し得ないものであるが、人と関わる事の多い風の精霊にはそれがどういう事であるかは概念的に理解している。


 セレスは一通り咀嚼して飲み込んだ。


「なんか酸っぱいし渋くて苦い感じ」

「ふ〜ん」


 鍛冶場とかだと、なんかくすんだ様な焼けた空気になるけど、そんな感じかなぁ。なんて風の精霊は考えていた。


「しかし・・・アレだな。岩の精霊、風の精霊」

「え?なに?」

「どうかしましたか?」

「呼び難い」


 一瞬、何を言われているのかわからないといった様子の精霊達。


「君らも自分の名前を考えてみないか?」


 謎の果実を食べ終わったセレスは石ころを拾いながら精霊達に言った。


「名前・・・ねぇ」

「名前ですか・・・」


 肉体を持たない精霊達にとって名前とは人とは違い特別な意味を持つ。

 真名、上位以上の精霊が自然と持つ、自身の存在を示す名の事なのだが、存在が不安定な中位の精霊である二人には余り意味を成すものではない。


 中位の風の精霊程度では、風そのものであるため強い風に吹かれればすぐ散り散りになり存在ごと霧散してしまう。また風が集まればまた違う精霊が誕生するのである。


 岩の精霊は存在のあり方が違うので、存在の定義が違うのだが、存在としては似たようなものであった。


 二人とも今はセラスに同行を申し出て、受託されるという簡易契約が成立している事から、存在を確立されているだけに過ぎないのである。


「自分で付けれないなら、私が勝手に付けるぞー」


 セラスは手に持った石を次々と投げて枝を撃ち抜き、果実を落としながら言う。


 セラスもまた精霊とはどのような存在かは理解している。精霊達が迷っている理由も分からないではなかった。


 どうしようかと互いに様子を窺っている二人をよそに、もそもそと謎の果実を食べるセラス。


「決めた」


 風の精霊が返答しようと口を開いた所にセラスの言葉が被った。


 困惑する風の精霊を気にすることもなく、セラスは風の精霊たる緑の光を真っ直ぐ見つめ、その緑色の光の中に人差し指を差し込んだ。


「命名、フェルトーファ・セラ・ハイシルフ」


 セラスの指先から流れ出た魔力が風の精霊の中に溢れ、文様となり刻み込む。


 セラスは指を引き抜くと、すぐさま紫色の光の中に人差し指を差し込んだ。


「命名、ラギドレイムート・セラ・グランノーム」


 セラスは指を引き抜くと「どうだ、良い名前だろう」と言い放った。


 突然命名された精霊たちはその光をゆるく明滅させながらプルプルと震えている。


「あ・・・・あっ・・・」


 小さな呻くような声だけが響いている。


 先に緑の光の中に変化が起きた。


 ただ優しく光るっているだけだった緑の光の中に女性の形が浮かび上がり、ゆっくりとその姿を整えていく。


 少し遅れて紫の光の中にも変化が始まり、その形を男性型へと姿を整えていった。


「な、何したの?め、命名て・・・」


 淡い緑の光の中で、短い髪の小さな女の子に変貌した風の精霊が、ゆったりとした丈の短い服を震わせてセレスに聞いた。


「真名授受だよ」


 さも当然、といった言葉だった。


「わかってると思うけど、真名は魔法使いとか精霊使いにバレると支配されるから気をつけてね。フェルとラギドって呼ぶから、ちゃんとそのつもりでね」


 さも当然、といった言い渡しだった。


「・・・すみません、あの・・・なにがおこったのか、っていうか、なにもサッパリどういう事があったのか・・・、ちゃんと説明しろコンチクショー‼︎」


「え??」


「我輩も所詮、世情も流行りも知らぬ山奥の田舎ものでございます。よろしければ我輩にもご教授願えますでしょうか?」


 あまりの突然の事に、風の精霊改めフェルも、普段は丁寧な言葉使いをする岩の精霊改めラギドも、怒り心頭な口調であった。


「ん?中位精霊って自我はあるけど不安定でしょ?だから名前与えて縛ることで安定させたんだ。あぁ、名前は頭から名前、命名者を示す名前、そしてその種族を示しててね。ハイシルフである精霊フェルトーファは命名者セラがその名を忘れぬ限りその存在は確定される。って感じで術を組んでみたんだけど・・・どう?」


「逆に聞かれた⁉︎ってか、そんな術式初めて聞いたわ・・・精霊すら知りえない精霊の術式を知ってる記憶喪失者って・・・」


 頭を抱えて身をよじり「くぉぉ」と呻く風の精霊フェル。


「知りえないってそりゃそうだよ。 術式自体は今、考えたんだもの」


「なんじゃそりゃーーーーー!!」


 夜深き山奥深く森の中、風の精霊の魂の叫びが響き渡った。

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