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少女の歌は奇跡を呼ぶ

(歌が聞こえる)


 耳に身体に響く歌声に目を覚ました。

 今、自分がどういった状況なのか分からず、ぼんやりと考えた。


(あぁそうだ)


 自分がなぜ、ここで眠っているのか、思い出した。


 空を自由に駆け回り、時に木々すらも薙ぎ倒すほど強く、時に優しく草花を揺らす。


 自由気ままに空を駆け回っていた風の精霊。


 それが私だ。


 ある日、森の中を駆けていた時、不意に力が抜けていくような感覚に襲われのだ。


 空気が汚れている。


 そう感じ、逃げようとした時にはすでに遅かった。


 精霊の力を押さえ込み、その地を腐敗させる呪い。


 それに囚われてしまった以上、逃れる術はなかった。


 だが、自分は風の精霊だ。

 その場に囚われたなら自力では動けない木や土の精霊とは違い、空気は絶えず動いている。


 いくら精霊の力が封じられた空間といえど、いつかは外へと押し出されるだろう。


 仕方ない。そう考えて、眠りについていたのだった。



 そうしてから、どれほどの時がたったか。意識は、流れてくる優しい歌声に呼び起こされた。


(あぁ、なんだろう・・・すごく気持ちいい)


 囚われて、力を奪われたはずなのに、なにやら元気の出てくる歌だった。

 風が吹いた。


(あぁ・・・私は風だ。また風になれるんだ!)


 瘴気を弾き飛ばす様に風が吹き荒れた。



 大地に眠る精霊もまた、目を覚ましていた。

 封じられ、産むことも育むことも許されず。ただ腐敗していくだけの絶望。このまま消えていくのかと諦めかけていた。


 そこへ地を震わす音が響いた。音は脈動となり地中を駆け巡った。


(なんという、力強い・・・これはなんだ・・・あぁ、なんと素晴らしい。これは歌か!)


 大地の精霊は歓喜に震えた。

 力がみなぎる。再び芽吹こうと草木達がミシミシと音を立てて根を張っている。


(これは我らに祝福を捧げる歌だ。我らを再び立ち上がらせるための歌だ!)


 その歌声に力を受け、その地に眠りし精霊は、黒く染まった地に立ち上がり咆哮した。


「我は地の象徴。我は地の生命と恵みを守護する精霊なり!

 さぁ、我が眷属たちよ立ち上がれ!

 この黒く汚れた地に新たなる生命を呼び起こすのだ!」


 黒く染まった地に立つ茶色の光が激しく明滅し光をまき散らした。




 それはまさに神秘的という他ない光景だった。


 ただ思うがままに、思い出すがままに口にされたその歌は、風を呼び瘴気を吹き飛ばし、大地は瞬く間に緑色の草を生やした。

 枯れたと思われた木々もまた青々と色づき、月の光に照らされ気持ち良さげに風に靡いている。


 一瞬にして緑の大地へと息を吹き返したその地に、様々な色をした小さな光が楽しげに浮かんでいた。


 赤、青、緑、茶、紫・・・・


 再び活動をはじめた精霊たちが、その歌に感謝する様に、明々に光りその姿をあらわしていた。


 だが、その光景について行けてない者がいた。


 歌を口ずさんだ、その当人である。


 なにが起こったのか理解出来ぬまま呆然としていた。


(偶々・・・?偶然居合わせた?・・・いやいや。ものすごい歌だった・・・とか?・・・いやいやいやいや、え・・・えぇぇぇぇ)


 自問自答を繰り返す中、一際大きな茶色の光が混乱の極致あるその者の前に進み出た。


「我はハイ・ノーム、地を司る中位精霊でございます。あなた様の力ある歌声により再び地に立つ喜びを味わう事が出来ました。心より感謝いたします。」


 優しく光る人の頭ほどの茶色の光はぼんやりとした人の形へと姿を変え、恭しく頭を垂れた。


 それに追随するように拳ほどの緑色の光が、その者の周りを小さな風を起こしながら飛び回る。


「私はハイ・シルフ風の精霊だよ。もうあのまま動けなくてもう・・・どうしようかと思ってたの。ほんとありがとう!」


 次々と押し寄せる様々な光たち、それらは口々に感謝を述べたり、明滅したりしている。その感謝を述べる精霊たちのその言葉は、空気を震わせ耳朶を打つ音ではない。それは精霊たちが魔力に乗せて発する不思議な言葉だった。


 本来、普通の人が聞くことのできない特殊な言葉だが、その者にはしっかりと聞こえていた。正確には頭に響いていた、というべきか。


「あ、あぁ・・・うん」


 自分でもなにがあったのかわからないんですよ。とは言えない雰囲気だった。


「ねぇ、凄い魔力だったけど、あなた何者なの?魔物・・・には見えないけど・・・泥だらけね」


 不意に掛けられた風の精霊からの質問にドキっとした。が、はたと自分の姿を見直した。


 確かに泥だらけだ。


 土の中から這い出してきたのだから、当然と言えば当然だ。


 腕があり、足がある。二本の足で立っている。手には指があり、自分が意識するとおり、ゆっくり握ったり開いたりしている。酷く当たり前の自分の手足のはずなのに、なにか違和感があった。


