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少女、徹夜する

 布包を持ち上機嫌で領主宅まで帰って来たセラスは、そのまま勢いで与えられている客室へと入った。


「おかえりなさーい」


 客室では自分の身体程もある大きな本をテーブルに置いて読むティリアが居た。


「ただいま」


 セラスの機嫌のいい声に、ティリア頭を上げセラスの顔を覗いた。


 外に出る様になってから機嫌のいいセラスであるが、今日の機嫌の良さはいつもの良さより一つ上にあると感じたティリアは、すぐにその手に持つ布包に気付いた。


「今日はまた一段と上機嫌ですね」

「そ、そうか?そんなに機嫌が良く見える?」

「はい、背中に羽があったら飛んで行きそうですよ?」

「そうか・・・」


 何故かガッカリした風に手にして居た布包をテーブルの上に置いた。


「嬉しくなかったのですか?」

「嬉しかったよ、けどな、自分でも気付かない程、浮かれていたとなると少々恥ずかしい」


 少し頬を赤らめるセラスにそれを見るティリアも赤くなった。


(かあ様かわいい)


「それで何を貰ったんです?」

「これだ」


 布包を開き、靴やら衣服を取り出して見せた。


「これは・・・」

「作業着だ。これで私も鍛鉄に参加できる」


 嬉々として語るセラスに対し、ティリアの表情は暗い。


「かあ様、これ・・・」

「どうした?」

「男物ですよね?」

「親父さんの奥さんが着てた物らしいが・・・、そうだな、男物っぽいな」


 裾などは短く作り変えられているようだったが、広げて並べて見ると確かに男性用に見える。

 それをセラスが気にした様子はない。


「かあ様、ちょっと着てみてください」

「うん?いいよ」


 少し不思議そうに返事をするセラスだが、ささっと侍女服を脱ぎ、貰った作業着を着た。


「どう?」


 上機嫌のセラスに対し、


「かあ様・・・」


 ティリアは今にも泣きそうな顔をしていた。

 セラスにはティリアの表情の理由が分からない。


「かあ様!全く寸法が合っていません‼︎」


「うん?」


 セラスは作業着を着ている自分を見回す。


 首元は大きく開き、肩の所が大きくずり落ち、袖も裾も大きく下がっている。

 ズボンなどは腰回りからだぶだぶだった。


 このバルガの奥さん用に改造された作業着だが、実はその奥さんにも合っておらず、本当の所ではかなり嫌がって着ていた事をバルガは知らなかった。


「多少動き難いかもだが・・・、まぁ良くないか?」

「駄目です、動き難い作業着などその価値を疑う物ですし、何より美しくありません」

「むぅ」


 きっぱりとした言い様にセラスも閉口した。

 ティリアはセラスに寄ると服を掴み、寸法を見る。


「肩幅から合っていませんから直すと言うより、作り直した方がいいでしょう。さぁ、かあ様寸法を取るので座ってください」

「お、おぅ」


 セラスはその場に正座した。


「ラギド、出て来て」


 セラスの服の裾から淡い紫色の光の玉が出て来た。


「なんですか?」


 不承不承といった声だった。


「何か書ける石だして」


 紫色の光のままのラギドはティリアに近づくと魔力を発し始めた。


 ラギドの発した魔力が一点に集まり、緑色の鉱物か産まれた。


 長四角く、平たい石がティリアの手に収まる。


「滑石です、布にも書けるでしょう」


 ラギドはそう言い残し、すぅっと消えた。


「ありがとう」


 ティリアは貰った滑石をひらひらと振り、ラギドの消えた虚空へと礼を言った。


「さて」


 ティリアは滑石を持って背中側から、肩から脇への線を書いていく。


 次に正面に回り、同じく肩からの線を引こうとして、ふと止まった。


 服を摘み、余分な布を見たり、胸の前で重ね合わせたりしている。


「フェルちょっとお願い」


 ティリアの目の前に風が渦巻き、緑の光の玉が現れた。


「なーにーなーにー?」


 ラギドと違い、風の精霊は陽気だった。


