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妄想

「あ、カルメンちゃん!ちょっと、聞いた?」


食材の買い出しから帰る途中、いつぞやの女性から声を掛けられた。

相変わらず名前は全く思い出せないが…。


「えっと…件の連続殺人事件の事ですか?」


「そうそう、あの連続殺人事件!また、被害者が 出たらしいわよ。今度は前の町よりは1つ位遠いけど…。それでもねぇ?」


「へぇ…。まあ、大丈夫だと思いますけどね。この町は。」


この町で事件を起こすつもりは更々ない。

理由は単純、素材になり得る女性がいないから、だ。

ここは、他に比べて質が悪い。

しかし…もう死体が発見されたのか。

まだ3日しか経っていないのに…。

やっぱり、警戒が厳重なもの になってきているのだろうか。

シリル様に言われた通り、気を付けないと…。


「嫌ねえ…。まだ前の事件からそう日が経ってない のに…。あんまり捕まらないから、犯人は調子に 乗ってるんじゃないかしら?憲兵隊、いつも威張 り散らしてる癖に、全然目星もついてないみたい よ?」


これは有用な情報だ。

私の愚かで迂闊な行動は、 なんとかばれずに済んでいるらしい。

私は内心安堵し、警戒をしだしても相変わらず無能な彼らを嘲る。


「それにしても…また被害者は首が切り取られていたって。犯人は間違いなく変態ね。」


女性は、断定するようにして言った。

その余りに予想外な言葉に、私は少し戸惑う。


「へ、変態…?」


「だって、頭って結構重いって言うじゃない?そ んなものわざわざ持って帰るなんて普通じゃないわよ。」


「…まあ、普通ならそもそも殺人しないんじゃないですか?」


私にだって、それくらいの分別はある。

自分が周りからすれば異常なことは、自覚していた…つもり だった。


「それもそうね。あ、ごめんカルメンちゃん。そろそろ夕食の準備をしないといけないから、お話はここまで、ね。」


そう言うと、慌ただしく家のなかに入っていく女性。

私も軽く頭を下げ、自分の家へと歩みを進める。

そして、重い荷物を投げ込むようにして中に入ると、そこはしんとしていて誰もいないかのようだ。

…シリル様はあれから滅多に部屋から出てこなくなった。

人形を作っている時はいつもこんな感じだが、叱られた後のせいか、嫌われたのではない か、と心配になる。


…少し、覗いてみようか。

シリル様の御顔が見たい。

存在を確かめたい。

近くに、感じたい。

一度そう思ってしまうと、その気持ちを抑える事が出来なくなってしまった。

いてもたっても居られなくなった私は、こっそりと件の部屋に向かう。


薄暗い廊下を抜け、部屋の扉の前に立つ。

音が鳴らぬよう、慎重に、少しだけ開けると、シリル様が机に向かっている様子が見えた。

どうやら、首から皮を引き剥がす作業を行っているようだ。

とても真剣な表情をしている。

表面に薄くメスを入れ、ゆっくりと皮を引っ張る。

ぺりぺり、と皮が剥がれ、赤い肉がむき出しになっていく様子が見える。

あぁ、また彼女が羨ましい。

顔の皮を引き剥がされる痛みというのは、一体どれ程のものなのだろう?

想像してみて、私は恍惚の表情を浮かべる。

謂わば、あれは彼なりの愛情表現。

女を自分好みに変える行動。

普通の人間なら、似合う衣装を買い与え、着込ませるようなものだろう。

私なら、生きたままやって欲しいものだ。

メスに切り裂かれ、皮膚がじわじわと剥かれていく感覚はどんなもの?

皮を剥がした後、顔を撫でる風はどの様に感 じるだろうか?

未知なる痛み。

なんて甘美な響きだろうか。その激痛こそが、彼の愛に等しいのだ。

ふと我に帰ると、扉の開き具合が先程より大きく なっていた。

身体も半分くらい部屋の中に入って いるような状態で、ばれていないのが逆に不思議な程だった。

いけない…このままここで妄想に耽っていると、シ リル様に迷惑な事をしてしまうかもしれない。

そう思った私は、そそくさと部屋を後にする。


「はぁ…。」


暫くソファに座っていたが、いつまでたっても興奮は醒めなかった。

激しい動悸、荒い呼吸。

自分でも、驚くほどに体が火照っている。


生まれて初めて感じたこの気持ち…。一体何なんだろう?

どうすれば、醒ますことが出来るだろうか。

あぁ、痛みが欲しい。

素直に言うなら、そんな気持ちだ。

それに気付いた私は懐からナイフを取り 出し、刃を腕に軽く押し付ける。

そして、すっと素早く横に移動させると、鋭い痛みと共にぱっくりと傷が出来、血が溢れだす。

私の白い肌に、鮮やかな赤が線を引いていく。

…足りない。

何かが足りない。

腕に残る鈍い痛みと、血の糸が腕を伝う擽ったさ。

その何れも確かに魅力的ではあるのだが、物足りなさは否めない。

私は腕に出来た筋の一つをぺろりと舐めとる。

さっきは…そうだ。シリル様に傷つけられる自分を想像していたんだ。

今のはただ、欲望の赴くままに自分で自分を切りつけただけ…。

あぁ、そうか。私はシリル様に、痛め付けられたいんだった。

彼の愛を、感じたいんだった。

ただ無闇な痛みが欲しいわけじゃない。

私は 一人寂しく、今の自分の気持ちに納得する。

…マゾヒスト?

