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少女、懇願される

 サーガの腰から抜き放たれた剣は、寸分違わずセラスの首筋へと走った。


 セラスはその剣を僅かに後ろに仰け反るだけで躱した。


 空を切った剣は首を過ぎた所で跳ね返り、速度を落とす事なく再びセラスの首に迫る。


「あ!」


 ウィリアムは思わず声に出してしまった。


 下がるのではなく、上体を逸らす事で剣撃を躱したセラスに切り返しの二撃目を防ぐ手立てはない。


 そう考えたウィリアムが瞬時に止めに入ろうとしたのが、間に合わない。


(首が飛ぶ!)


 セラスの首に刃が食い込むかと思った瞬間、剣が消えていた。空になった手だけが振られていた。


 何が起こったのか、理解の追いつかないウィリアムは呆然と立ち尽くした。


「ウィリアム、そこ危ないよ」


 サーガから目を逸らす事なく、セラスが言った。


「へぁ?」


 何が?と返答する間も無く、ウィリアムは頭上に何かが降ってくるのを感じ取った。我に返ると同時にそれを掴んだ。


「あぶぉ⁉︎」


 その掴み取った物は、サーガの手に握られてきた筈の剣だった。


「反撃しないとは言ってないんだ。構わないよな?」


「あだめだは」

(当たり前だ)


 二人の会話にウィリアムは何故自分に剣が飛んできたのかを察した。


(叩いたか、蹴ったのか・・・見えなかった)


 サーガは空になった右手を後ろ手にマントの中に差し込んだ。


 何かを引き抜く素ぶりをすると幅広の刃を持った長剣が姿を現した。


 赤黒い光を帯びた剣にウィリアムは寒気が走る。


(なんだあの剣は・・・魔法剣?いや、何かが違う)


「あんつか ぎんでやるや」

(少し、本気だすよ)


「少しでいいのか?」


 不敵に笑みを浮かべたセラスの返答にサーガも笑みを零した。

 赤黒い光を放つ禍々しい長剣を両手で持ち、構える。


 剣を構えたサーガから魔力が噴き出した。剣が帯びる色と同じ赤黒い魔力。

 その魔力の噴出になびく様に髪が逆立ち、目の色が赤く染まった。


 ウィリアムはサーガの異様な変貌に驚き、噴出する禍々しい魔力に足がすくんだ。


 心の奥底から湧き上がってくる恐怖。


 ウィリアムは逃げ出したい感情を必死に抑え、その場に踏み留まった。


 ドサッ


 ウィリアムの傍から音がした。


 その方を見やると門衛が白眼をむいて倒れて居るのが見えた。


「おるぁ!」


 サーガの粗野な気合いと共に長剣が赤い軌跡を残しながらセラスへと襲い掛かる。


 斜め下から振り上げられた長剣をセラスは身をよじるだけで躱した。


 躱された剣は間髪置かず上から下へと再びセラスを襲い、地に弾かれる様に跳ね上がり、今度は横薙ぎに走った。


 ウィリアムの目には残された赤い軌跡しか見えず、いかにして避けているのか想像すら出来なかった。


「くくっ くははっこんだげいさあわねぇしょうぶでこんだげおもへずもねぇわ!」

(これほど意に沿わない勝負でこんなに楽しい事もないな!)


 サーガが楽しげに笑う。赤い剣勢がどんどん加速していく。


 ふと、ウィリアムは異変に気付いた。


 赤い軌跡が屈折する様な不自然な軌跡を描いていた。それにゴッゴッと木を叩く様な重い音が響いている。


 ウィリアムは眼球の表面に魔力の膜を張り、二人を見直した。


「うぉぉぉぉ・・・」


 ウィリアムは低く呻いた。


 暴風の如き魔力を纏うサーガと、魔力を纏う事なく暴風の只中に立つセラスの姿があった。


 いや、違う。


 ウィリアムはセラスの両の手を、魔力で編まれた籠手が纏っているのが見えた。


(魔力練転にそんな使い方が‼︎)


 ゴッゴッという音と共に赤い軌跡が屈折する度に、魔力の籠手から淡い光が弾けていた。


 ウィリアムの頭が急速に熱を帯びる。


 余りに速い攻防を無理矢理に目で追っていた為、頭が負荷に耐えられなくなっていた。


「ウィリアム!お前は目に頼り過ぎだ」


 ウィリアムを見るの事もなく、セラスが言った。


(どういう事だ・・・いや、確かに現状、目で追えていると言い難い、目の前でやられたら反応なんか絶対に出来ない。しかし、どうしたら・・・あ)