 ティリアはフェルの目の前で、服の真ん中、首元から真っ直ぐ下に線を引いた。


「フェル、この線の通りに切ってくれる?」

「はいはーい」


 緑の光の中に小さな女の子が現れ、腕を上から下に振り下ろした。


 ふわっと優しい風がセラスの頬を撫で、服が線に沿って綺麗に切れた。


 ティリアは切った服の端を持ち、胸の前で合わせ端を織り込んだ。


「ふむ、これでいきましょう」

「なにがだ⁉︎」


 セラスとティリアの目が合った。

 ティリアが盛大な溜息を吐いた。


「かあ様はそんなにお綺麗なのに服に全然興味を持ってくれないのが、とても悲しいです」


 そんな事を言われても、分からないモノは仕様がない。と思うものの何となく言えないセラスであった。


「余分な部分を切って、シャツの様にボタンで留める法でも良かったのですが、ここにはボタンがありませんし、かあ様に合う一品を探す時間もありませんので、前で重ね合わせましょう。端の部分が厚くなるので作業着としては問題ないでしょう。問題は襟元が薄く、均衡が取れていない点なんですが・・・。沢山ある余分な布で襟から裾まで厚めにして帯のようにしていまいましょう」


「ズボンはどうする?」


「そもそも、ズボンは腰で締めて履くものですが、男性と女性では締める場所が違います。女性はヘソの所で絞るものですけど、男性は腰骨に引っ掛ける感じで絞りますからね。大きさが違うのでそのまま履けてしまいますが、可笑しなことになってしまいます。なので、股下に余裕を持たせてお尻がゆったりで、腰がきゅっとなるように調整しましょう」


「お、おぅ」


 話しながらもティリアはテキパキと服に線を引いていく。


「かあ様、立ってくださいな」

「おぅ」

「裾はこの辺で・・・あら?」


 ティリアはズボンの上の端を持ち、グイグイと上に引っ張った。


「痛い痛いティリア痛い!お股痛い!」

「かあ様、足長いですね・・・ですけど、お尻が小さいですから何とかなるでしょう」

「なにがだ‼︎」


 ブツブツと小声で言いながら裾に線を入れ、セラス離れて見回す。


「よし、ではかあ様脱いで下さいな」


 最早言われるがままのセラスは作業着を脱ぎ下着姿になった。


「フェル、線の通りに切っていって」

「はいはーい」


 ティリアの回りをふよふよと浮いていたフェルは脱ぎ置かれた作業着へ向かい、線に沿って飛ぶ。


 シューーー シュル シュル


「さぁかあ様の出番ですよ」

「ん?」

「裁縫して下さい」

「針と糸がないが?」


 ティリアは額に手を当て、溜息を吐いた。


「あれほど精緻な魔力操作が出来るかあ様が何を・・・」

「お前、今日は辛辣だな」


 これが素の性格なのかな?とぼんやりと思うセラス。


「ほら、この端切れの端から糸を取って、コレに魔力を通して下さいな」


 セラスは渡されたほつれ糸に魔力を通す。


「ふむ?」


 魔力を通された糸はピンと伸び、一本の長い針のようになった。


「操れますか?」

「うん?」


 糸が風に吹かれたようにふにゃふにゃと動き出し、セラスの手を離れて、生き物であるかの様に空中を泳ぎだした。


「おお、なるほど。これなら針は必要ないな」

「えぇぇぇ・・・」


 開いた口が塞がらない。

 まさか手を離してまで動かせるとは思っていないティリアだった。


「おぉ、これは楽だな」


 そんなティリアに気付くことなく、両手で生地を抑えてするすると縫い合わせていく。


「えっとここはここと縫って・・・」


「はっ⁉︎私は今なにを・・・。あ、待ってかあ様ここは帯の様に厚めにしたいので中に薄い生地を畳んで挟み込みましょう」


「ほぅほぅ」


 ティリアの思い付きをセラスの裁縫速度が可能にした超高速の試作、解体、調整が何度も繰り返され、ようやくの完成を見たのは、空が白む頃であった。


 ボタン付けや補修の仕方など、基本的な縫い方位しか知らないセラスと、美しくあって欲しいという願望に突き動かされたティリアという、裁縫の初心者二人がこの短時間に完成まで漕ぎ着けたのは奇跡と言ってもよかった。


