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少女、はめられる

 セラスを連れて地下より上がったウィリアムは守衛になんの問題のない事を告げると、セラスを二階にある客室へと案内した。


「ここで待っていてくれ。服の事もあるし少し時間が掛かるかもしれないが、くつろいで居てくれると助かる」


 そう言うとウィリアムは足早に出て行った。


 一人残されたセラスは部屋の中を眺める。柔らかそうな革張りのソファーにきらびやかなテーブル、壁には山と川の描かれた油絵が掛けられ、部屋の隅には派手な鳥の装飾のされた華美な壺が置かれている。


(なにやら、妙に凝ってるっぽい物がいっぱい・・・、隣は寝室だろうか)


 セラスは恐る恐る隣の部屋への扉を開けた。中には天蓋のついた大きなベッド、そして意匠細やかなクローゼットが置かれている様だった。


 セラスはそっと扉を閉じた。


「なんて居心地の悪い」


 ボソリと呟いた。


 目の前に柔らかそうなソファーが置かれているが、とても座る気にはなれなかった。


 部屋の中に興味の湧くものを見つけられなかったセラスは窓の外へと目を向けた。


 綺麗に刈り込まれ整えられた木や囲いが見え、その近くに白い椅子やテーブルが見える。芝も青く短く綺麗に刈りそろえられていた。


(綺麗は綺麗だが・・・)


 なにが、とは言えないが、なんとも言えない妙なムカつきを感じていた。セラスは窓から目を背けた。


(地下が一番居心地が良かった。寝床を貸してもらえるのなら、是非あの場所にしてもらおう)


 セラスはそう考えながらその場に腰を下ろして寝転がった。



 目を閉じてどれほど時間が経ったか、セラスは近づいてくる気配に目を覚ました。コツコツと歩く音が次第に大きく聞こえてくる。

 セラスは立ち上がり、その人物が訪れるのを待った。


 コンコンと戸を叩く音がする。セラスは静かな声でどうぞ、と答えた。ゆっくりと戸が開けられ、服を抱えた女性が入ってきた。


 年の頃は五十は過ぎているだろうか。深く刻まれた豊齢線が生きた年月を表している様にも見えるが、ピンっと伸びた背筋と柔和な目元が印象を若く見せている。


 黒を基調とした服を着ており、足首まで隠れるロングスカートに腰をギュッと絞ったブラウスをピシッと纏っている。


 一分の隙もない精錬された姿にセラスは、一流の戦士を見ているかのような錯覚を覚えた。

 侍女服の女性はセラスに深く一礼すると、真っ直ぐとセラスを見据えて口を開いた。


「セラス様のお世話を仰せつかりましたフィーネと申します。よろしくお願い致します」

「記憶もなく、素性も知れない女であるがよろしく頼む」


 セラスはそう言うと軽く会釈を返した。その様子をフィーネはジッと見つめている。


「なにも着ておられないと伺いましたので、召物をお持ちしましたが・・・、先に湯に入られた方がよろしいでしょうね」


 そう言われてセラスは自分の身体を見直した。

 土から這い出て山を彷徨い丸三日、川で泳いだ際に多少の汚れは落ちてはいるが、とても綺麗とは言い難い。なにより裸足のままである。足元は汚れたままであった。


「頼む」


 セラスは苦笑いを浮かべてそう答えた。


「では、こちらへどうぞ」


 フィーネはセラスを促して、部屋の外に出た。セラスはフィーネの後ろ姿を見ながら後を付いて歩いていく。


(美しいな)


 セラスはフィーネの歩く姿に、一つの完成された美を見た。


(頭が揺れない・・・軸がブレない・・・拍子が一定・・・ふむ)


 セラスはフィーネの身体の使い方を一つ一つ真似しながら歩いた。膝の、腰の使い方から踵の突き方、重心の置き場所まで、目に見えない所は身体を流れる魔力を読み取り模倣した。


 それに気付いていないフィーネは、そのまま一階の少し奥まった場所までセラスを案内し「こちらでございます」と促して中へと入った。


「セラス様は湯浴みの方法はご存知ですか?」

「・・・知識としては覚えはあるが、正しく行える自信はないな」

「では、私がお背中を流しましょう」


 フィーネは手早く侍従服を脱ぐと、湯着を纏い、セラスを連れて洗い場へと入った。


  フィーネは腰掛けにセラスを座らせると、背中に湯を流し、手早く石鹸を泡立て、セラスの身体を洗い始めた。


(キメ細かい・・・柔らかい・・・)


 洗われ流される汚れの下からは白い透き通った肌が現れた。


(私も若い頃はこうだったのだろうか・・・)


 フィーネはセラスを洗いながら思う。


(いや、これはまるで生まれたての赤ん坊みたい)


 もっちりと手に吸い付く様な肌触り、その内部には柔らかくもしなやかな筋肉が蠢いている。


(これは・・・堪らないわね)


 なにやら言い知れない欲望が鎌首をもたげる。


(殿方が女性に対して持つ欲情とはこういうものなのかしら)