 ウィリアムは自分の鍛錬をセラスに見られていた時の事を思い出した。


 自分が仮想敵として想像した祖父、そして、それを正確に言い当てたセラス。


(目だけでは見えない何かを見ろとでも・・・、けど、今は目に頼るしか・・・ない)


 新たな技術を模索している暇はない。

 自分より遥か上の戦いを、今しか見れないかもしれない戦いを見逃したくなかった。


 その一念に覚悟を決めて、ウィリアムは二人に目を凝らした。


 赤い軌跡を残した剣閃が十重二十重に走っていた。

 加速し続ける剣撃は、颶風とも言うべき激しさに達していた。


 バチィ


 唐突に何かが弾けた。


 赤黒い光の爆発は、刹那の間、ウィリアムの視界を奪った。

 その一瞬でウィリアムはサーガの姿を見失っていた。


 サーガはセラスの真後ろに立っていた。


 サーガは体勢を崩しながら、左手一本で幅広の長剣を持ち、セラスの背中に振り下ろしていた。


 今度こそ入る、そう思った一撃は瞬時に振り返ったセラスの右手に弾かれ、軌道を逸らされた。


 サーガは無理な体勢から長剣を振るった為か、一歩二歩とセラスから離れる様に下がった。


 無理な移動から攻撃した為か、その攻撃を流されたが為に体勢を崩した。

 ウィリアムの目にはそう映った。


(これで終いかな)


 時間はもう残されていないはずだった。


 これ以上の手立てはない。


 そう思った。


 サーガの空であったはずの右手に巨大な戦斧を見るまでは。


 サーガの身長を遥かに越す長く巨大な戦斧。


(それを右手一本で振ろうってか、無理だ!いや、体勢を崩したのは戦斧を振るう間合いを開ける為⁉︎

 いや、崩れたふりをしただけなのか⁉︎しかも・・・)


 サーガの後ろに構えられた戦斧は、セラスからはサーガ自身の身体の影になり見えない位置取りになっていた。


「ぁあ゛‼︎」


 サーガの口から空間を震わす気合いが放たれた。小さな身体が跳ね、腕が勢いよく振られる。


 戦斧は一瞬にして一筋の閃光となり、セラスへと襲い掛かった。


 ズドン


 地が震えた。


 ウィリアムは目を疑った。


 戦斧を振り下ろしたままの姿で空中に静止しているサーガ。


 指の腹で戦斧の刃を抑える様に両手で掴み、顔の横で抑え込んでいるセラス。

 片膝を突き、その突いている膝も足も地中にめり込んでいた。


「馬鹿な・・・あれを受け止めたってのか・・・」


「くはぁー」


 掴んでいた戦斧を放り、肺に溜まった空気を全て吐き出すかにセラスは息を吐いた。


「死ぬかと思った」


 手を握り開き、損傷がないか確かめながら言った。


 一方、渾身の一撃を受け止められたサーガは、そのセラスの様子を呆然と眺めていた。


 その手に持っていた筈の長剣と戦斧は消えていた。


「わの・・・まげだ」

(私の・・・負けだ)


 手に続き肘を膝を服を調べているセラスにサーガは言った。


「ん?」


「よげらいだんだばまだあいばってや うげでとめらいだんだば・・・なもしゃべらいね かんぱいだ」

(避けられたのならまだしも、受けて止められてしまったなら・・・言い訳も出来ない。完敗だよ)


 サーガは悔しそうに顔を歪めていた。


「残念ながら・・・」


 セラスは服の中に手を入れ、脇の下から指を出して見せた。


「私の負けの様だな」


「あ゛⁉︎」


 サーガはセラスの言葉に気色ばんだ。


「おい、勝負内容を忘れたか?」


「あ」


「最後の一撃だな・・・アレで裂けてしまった」


 セラスは悲しげにため息を吐いた。


「明日もこの服は使うから、直さないとなぁ・・・」


 最早、勝負など忘れてしまったかにセラスはトボトボと歩き出した。


「まって!さんじゃらっと さんじゃらっとまってけへ!」

(待って!少し、少し待って下さい)


 サーガはセラスの進む先へと回り込み、膝を突き手を突き頭を下げた。


「あねさま わとばでしさしてけらいねべが」

(お姉様、私を弟子にして下さませんか)


「はい?」


 セラスは脇の下に出来た裂け目に指を入れながら素っ頓狂な声を上げた。

サーガ語講座


け、の段


け = 食え

け = 痒い

け = ちょうだい

けっ = ケッ


発音が微妙に違う、という訳ではありません。

前後の言葉や行動などで判別しています。

単音でも意味を持ちますが、言葉として乱暴になるので余り使われない言葉でもあります。


け(食え)→かなが(食べな)→くいへんが(食べたら?)

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