「鍛治ほどではなかったが裁縫というのと奥深くて楽しかったなぁ」


 しみじみといった感じで言うセラスだが、その姿にも言葉にも疲れといった気配はない。

 むしろ、楽しかった遊びが終わりを迎えるかの様な名残惜しさを感じさせる言葉だった。


「かあ様・・・元気過ぎませんか?」


 対照的に疲れ伏したティリアはぐったりとソファーに寝そべっていた。


「そうかな、裁縫も楽しかったしこれから鍛冶場に行くし、疲れてる暇なんかないな」


 セラスは出来上がった服を着ていく。


 まず、胸を肌着の余り生地で作った、少し広めの帯で縛って覆い隠す。


 ティリアに素で肌着を着ようとして怒られた為、急遽作ったものだ。


 ちなみに侍女服の時に付けている下着は、少々扇情的なので透けて見える可能性のある肌着の下に、着てはいけないと怒られていた。


 下着の次に肌着を着け、上衣を羽織る。


 胸の前で重ね合わせるだけでは、どうしてもズレやすいという事で、内と外の端を結んでお腹周りを締められる様にしている。

 着丈を長めに持たせ、尻が隠れる位の長さを持たせている。


 一番試行錯誤されたズボンだが、ティリアの発案と熱い希望により、お腹周りの部分が前後に裂けている様な形になった。


 足を通した後、裂けている前側の部分をお腹に当て、横に付いている帯を後ろに回して前で縛る。

 後側は逆に帯を前に回して後ろで縛る。


 こんな形状にする事により、ティリア曰く


「厚手の可愛いくない服でも、女性らしい滑らかな曲線を出させる事により、より可愛くより綺麗に見せられる」


 との事だった。


 セラス自身、そこまでする必要が本当にあるのかと何度も疑ったが、ティリアの情熱がセラスの為を思っての事だと知っているからこそ、全てその言に従ったのである。


 最後に靴を履き、その場で回って見せた。


「どうだティリア?」


「あぁ、やはりかあ様はこの穢れた地上に降りられた女神だったのですね」


 ソファーに寝そべり息も絶え絶えといった風に、最後の力を振り絞った感を込めて言う。


「堕天使ならともかく堕女神は知らん。というか天使と言うなら君らの事だろう」


 光の精霊が顕現した際、この神々しさから天より使わされた神の使者。

 と言われる事が多い。

 また、伝説や叙事詩に歌われる光の精霊はそういう扱いが基本だった。


「天使とか神に酷使され、人からいい様に尻拭いに使われる都合のいい奴じゃないですか。そんなの御免ですよ」


 ソファーに寝そべったまま淡い光に包まれていくティリア。

 ふぁぁ、というのんびりとした欠伸を残し小さな光の玉となり空中に消えていった。


「おやすみなさいぃ」


「光の精霊って寝るんだ・・・」


 睡眠とは生物が行う行動だと思っていたが、光の精霊も行うとは知らなかった。

 それとも、ただ人の真似をしているだけなのか、物質化にて生物に変わった際に必要になってくる現象なのか。

 後で聞いてみよう、と思うセラスだった。


 ふと、セラスは窓へと視線を移した。

 大分明るくなってきてはいたが、まだ少し薄暗い。


 セラスは徹夜せいか、少し体感の時間がズレたのかと思った。


 ティリアではないが少し疲れたのか、とも思ったが、そ腕はない事にすぐ気付いた。


「そうか曇りか・・・、いつもより大分遅くなってしまった」


 しばらく好天が続いていた事もあり、油断していた。

 セラスは駆け出し、外へと向かった。

 戸を開け、外へ出た瞬間、足を止めた。


 屋敷より門へと続く道がしっとりと濡れている。


「そうか、昨晩は雨だったか」


 ふと思い出せば水の精霊達が騒がしかった覚えがある。


 セラスはゆっくりと歩き出した。

 多少汚れるのは仕方ない。

 だが、バルガに貰い、ティリアと直したばかりの服を汚したくはなかった。


 セラスは門を出たところで足を止めた。


 セイリオスの北東区にあるアルフレッドの領主屋敷は、居住区と商業区の境目にあり、大通りにも近く工業区にも行きやすいという最高の立地建っていた。


 バルガの鍛冶場にも道を二つ曲がるだけで辿り着けるのだが、その場合、通る道の殆どは工業区内になる。


 敷石により多くの道が舗装されているセイリオスだが、工業区は人通りの少なさもあり、あまり舗装されていない。


 セラスはいつも通る道がぬかるんでいる事を予想した。


(仕方ない、少し遠回りになるが商業区を通って行くか)


 セラスは頭の中で迂回路をいくつか検索し、その道を行く事を決めて歩き出した。


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