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少女、尋ね人と争いになる

 アルフレッドは衛兵達に解散を言い渡した後、執務室へと戻っていた。


 椅子に深く腰掛け、背を預けて天井を仰ぎ見ている。


「どうしたものか」


 一度セラスと話をした方がいいとも思いつつ、どう扱っていいか解らない。

 アルフレッドは執務机に視線を落とし、とりあえずは今ある仕事を片付けてから、改めて考えようとセラスを頭から振り払った。


 書類の一つに手を掛けようとして、出掛けた時よりも物が増えている事に気が付いた。

 書類に比べてふた回りも小さな封書が異質な存在感を放っていた。


 アルフレッドは恐る恐る手に取り、裏を見た。

 封蝋に押されている印を見て、思わず呻いた。


「しまった・・・、忘れていた」


 グルトレラ公爵からの手紙だった。


 レグロ・エルメスト・フローガル・グルトレラ公爵。


 前国王の弟にあたり、フローガル王国に残る唯一の公爵家でもある。


 そして、アルフレッドの元婚約者の父でもあった。

 婚約破棄から約二年程になるが、それから二ヶ月に一度は手紙を寄越し訪問してくるのが定例になっていた。


「いい加減、諦めてくれないものか」


 グルトレラ公爵がアルフレッド邸に訪問してする事は二つ。


 アルフレッド周辺に女の影がないか探りを入れる事と、復縁を承諾させる事である。


 グルトレラ公爵は前国王の死後、次国王にと取り沙汰されながらも国内の安定に腐心し、自分は王の器ではないと公言、そして現国王の後盾となった賢人とも噂される人物である。


 本来であるならば、これ以上にない良縁なのだが、ある日突然、アルフレッドが破断を申し入れた。


 それには公爵の知らない間にあった、アルフレッドと公爵の娘、リステリアとの生臭いやり取りがあった上での結果だったのだが・・・

 婚約を望んでいなかった筈のリステリアがアルフレッドの破断申し入れ後、何故か復縁を申し込んで来た為に拗れてしまっていた。


 封を切り手紙を引き出し、内容を確認したアルフレッドは溜息をついた。


 以前から疑っていた、公爵に内通している者がいるのではないかという疑惑。

 明らかに新たな女性がアルフレッドの周囲に発生した事を警戒する内容に、疑惑は確信に変わったと言えた。


 だが、アルフレッドの屋敷に仕えている者は貴族や有力商家の子女も多く、おいそれと嫌疑を掛ける訳にもいかない。


「明日・・・来るのか」


 新たな問題の発生に、またアルフレッドは頭を悩ませるのであった。



 その頃、ウィリアムは中庭にて木剣を振っていた。


 充分に魔力を練り上げて、とまではいかないものの、ウィリアムは魔力練転の成果を身体で感じていた。


 単に魔力を練り上げ、身体を循環させる事により腕力が増した、というだけでなく、身体の隅々、神経の一本一本にまで意識を向けるように魔力を通した事により、今まで無意識に行っていた足捌き、体捌きの細かい無駄を感じ取れるようになってきていた。


 以前とは比べ物にならない身体の冴えにウィリアムは驚きつつ感動していた。


 まだまだ強くなれる。


 今まさに強くなっていっているという実感に打ち震えていた。


(もっと、もっと細かく、繊細に、力強く!)


 ウィリアムは先程見ていた男を思い出していた。


 暁の楔戦士団、団長ギュクレイ。


 見れば見るほどに身体の中に濃密に満ちた魔力を感じた。


(あれは魔力練転とは違う方法での練り方だった)


 身体の部分部分、別々にその箇所専用に魔力を練り上げ強化しているように見えた。

 その精度だけでも、自分よりも強い存在であると見とった。


 ウィリアムの口元が不敵に歪む。


 振り回され苦悩する事もあったが、セラスに出会ってから新しい発見に事欠かない。

 ウィリアムはセラスに深く感謝していた。


 自分がさらなる高みへ登る道標をくれたのは、セラスに他ならないのである。


 ウィリアムの木剣が振り上げた状態のまま、ピタリと止まった。


(なにやら騒がしい、・・・口論か?)