「やぁ、これは気持ちがいいね」


 不意に掛かった声にフィーネはドキリとした。


 ふと我に返り、自分の中に湧いた感情を胸の奥へと急いで仕舞い込み、ふふっと笑った。


「セラス様はこのようなお風呂は初めてでございますか?」


 泡に塗れた身体に湯を掛けながら、フィーネは優しく声を掛けた。


「私の知る風呂は蒸気で身体を温めて、若い木の枝葉で身体を叩くという奴だ」

「蒸し風呂でございますね、枝葉で身体を叩くというのは北の方の国であると聞いたことがありますが・・・。セラス様はそちらの出身なのでしょうか?」


 フィーネはセラスの頭を丁寧に手付きで洗っている。


「うー、知識としてはあるんだが・・・、どうにも利用した覚えがないんだよなぁ・・・」


 どこか遠い目をするセラスにフィーネは「さぁ、頭を流しますよ」と、声を掛けて湯を掛けた。


 セラスは顔に張り付いた髪を鬱陶しそうに頭を振った。


(なにやら、子供をお風呂に入れている気分になりますね)


「さ、湯船に浸かりましょう」


 セラスはフィーネに招かれるまま、湯の張られた浴槽にゆっくりと浸かった。


「はぁぁぁぁ・・・・これは気持ちいい、癖になりそうだ」


 目を細め、口から漏れる吐息。


(艶かしいですね)


 上気した肌、蕩けそうに目を細め、頬の緩んだ無防備な笑顔。フィーネはどうしようもなく悪戯したい心に襲われ、必死に自制心と格闘していた。


(私ですらこんな気にさせられるのであれば、年頃の男性であればどうなることやら・・・)


 嫉妬や羨望より先に、親心にも似た保護欲が湧いていた。


「セラス様はお風呂から上がった後、どうされますか?」


 我を忘れそうになる心を奮い立たせ、フィーネは質問した。

 世話や指導を任されている立場もある。出来るならば限りなく希望は叶えてあげたいという気持ちと、磨けばどこまでも輝くであろうこの原石を、自分の思うままに磨き上げたいという願望とが鬩ぎ合っていた。


「ん〜、本が読みたい」

「本・・・でございますか?」

「うん、記憶はないけど、知識はある。けど、どうも私の知る知識と今ここに溢れている情報とでは大分開きがあるように感じるんだよね」

「それで、本ですか」

「そう、例えば歴史書・・・近代史や現代史、この国の物もそうだけど、周辺地域の物や・・・あと、魔道書なんかもあれば私がどこから来たのか分かるかもしれない」


 フィーネは少し考えてから答えた。


「お望みの物があるかどうかはわかりませんが、書庫であれば、この屋敷にもございますよ」


 バシャリと水音を立ててセラスが勢いよくフィーネへと振り返った。


「本当に!」


 期待に目を輝かせ笑顔を向けるセラスに対し、迎えるフィーネの表情はやや暗い。


「はい、ですが書庫の利用にはアルフレッド様の許可が必要になりますので・・・」


「そうか・・・」


 アルフレッドの名前を聞いた途端、セラスは難しい顔をした。


「セラス様はアルフレッド様が苦手ですか?」


 本来、これは世話役である侍女が聞いていい事ではない。フィーネは言ってしまってからその事に気付いた。セラスは質問の意図を考えて少し思案した。


「いや、苦手ということはない。あの男はいい男だ。優しくて気遣いが出来て、なにより思い遣りがある」


 セラスはフィーネに背を向けて語りながら苦笑いを溢した。優しく気遣いが出来るというのは本心だったが、苦手は苦手であった。


 セラスはアルフレッドの浮かべる笑みも挨拶も礼も、その優しさや気遣いさえも、どこにもアルフレッドの心を感じなかった。


「ただ・・・本心がどこにあるのか見えなくてなぁ・・・」


 フィーネはそっとセラスの手を取ると自分の胸元へと引き寄せた。

 フィーネの突然の行動に驚いたセラスだったが、フィーネの表情はとても明るかった。喜びに満ちている。そんなフィーネの顔を見て、セラスはなお驚いた。


「わかります!」


 とても力強い言葉だった。

 驚いているセラスをよそにフィーネは言葉を続ける。

 そこに侍女長たる姿は既になく、一人の憂いを持った女性がいるだけだった。


「坊ちゃんは子供の頃より聡明であられましたし、優しく気遣いの出来る子でしたが、よく笑う子でもあったのです。

 ですか、先代様がお亡くなりになられた頃からでしょうか・・・。よき領主であろうとしておられるのか、本心を隠してしまわれる様になったのです」


 驚き顔のまま、どう反応したらいいか分からず固まっているセラスに気付き、フィーネは我に返った。


「申し訳ありません」


 フィーネはセラスの手を離し、頭を下げた。


 セラスはその様子にクスッと笑うと


「そこまで思われているアルフレッドは果報な男だな」


 そう言った。その様子にフィーネは再びセラスの手を取った。


「セラス様」

「なんだ?」

「セラス様、少々手を貸していただけませんでしょうか」

「手?」

「はい、その代わりというのは何ですが、書庫の件に関しましては、成否に関わらずセラス様が利用出来ますよう取り計います」

「成否?」

「はい、アルフレッド様がお出掛けになられる一週間、私に預けてくださいませんか?」


(アルフレッドに関する計略を巡らすので留守にしている一週間、手を貸して欲しいということだろうか・・・報酬は書庫か)


 フィーネの顔からは悪巧みのような物を感じなかったセラスは「わかった、一週間だな」と、特に深く考えず、了承した。


「ありがとうございますセラス様。一週間で立派な淑女にして差し上げます」

「淑女!?」


 計画の内容を確認しておくべきだったと後悔しても時既に遅し。


 フィーネ計略はこうして始まったのだった。

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