 なにがわからないのか、なにが違うのかわからない。


 パラパラと身体に付いている泥を払う。


「・・・どうしてそんなに泥だらけなの?」


 一つ一つの動作を確かめる様に泥を払うその人に風の精霊は恐る恐る聞いた。


「私は・・・あ、うん、そうだな。埋まってたんだ。」

「埋まってた?」

「そう、埋まってた」

「なんで??」

「私が聞きたい」


 心底不思議そうな表情を互いに浮かべている。


「逆に聞きたい。私は一体なんだと思う?」

「なにって・・・人間の女なんじゃないの?泥だらけだけど」


 払われた泥の下に少し膨らんだ胸が見えていた。


「女・・・かな?」

「女でしょ」


 なんとも言えない空気が流れた。

 そんな空気になにか思う所があったのか、土の精霊がコホンと咳払いした。


「もしかして、記憶がないのですか?」


 土の精霊の言葉に泥の女は頷いた。


「え!?自分の事がわからないの?名前も??」

「・・・名前・・・うん、わからないな」

「た、大変じゃない!」


 風の精霊がどうしようとばかりに飛び回っている。


「歌は・・・覚えておられたのですか?」


 会話に入ってきたのは地面の中からぽっこりと出てきた紫色の光だった。


「歌は思い出したんだ」


 泥の女は紫の光に答えながら、その光をジッと見つめる。


「君は・・・岩の精霊さんだね。確か、グラン・ノームと言ったか」

「いかにも、グラン・ノームとは我輩の事にございます。記憶は失っていても、知識は残っておられる様ですね」


 そう言われて泥の女は顎に手を掛け、ふと考え込んだ。


「うん、思い出した。というよりは知ってる物を再認識した。という感じかな・・・ただ、他になにを知ってるか・・・といってもよくわからないな・・・」

「ふむ、強大な魔力といい、以前は大変な識者であったのかもしれませんなぁ」

「ねぇねぇ、わからない事いつまでも考えてたって仕方ないんだし、名前考えようよ名前」


 人間なんだし名前ないと不便でしょ?と、せわしなく飛び回ったまま風の精霊が言った。


「あーそうだな。じゃセラスなんてどうさ」

「早!」

「なにか、思い入れのある名前だっりするのですか?」

「いや、なんとなく思い付いただけ」

「いやぁ、別に変とかはないけどさ・・・そんな簡単に決めちゃっていいの?」


 頷く泥の女、改めセラス。


「元の名前もあるだろうけど、それまで繋ぎと思えば・・・まぁ別に、それに・・・」

「それに?」

「名前なんてわかればいいだけなんだから、なんでもいいさ」

「そーかー、そんなものかー」


 わかったようなわからないような感じに緑の光が頷いた。それを見たセラスがクスリと笑う。


「さて、それじゃ自分探しの旅にでも行きますかね」


 どこまでも気軽そうな声だった。考える事はいくらでもあったが、ここで考えていても答えは見つからないだろう。そう結論を出していた。


「森の再生をしていただいたのになんのお力にもなれず、申し訳ない」

「いや、かまわないさ」


 恭しく頭を下げる土の精霊にセラスは答える。

 自分としてもどうにかしようとしてやった事ではないのだから、礼を言われても困るのだった。


「なにか当てはあるのですか?」

 と、岩の精霊。

「とりあえず人里でも探してみるかな?」

「あ、じゃあ私が道案内してあげる」


 セラスに風の精霊が言った。

 その様子を見ていた岩の精霊は、ふむ、と一息つくと。

「なれば我輩もご一緒してよろしいでしょうか?」


 一瞬、驚いた様に「いいの?」と言ったセレスだったが、二人を見回して「まぁ、それも楽しそうか」と呟いた。


「それじゃ、旅の帯同をお願いするよ」


 セラスは改めて、岩の精霊と風の精霊に挨拶した。


 そのやりとりを寂しそうに見ていたのは土の精霊だった。

「我も行きたいですが、この土地も再生したばかり、少しばかりこの土地の行く末を見守りたいと思います」


 セレスは土の精霊にしゃがみ込んで手を差し伸べた。


「気持ちはありがたく受け取っておくよ」

「はい、セラス様の旅がより良いものになりますよう」

 土の精霊はセラスの手に恭しく触れた。


「またここに来るかもしれない、その時にまた話とかしよう」


「はい、心よりお待ちしております」


 恭しく頭を下げる土の精霊を背に、セラスは草木を掻き分け、森の中に入っていった。

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