所謂一般的にそう呼ばれる人種なの だろうか。

そうと思えば成る程、確かに私は自分が思っていた以上に変態らしい。

そう言えば…保護施設にいた頃からそうだったのかもしれない。

虐待を受け、死ぬと思っていながら、その状況を嫌っては居なかった。

彼処で学んだのは、炊事や洗濯等の家事だけでは無かった、ということか。

…とにかく、今はこの体の火照りを何とかしなければ。

相変わらずそれは、私の体に残っていた。

此れでは気が散って、夕食の準備に身が入らないだろう。

シリル様に不味いご飯は食べさせられない。

そうだ。少しだけ、夜風に当たってこよう。

頭を冷やせば、多少変わるかもしれない。

私は腕の怪我を包帯で塞ぎ、応急処置を終えると、外出の準備もそこそこに扉を開いて家から出る。

夏も過ぎたせいか、予想以上に外の風は冷たかった。

今の私には、都合がいい。

家から少し行った所にある、広場のベンチに腰かける。

何時もは暗くなっても人通りはあった筈だが、今は流石に最近巷を騒がし過ぎたか、歩いている人は誰もいない。

私は空を見る。

すると、幾つもの輝きが頭上に広がっているのが見えた。

そう言えば、星空を見たのはどれくらい振り だろうか。


何時もは夜中には、息を潜めて素材集めをしているだけだったから、意識はしていなかったが、こうして見てみるとそれなりには綺麗に感じた。

…人は死ぬと、星になるという。

なら、私は幾つの星を創ったのだろう。

どれが父で、どれが母で、 どれが孤児院での友達なのか。


「死後の世界、か…。」


ぽつりと呟いた言葉は、夜空に消えた。

私は基本、そういうものは信じていない。

…でも、それが有るのならどれ程良いだろう。

あの人に愛されるには、死体になるしかない。

それが、あの人の愛し方。

それは別に良い。死ぬのも怖くはない。

…でも、死んでしまったら、愛を感じることは出来ない。

私の頭の中では、死とは無だ。

残るのは、 死体だけ。

あの人が無限の愛を私の死体に注いでくれても、 感じられないのであれば、意味は無い。

少なくとも、私にとっては。

さっきも、擬似的にとは言え彼の愛──痛みを感じたからこそ、悦に入ることができたのだ。

あの女のように首だけになっては、それも無いのだろ う。

ふう、とため息を吐く。

今日は一つ、愛について 知ることが出来た。

私にとっては厄介で、葛藤を増やすだけの、無駄な知識。

そう、愛というのは、結局は──感じる内が、華なのだと。


「ん…。」


物思いに耽る私の耳に、足音が届く。

辺りを見回すと、道の奥から此方に向かって歩いてくる人影が見えた。

それは一人の女性だった。

背格好は私に似ているが、年は少し上の様に見える。

更に近づいてくると、彼女の顔が見えてきた。

見覚えの無い顔だから、何処かの町から流れてきたのだろう。

到底、人形にはなり得ない。

私はそう判断する。

──けれども、気付くと私は懐に手を伸ばしていた。

無意識の内に、私の身体は彼女を殺す準備を していたのだ。

待って。

まだ、前の事件から日が経ってないじゃない。

今度はばれてしまうかもしれない。

ここはシリル様に言われた通り、自重しなければ。

…いや、そんな必要はない。

ナイフも、紐も持っている。

見る限り、私と彼女以外に誰もいない。

やるなら、今だ。

手頃な石も、足元に落ちている ──。

心の中で、私は私と議論をする。

どちらの言い分にも理はあり、拮抗しているかに思えた。

しかし、今の私は多少興奮していた。

先程の妙な感覚はまだ醒めておらず、火照りも抜けきっていなかった。

彼女が私の目の前を通りすぎた時、私は漸く決断した。

──結論として、彼女の後頭部目掛けて石を降り下ろす方を選んだのだった。







「う…ん…?」


「やっと、目を覚ましたようね。」


何時もなら、目を覚まそうとそうで無かろうと関係なく殺していたが…今回は目を覚まして貰わないと意味がない。


「あ、貴女…!いきなり襲いかかってきて、一体どういうつもりよ!」


「さあ、ね…。今の自分の格好を見れば、想像がつくんじゃなくって?」


「?…えっ!?な、何これ…。」


どうやら、手足を縛られ服を脱がされた自分に漸く気が付いたらしい。

酷く動揺した様子だった。


「もう、良いでしょう?私、もう我慢出来ないの…。貴女が目を覚ますまで、ずっと待ってたんだから…。」


その言葉と共に、ナイフを彼女の鼻先に突きつける。

彼女は顔を真っ青にしながら、震える声で言 う。


「ま、まさか…貴女があの連続殺人事件の犯 人…?」


「ふふ、私も随分と有名になったのね。…でも、今回はちょっと趣向を変えようと思ってね。」