 ウィリアムは音を探りつつ手拭いを手に取った。


(正門の方からだな)


 汗を拭きつつ、慎重に音を聞き分け気配を探る。

 敵意や殺気はないが、やや怒気を孕んでいると感じた。


(やれやれ、面倒な)


 木剣を置き、魔法剣を腰に下げると正門へと歩いた。


 正門が視野に入ると、確かに門衛と誰かが口論している様子が見えた。


 ウィリアムは正門へと近付きながら、口論の相手を注意深く観察する。


 身長は150㎝ほど、無造作に伸びた緑色の髪から見える顔は大分若く見えるが、薄汚れていてよく分からない。

 服装は赤茶けたズボンに、黄色味がかった襟のついた長袖のシャツ、その上から外套を羽織っている。

 腰には剣が差されているのがチラリと見えた。


 どれも汚れており、旅装であるように見受けられた。


(身長から見れば十二、三といったところか?傭兵として旅するには若すぎる気もするが、一人ではないのか?・・・ん?)


 剣を持っているからには剣の心得も多少はあるのだろう。そう思ったウィリアムだったが、どうにもその強さが掴めなかった。


 ギュクレイの様に濃密な魔力を感じる訳でも、セラスの様に一切感知出来ない訳でもなく、ごく普通にほんの少し漏れ出しているだけなのだが、訳もない不安に駆られた。


(警戒だけは・・・しておいた方がいいな)


 そう決め、近付いた。


「どうした?」


「あ、ウィリアムさん!あの・・・この人なんですが・・・」


 ウィリアムを見た門衛の表情はパッと明るくなったが、直ぐに困った様な表情に変わった。


 何事だろうかとウィリアムは門衛が相手をしている人物を見た。


「だだば」


 キッと挑む様な目つきで早口でまし立ててきた。

 ウィリアムは再び門衛に視線を移した。


「ずっとこんな感じでして・・・何を言っているのか分からないんですよ」


「こんつんぼっけたなぁ なんにゃわぁしゃんべっちゃんずなもわがねってな!どだだばや!なもなんどだばはなさなね!べづだんずださながや‼︎」


「なるほど」


 ウィリアムは納得した。

 酷く荒い言葉使いに、抑揚が独特で単語と単語がくっ付いてしまったかの様な早口。


 ウィリアムにもサッパリ聞き取れなかった。


「名前は聞いたのか?」


「あ、はい、えっと・・・サガ?いや、サーガさんでしたか?」


「んだ」


 名前も鈍っていて聞き取り辛かったのだろうか、ウィリアムの疑問は尽きない。


「それでサーガさんはどういったご用件で?」


「こちゃではいりしてらおなごいだべや のみやんまえであばいでやったやづだねや そいこごのやっだおんべぢゃはんできたいなや わがねな!」


 ウィリアムは聞く事に集中し、言葉の一つ一つを聞き分けるように意識した。


 いくつかの単語らしきものを拾い上げ、意味を考える。


「おなご?女?誰かを探しているのか?」


「んだ」


「おぉ!」


 思わぬ進展に門衛の顔に安堵の色が浮かんだ。


「名前は分かるか?」


「わがね」


(わからないでいいのか?)


「じゃ、どんな女の人だ?」


「たげだちぇーやづよ」


「ちぇー・・・やつ?ちぇ?ちぇーってなんだ」


 思わず門衛の顔を見たウィリアムだが、門衛は首を振るばかりで拒絶した。


「他に特徴は?」


 問われた訛りサーガは記憶を手繰るように視線を動かした。


「くれぇじゃんぼへゃ まなぐもくれひゃったな じゃまだば・・・わよかあだまふとっつたげぇぐれだべぎゃ なだばやだらめがだあるんたふうだったいな」


 最初の頃に比べたら対話の姿勢があるというか、抑揚の抑えられた言葉になっていたが、長文になってしまうと考察が難くなるのは変わらない。


(後半はもう完全にサッパリわからん。えっと・・・じゃんぼとか言ってたか?じゃんぼってなんだよ、くれぇは黒いか?黒い・・・黒い・・・まなぐも黒いとか言ってたか?)


 身体的特徴で黒いと言える部分を考えた。


(肌、髪、目の色・・・か?普通)


