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報恩

戦争が終わったのは、私が10歳になるかならないか…そんな時だったように覚えている

戦禍から逃げ延びる際に両親を失った私は、その後戦災孤児として、必然的に保護施設へと引き取 られる事になった。

…そこは、虐待行為が日常的に行われるような場所 だった。

戦後の混乱期であり、親も身寄りもない子供達を虐待したところで、誰も気づかないし騒 がない。

その為に虐待の内容は日々エスカレートしていき、死ぬ子が後を絶たなかった。

私も毎日のように叩かれたり、食事を貰えなかったり…それでいて仕事は増やされるのだから、子供 心に自分は此処で死ぬんだ、と思いながら暮らし ていた。

シリル様が現れたのは、それから凡そ3年程経った頃。

足が不自由になってしまったので、身の回り の世話をしてくれる子供が欲しい、というのが施設を訪れた理由だった。

初めて彼を見た時は、何だか気難しそうな人だ、と思ったものだ。

医者をしていたこともあり、ど ちらかと言えば金持ちであったのも、そう見えた理由かもしれない。

シリル様は、私を一目見るなりあの子を貰うよ、 と言った。

施設側は元々人身売買も行っていたら しく、金を受けとると、あっさり私を売り払ったのだった。

引き取られ、彼の家に向かう途中…そう、夕陽に染まった浜辺を歩いていた時だった。

必死に車椅子を押す私に、彼はこう問いかけてきた。


「カルメン、君は人の命をどう思う?」


妙な事を聞くものだ。

シリル様との初めての会話がそれであったから、尚更そう感じた。

…どう答えたものか、と慎重に言葉を選びつつも、 正直に自分の気持ちを彼に伝えた。


「…命なんて、無価値で無意味なものです。」


戦禍に巻き込まれて死んだ父と母。

施設で力尽きていった子供たち。

それらを見て、自ら導きだした答えだった。

そしてそれを聞いた彼は、ただ、 私に向かって微笑んだ。


「その通りだよ、カルメン。やはり、僕の目に狂いはなかった。」


意外な言葉だった。

てっきり、命は尊いものであ ると、綺麗事を並べてくるだろうと思っていたから。


「僕は、軍医として従軍しててね。それはもう、 数え切れない程の死を見てきたものさ。銃撃や爆撃に、兵士や市民が斃れていくのを見て、人間の命なんて虫のそれと何ら変わらない事を知ったよ。」


…同じだ、と思った。

彼の、その結論へと至る過程が、私と殆ど同じだった。

医者をしていた以上、最初は命を尊いものだと考え、それを救うために全力を尽くしていたのだろう。

でも、戦場での己の無力さ、命の儚さを痛感し、 失望して──そう思うようになったのかもしれない。

ともあれ、初めて他人に抱いた親近感は、そのまま好意へと直結した。


「…でね、戦争が終わりに近づいた、ある日…そ う、足を失う丁度前日だった。僕は、一体の死体を見たんだよ。」


「…死体、ですか?」


「そうさ。多分あれは、その地に住んでいた娘 だったんだろう。胸を撃たれて絶命していたんだけど、その死に顔がとても美しかったんだ。」


やや興奮気味にそう語るシリル様。

真っ先に頭に浮かんだ言葉は、屍体性愛。

私はそういう嗜好は持っていないが、その美しさというものがどれ程のものなのか、多少興味が湧いた。


…自分と似た考えのある人がそう言うのだから、私も美しいと感じるかもしれない。そう、思ったのだ。


「此の世に有りながら、何物をも認めないかのような、あの無表情さ…。僕はもう一度見てみたいんだ。この言葉の意味、分かるかい?カルメン。」


…分かる。

つまり、死体が欲しいのだろう。

同時に、先程の問いの意味も理解した。

命を無価値だ と思っている私なら、人を躊躇わずに殺められる。

要は、そういうことなのだろう。

私が少し頷くとシリル様は微笑み、そして言った。


「やってくれるね?カルメン。」


「…はい。貴方の、仰せのままに。」


そしてそれから更に3年。

もう、何人手に掛けてき たのだろう。

回数を重ねる度にシリル様の腕も上 達していった。

今では、芸術等にはまるで疎い私にさえ、その美しさが感じられるようになった程だ。

今もこうして、彼の“作品”に酔いしれ、見とれていた。


「うーん…。」


…そのシリル様の声に我に帰り、彼の顔を見る。

すると、シリル様は何故か腕を組んだまま難しい顔をしていた。


「?…どうかなさいましたか?」


「いや…出来上がった時は達成感も手伝ってか、結構良く見えたんだけど…今またこうして見てみると 不満点が多くてね…。」


まだ無表情さが足りない、とか私には分からないような、細かい事を呟き始めるシリル様。

私は取 り敢えず機嫌を取り繕おうと、口を開く。


「でも、前の人形より美しくなったのは確かですし…不満点を嘆くよりは進歩を喜んだ方が…。」


私の言葉に、シリル様は笑った。

私の気持ちを察してなのか、無理をしているのが良くわかるような笑顔。

さっきまでのとは違う、無理矢理なものだった。


「はは、ありがとうカルメン。気を使わせてし まったようだね。でも、それでは次の進歩に繋げられないんだ。粗探し、というのも、必要だと僕は思うんだよ。何しろ、僕が目指しているのは究極の美だから…。まあ、それはさておき、疲れているのに付き合わせて悪かったね。下がって、ゆっくりと休むと良いよ。」


「…。」


私は頭を下げ、人形部屋から無言で退出する。

…違う。

あんな笑顔じゃない。

私が見たいのは、あんなにぎこちないものではない。

拳をぎゅ、と握り締めながら、私は反省していた。

私のせい。

また、私が至らなかったせいなのだ。

そのせいで、あの人は落ち込んでしまった。そう、もっと私が──質の良い“素材”を持ってくれば、良かったのだ。



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