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嫉妬

私は1つだけ、この時代に感謝したい事がある。

それは、“素材”が集めやすい、という点だ。


大戦後、未だ僅か数年。その爪痕は深く残っており、家のない者や夜の仕事に就いている者が多い。

連続殺人事件が話題になっている今でも、夜中に一人で出歩く者はちらほらといる。


「…う。此処、は…?」


「あら。目、覚めちゃったんだ?」


可哀想に、と私は笑う。

気絶したままの方が、楽に逝けただろう。

何て運の悪い女だ。

今回の素材は、かなりの上玉。

先日、人形を売り歩いていた際に見つけた女だった。

独り身で、仕事の関係か夜間の外出が多く、人通りの少ない道を通る。

そこまで調べあげた上で、 私は彼女を襲った。

これなら、良い人形になるに違いない。彼が、 笑ってくれる程に。


「あ、貴女誰!?一体此処は何処?何をするつもりなの!?」


「五月蝿いなぁ…。そんな問い掛けは無駄、よ。 だって、貴女はこれから…。」


そこまで言って、私は懐からナイフを取り出した。

それで全てを察したのだろう。女の顔が、恐怖に歪む。


「い、嫌っ!誰か、誰かぁっ!!」


両手両足を縛られたまま、体をくねらせてもがき、喚く。

その姿は、実に滑稽だ。

恐怖に歪んだ その顔も、それを際立たせている。

私はそれを見て、思わず噴き出しそうになる。


「ふふ…それも、無駄。」


流石に、深夜の森の奥深くになんて、まず人は来ないだろう。

いくら叫んだところで、意味はない。


「…感謝してよ?貴女は彼に、愛して貰えるんだか ら。」


「か、彼…?彼って、誰よ!?何を訳の分からない事を言って…!」


存外、気の強い女なのか、キッとこちらを睨み付けて来る。

けれども、その気の強さが仇になった。

彼女のその一言は、私を怒らせるには充分な ものだった。


「…黙れッ!!」


腹部目掛けて、ナイフを降り下ろす。皮膚を破り、肉を裂き、骨に当たる。

今まで幾度と経験してきたそんな感触が、ナイフ越しに伝わってく る。


「ぐぁっ…!?い…あぁああぁああああッ!!」


耳をつんざくような、醜い叫び声。

それを聞いた私は、少し顔をしかめる。

人を殺す時、これだけは苦手だ。

私はナイフを引き抜き、再び振り上げる。

その勢いで顔や服に温かな液体が降りかかった。


「そう…お前はあの人を知らない。なのに…なのにッ!!何故、あの人に愛して貰えるんだッ ──!!」


ずぶ、と女の腹部に再びナイフが食い込む。

先程より力を込めたせいか、柄まで肉に入った。


「いぎッ…!あ、あ…止、め…!」


私は彼を知っている。


「ぎぁっ…!」


顔だって思い描ける。


「あ…あぁ…。」


何より、彼を、誰よりも愛しているのに──。


「…。」


…どうして、私ではなく、こんな女が愛されるのだろう?

それから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。

気付くと、女はもう絶命していた。

腹部はずたずたに切り裂かれ、臓物が飛び散り…苦悶の表情を浮かべている。

さぞ苦しい最期であったろう。

でも、私の気は晴れなかった。

これでも、この女があの人に愛される事には変わりはない。

いや、 こうなったからこそ、一層愛して貰えるのだ。


「はぁ…。」


小さく、ため息を吐く。

憎い相手を惨たらしく殺しても、尚更憎くなるだけなんて…そんな殺人鬼が古今いたのだろうか?


こんな気持ちを抱くようになったのは、いつからだろう。

少なくとも、最初はこんな葛藤は無かった。

捕まえて、首を掻き切って、それで終わり。


…やはり、あの人への愛に、気づいてからなのだろう。

ぎゅ、と自分の胸の辺りを握りしめる。


暫くそのままにしていたが、こんなところでまごまごとしている暇はない、と言うことに気付き、 何時ものように鋸で女の首を切断すると、素早くその場を離れた。

首を布で幾重にもくるみ、鞄の中に押し込んでそれを背負う。

こういう時、材料の買い出しや人形の売り歩きをしていて鍛えられているなあ、と思う。

頭は案外重いとか聞いていたが、実際重い。

それでも走れるのは、やはり日々の鍛練の賜物か。

闇に紛れて街に戻り、そこからは人気も多いから、寧ろ堂々と振る舞う。

この国の憲兵はいい加減だから、こんな程度で凌げる。

咎められても、ダミーとして仕込んである人形の一部を見せれば気味悪がって離れていく。

つくづく、単純な奴等だった。


そして、易々と家に辿り着くとそっとドアを開けた。

それは、近隣住民に気付かれない為のもので はなく、シリル様に対しての警戒だ。

無断で出てしまったから、後ろめたさもある。

覗くと、家の中は真っ暗だった。シリル様は寝て いるのだろうか──。

そう思って中に入り、首の入った鞄を床に下ろした。

そして、安堵のため息を漏らした矢先、突然灯りが点り、部屋の中が光で満たされた。


「…カルメン。こんな夜更けに一体何をしていたんだい?」


「あっ…シリル様…。起きていらしたんです か…?」


慌てて首の入った鞄を隠そうとしたが、その慌てぶりが寧ろ仇となって、シリル様に事の次第を知らせる事になった。


「その鞄…。どういうことだい?カルメン。僕は君 に素材の調達を頼んだ覚えは無いけど…。」


もう、言い逃れは出来ない。観念した私は正直に話すことにした。


「…申し訳ありません。その…人形の出来が悪いと、シリル様が落ち込んでいた様だったので…。 もっと良い素材さえ手に入れば、と思いまして…。 」


俯き気味に、そう釈明する。

車椅子に座っている から当然私よりも視線は低いが、怒気を少し孕んだシリル様には威圧感があった。

私にとって、好 ましい程に。


「…成る程。カルメン、君のその気持ちは嬉しいけれど…前回から、まだ時は経ってないだろう?憲 兵隊も警戒を強めているだろうし…軽率な行動は慎んで貰わないと…。」


街行く彼らを見ると、とても警戒を強めているよ うには思えないけれど…そこは医者だったが故か、 とても慎重なのだ。

私はシリル様に深々と頭を下げる。


「…はい。申し訳、ありません…。」


「一先ず、その素材は受け取っておくよ。今日はもう遅いから…お休み、カルメン。」


「はい、御休みなさいませ、シリル様…。」


器用に扉を開けると、自分の部屋へとシリル様は消えていく。

そして、部屋の中は再び静寂の空間に戻った。


それでも尚、私はそこに立ち尽くしていた。

…叱られたのは、久し振りだ。

いや、シリル様に、というのは初めてか。


怒るというのは、期待の裏返し。

誰かがそう言っていたような気がする。

今こうして、彼の私に対する期待に初めて触れられたような気がした。

シリル様に嫌われたくはないが…こういうのも、悪くないものだ。

余韻に浸りながら、私はそう思った。



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