 そう考えて一人の黒髪黒目の女性が頭に浮かんだ。


「セラスか!」


「呼んだ?」


 サーガの背後にセラスが立っていた。


 サーガはビクリと背を振らせると横に跳び退り左腰に下げた剣に手を掛けた。


「おぅおぅ やっぱこごであったべな なぁはぁちぇーなぁ まんずたげだちぇーやぁなぁや」


「それはどうも、あんたも大概なものを内に飼ってるみたいだけど・・・、何事?」


 セラスはウィリアムを見た。


「セラスを探してたサーガという方なんだが・・・知り合いじゃないのか?」


「あんた、私を探してたのか?」


「んだ、のみやんまえでさわいであったやづとばみだのさ ほそけなりしてずんぶちぇーやづたどおもってぇや ふとっつてっこあわへでほしはんでっておもってや」


「あぁ、なるほどあんたアレを見たのか」


「ちょっと待って、なんで会話になってんの?何言ってるのかわかるのか⁇」


 ウィリアムが思わず口を挟んだ。


「え?わかんないの?」


「わかんねぇよ!」


 沈黙が流れる中、門衛がコクコクと頷いていた。


「あー、そういえば訛りが強いか、あんまり気にならなかったな」


「このへんでだば そうしゃんべってけるふとずばほとんどいねゃな わぁもつうじだずはどってしたは」


「そうかーそれも大変だなぁ」


「通訳してくれ」


 額を抑えたウィリアムが言った。


「どこから?」


「全部、と言いたいとこだけど・・・掻い摘んででいいから、この子がなんでセラスを探してたのか教えてくれ」


「うむ、それなんだがな、酒場の前でデカい傭兵をぶちのめしたのを見て、私と仕合がしたくなったそうだ」


「んだ」


「それは・・・また・・・」


 ウィリアムはサーガを見た。


 背が低く線も細い。

 腰に下げている剣にすら振り回して、振り回されそうな姿なのだが、なぜか心が冷えるような不気味さを感じる。

 強いのか弱いのか判断しかねた。


「ウィリアム」


 ウィリアムの表情と少サーガに向ける視線に察したセラスが声を掛けた。


「なんだ?」


「こいつはお前より強いぞ」


「あー・・・やっぱり?」


 なんとなく、そんな予感はしていたウィリアムである。


「というか、私が出会った人らの中で掛け値無しに一番強い」


「自分と比べてならどうさ?」


「私は・・・戦闘向きじゃない気がするんだよなぁ」


「どの口が言う」


 という言葉を飲み込み損ねたウィリアムはなんとも言えない苦虫を噛み潰したような表情になった。


「すたんどんでもいだね わどたぢあえは」

(そんな事はどうでもいい、私と立ち会え)


「お断りします」


「なへや!」

(なんでさ!)


「私は自前の服がコレしかないんだよ、しかも貰い物。お金が無いから替えがないし、汚したくない」


 眉間に皺を寄せ、不快を露わにしたサーガは腰の剣に手を掛けた。


「こすぱすねな なもえしゃぐもなぐやってもえんだや?」

(ぐだぐだとうるさいな、問答無用に斬りかかってもいいんだが?)


 だが、セラスに動じた様子はない。


「なんで、そんなに私と仕合たいんだ?そんな事しなくても十分に強いだろう」


「みれ」

(見ろ)


 サーガは右手をセラスに向けた。

 その手は震えていた。


「なんぼきりにいぐかったがわがねぇ ばってなもてぇださいねひゃった」

(何度斬りかかろうとしたかわからない、けど斬りかかれなかった)


 サーガは右手を強く握り、震えを抑えた。


「なぁなにもんだずば」

(あなたは何者だ)


 セラスは少しだけ悲しい顔をした。


「すまんな、私も自分が何者なのか知らんゆえ答えられん。代わりに・・・仕合はしてやれんが・・・勝負しないか?」


「しあいだばまねな」

(仕合じゃだめか)


「お前、周りに被害出さずに本気を出せるのか?」


 サーガは眉根を寄せ目を閉じた。

 自分の本気で戦う姿を想像してみていた。


「まねびょん」

(駄目だと思う)


「じゃ、勝負の内容を決めるぞ」


「わがった」

(わかった)


「お前が私の服に毛筋程でも傷を付けたり、破いたりできたらお前の勝ち。一分間、避け切ったら私の勝ち。どうさ?」


 サーガの目がすぅと細くなった。


「ふろぉーー それ わのながさなにいでらわがってあってしゃんべっちゃんだべな」

(へぇぇ、それは私の中に何が居るのか分かっていて言ってるんだよね)


 セラスの顔にチリチリとした殺気が浴びせ掛かる。


「一応言っとくが、広範囲に被害が出るような技や魔法は使うなよ」


「にげだりだのさねばだば すったまねだっきゃしねね」

(逃げたりしなければ、そんな事はしない)


 サーガはゆっくりとした動作で剣の柄に手を掛け、足を開き腰を落とした。


「それ、抜いたら始まりな」


 サーガの口元が歪んだ。


「けぇや!」


 裂帛の気合いと共に剣が引き抜かれ、セラスへと襲い掛かった。

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