私はナイフを下の方へと移動させ、丁度臍部の辺りで止める。

…やはり、始めるならここからだろう。


「い、嫌…!止めて、お願いっ…!」


涙目で、そう命乞いをする女性。

でも、私にはそんな言葉は聞こえていなかった。

私はもう、自分の世界に入ってしまっていたから。

私が彼で、彼女が私。

今のこの瞬間は、私の頭の中では自分が彼によって縛り上げられ、殺されようとしている状況にあるのだ。

ゆっくりと、右手を振り上げる。狙いを外さないように、慎重に…。


「…御願いだから、黙っててね。動かないで、叫ばないで…。」


けれども、降り下ろすときは一気に──。


「私を、満足させてよッ──!!」


手に伝わる、何時もの感触。

皮を破り、肉を切り裂くあの感触。

それと同時に自分の腹部に力を込める。

温かな体の中に、冷たく無機質な刃先が食い込む のを想像した。

…痛い。

それは当然だが、先程の自傷行為の痛みなど、比ではない。

彼の愛。

私への愛。

それは、いままで、ずっと私が求めていたものだ。


「ッ!ぎゃあああぁあああぁッ!!」


耳をつんざくような醜い悲鳴が響き渡る。

それは私を、現実に引き戻すには充分なものだった。

私は舌打ちをすると、左手を彼女の口に被せる。

そして目一杯顔を近づけて睨み付けた。


「んぐっ…!」


「…黙れ、って言った筈。これくらいで、私はそんな無様な悲鳴は上げない。」


女性は、涙目で震えながら私を見詰めていた。

何かを懇願するかのような、そんな瞳だった。

けれども私はそれを無視して、直ぐに再び自分の世界へと入り浸る。


「次は、どうして欲しい…?お腹にナイフを入れてもらった後は…内臓?…うん、内臓を、勢いよく引きずり出して欲しい…!」


そう呟くと、直ぐに私は彼女の腹部に出来た傷口 に手を入れてみる。

ナイフで開けられた小さくて深い傷は、それによってブチブチと小気味良い音をたてて広がった。

女はびくんと身をはねあげる。

でも、それも気にならない程に魅力的な感触がそこにあった。

暖かくて、柔くて、ぬるぬるとして…気持ちいい。

手探りで内臓の一つを掴み、勢い良く引き抜く。

ずる、ずる、とこれまた小気味良く外に出て来た。

長く、細い管の様なもの。

恐らくは小腸、だろうか?


「んぐッ…うぅう…!!」


それに合わせ、さぞ苦しそうに呻く女性。一体、 どれ程の苦しみ何だろう。腹部の傷口に内臓が擦 れるような、そんな傷みかな?


粗方小腸を引きずり出すと、私は次はどうしようか、と考え込む。

女性はと言うと、虚ろな目をして呼吸も荒く、今にも事切れそうな感じだった。


「まだ、死なないでよ…?お楽しみは、これからなんだから。」


まだ、腹部を切り開いてない。

目を抉ってない。

鼻を削いでない。

耳を千切ってない。

指を切り落としていない。

いや、その前に指の爪を剥いで貰わなきゃね。

足も同様にして欲しいな。

歯を一本 一本抜いてもらうのはどうなんだろう?

髪をおも いっきり引きちぎる、というのも面白そうだ。

でも、やっぱり最後は顔の皮剥ぎで決まりよね…。

考えれば考えるほど、味わいたい痛みが増えていく。

今このとき程、生を喜んだ事はない。

嗚呼、私は何て幸せなんだろう。

こんな楽しみがあっただなんて、夢にも思わなかった…!







どれくらいの時が過ぎたのだろうか。

むせかえるような血の匂いに我に返ると、辺りは血の海と化し、そこに大小の肉片が島の如く散らばっていた。

最早あの女の──いや、人間としての原型など止めていない。

肉屋の店先で並んでいそうな姿形になっている。


「はぁ…はぁ…。」


呼吸が粗く、肩で息をしている自分に気づく。

余程の力で切りつけたのだろう。

ナイフも刃がぼろぼろになっており、その身も曲がってしまっている。

細かいことは覚えていないが、とにかく至福の時だったことは覚えている。

シリル様に極限にまで痛め付けられる、あの甘美な──。


「あっ…。」


ここで1つ、重大なことを忘れていたことに気づく。

夕食…シリル様の為に、夕食を作らなければならなかったのに──。

愛しいあの人を空腹にしたままほったらかしにす るなんて、メイド失格だ。

私は自己嫌悪に陥る。

なるべく早く帰るため、私は急いで森の小川で身体を洗って血を落とし、女性の服を着込んだ後、 血塗れの自分の服を折り畳み、目立たぬようにして抱えながら走り出す。

どうか…どうかシリル様にばれませんように──。

そんな風に、願いながら。



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