記憶を失くした少女は歌を歌う
(う、うぅ・・・ん)
ソレは静かに目を覚ました。
(・・・なんか息苦しい・・・重い・・・)
言い知れぬ圧迫感に不快感を覚えた・・・だが・・・
(面倒だ・・・眠い・・・)
再び眠りに落ちようとした。
(う・・・ん・・・なに・・・?)
もそもそと身体を動かそうとしたが、上手く動かない。
全身を押さえつける圧迫感があった。
ゾクリッと背中を悪寒が走る。
(え?なに?どういうこと??)
身体を包んでいる何かを力を入れて押しのけてみる。
なにかしっとりとした中に固いものが混じってる感じと共に、グググっと押されていく。
その感触はまるで・・・
(ここは・・・土の中?)
息苦しさからか、急な不安感からか意識が覚醒していく。
(ここから出ないと)
暗闇の中、周囲にあるものを力ずくで押しのけ、何かしらの気配がある方へと、上へと目指して押し進んだ。
どのくらい這ったのか、どのくらい掘ったのか、よくわからなくなってきた頃、
不意に土をかく右の手が圧力から解放された。
(外!)
期待を込めて土を押しのけ、空気のある世界へを身を踊りだした。
だが、眼の前に広がる光景は、惨憺たる世界だった。
呆然と見渡すその景色は、濛々とした暗く黒い霧に包まれ、地はへどろのようなずぶずぶとした黒い液体がそこかしこに溜まっている。そのへどろからは黒い煙が吹き出していた。
見える周囲を囲む木々もみな枯れ果てていた。
まるで呪われているかの様だった。
(あぁ・・・)
一つ深く息をついた。
どこか見たことがあるような見知らぬ場所。
生物を拒む様に地から湧く瘴気。
瘴気に侵され、生物の存在を許さなくなったかのような土地。
眼元から一筋の雫が流れた。
(・・・何故)
何故、この光景に不安感や恐怖を感じるのではなく、悲しさを覚えるだろう。
(ここは・・・なんだ・・・私は・・・何故ここにいる・・・なんだろう・・・思い出せない)
頭の中が靄に包まれているかの様な感覚。
それは思い出してはいけない様な、思い出さなくてはならない様な、不思議な感じがしていた。
ふと頭を埋める靄の中に、一人の人物が浮かんできた。
女性だ。
顔もなにもわからないが、その人はなにか優しい気持ちを思い出させる。
なにかを口ずさみ優しく微笑んでいる様な・・・
(なんだろう・・・覚えてる・・・知ってる・・・これは・・・うた?)
土と泥にまみれたまま、瘴気に包まれた大地に立ちあがる。
(こがねの・・・ほなみの・・・あぁ、そうだ)
ゆっくりと両手を広げ、泥にまみれたまま
一つ一つゆっくりと確かめる様に口ずさんだ。
か〜ぜにゆれる こ〜がねのほなみ
や〜まのめぐみと は〜たけのみのり
せ〜わ〜し〜なくは〜た〜ら〜く お〜とめとともに
つ〜ちよ かぜよと めぐみをささぐ
(これは、秋の収穫に精霊への感謝を込めて歌われてた歌だ。
私はここで、靄の中の女性と歌を歌っていたのだろうか・・・)
いいしれぬ切なさと共に、小さな声でゆっくりと、そして一つ一つの言葉に力を込めて、なにかにすがる様に歌っていた。
ザワリ
と、大気が震えた。
その力を帯びた歌声に応えるかの様に、木々が大地が、そしてゆっくりと歌を伝えるその空気が変化しはじめた。