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【箱】短編

とある目つきの悪い女の子の話

作者: FRIDAY

 私がこの世に生まれてこのかた十七年………もっとも、そのうち六、七年は既に記憶にないが………というもの、私には多分私の人生のうち、最大となるであろう大きな問題に悩まされてきた。それというのも、私の目つきの悪さである。眼力の強さである。

 私は目つきが悪い。

 自分でも鏡を直視することに気が引けるくらいに目つきが悪い。

 般若面もかくやというほどに目つきが悪い。

 とにもかくにも目つきが悪い。

 眼力が強烈だ。

 二秒以上見つめると相手が誰であっても目を逸らす。

 道を歩けば自然と人混みは分かれていく。

 やったことはないが本気で睨みつけたらどうなるのだろう。

 寝不足や機嫌が悪いときは輪をかけて酷い。

 この世の何がそんなに憎いんだという顔になる。

 不倶戴天の宿敵を探してさすらう修羅の如き顔になる。

 これが私の生まれ持った不幸である。

 そして他のどんなことよりも悪いことは、私はこの眼力のお陰で友達というものがいない。

 幼少時の写真を見てみると、その頃はまだしもただ機嫌悪そうにむすっとしているだけだったのだが、小学校に入学した辺りからみるみるうちに仁王像の如き形相に………いや嘘だ………のはずだ。そんなに怖くはない………はずだ。第一私は女の子だ。花の女子高生、そう、花も恥じらう乙女と言う奴なのだ。自分で言ってて鳥肌立ってきたが、これは間違いないのだ。それがどうして恋人どころか友達すらいないのか。高校生デビューというものを狙ってなかったわけではない。だが自己紹介の際の皆の私を見る視線の前であえなく挫折した。

 お陰でこの通り、昼休みも一人で弁当食って窓の外ばかり眺める毎日だ。代わり映えのしない景色なんて、もうとっくに飽きたっつの。もう首がつりそうだ。はっはっは「あのー、すみません」ほらクラスメートですら見るからに怯えて敬語だって「あ、何?」

 慌てて見ると明らかに緊張した様子の男子が立っていた。私が首を巡らす頃には既に視線が泳いでいた。

「いや、あの、席のくじ引き、で」

「ああ、うん。わかった」

 私はあくまでも友好的な(と私が信じる)声音、身体の動きで、あくまでも自然にくじを引いた。そして、あくまでも機嫌よさげに「有り難う」と笑ってまで見せた………

 ………率直に言おう。私には彼が怯えて息を呑む声が聞こえたよ。

 ある人が私の精一杯の笑顔を見て「餓死寸前の猛獣が手頃な獲物を見つけたような笑顔だ」と無駄に細かい表現をしてくれたことがある。

 猛獣が笑うかいっ! とそのときは突っ込んだものだが、成る程、その形容は正しいのかもしれない。

 引いたくじの番号と黒板に書かれた席に振られた番号を見比べてみる。

 おお、今と全く同じ席だ。

 これで三度目か。

 席替えも三度目なのだが。

 ふっふっふ、これで独りよがりな窓際をキープだ。

 幸運………というか偶然か、それとも作為かどうかなんてことはどうでもいいのさ。大事なのは表面化した現実だ。

 もっとも、日々その現実にとっちめられている私なのだが。

 少しは手加減してくれ、現実よ。

 窓の外へ再び視線を向けた。

 おや、とうとう雪が降ってきたね。


「いやーっはっは、相変わらず大変だねえ、君」

 実に軽く笑い飛ばすこの男は、この高校の保健医で、カウンセラーも兼ねているらしい。『斎藤』という名の入ったネームプレートは机の隅に放り投げられている。いつ来ても一人で茶を飲んでいるこの教員は、やる気はあるのか。税金の無駄遣いじゃないか。この間は『いやあ、怪我も病気もないのはいいことだねえ! 健康最高! 健康万歳!』と朗らかに笑ってすすったお茶で舌を火傷していた。

 ちなみに、この人は家族以外で私の眼力を恐れない数少ない………ともすれば、唯一の人間である。私がここを訪ねるようになってからしばらく経つ。私が普通に接する人間は少なく、最近は家族との関係も良好とは言えないので、自然とここに足が向く。来客も少ないし。

 何よりこの人、歳はちゃんと大人なのに中身は結構子供っぽいのだ。

 平気なのかと訊いたことはある。家族すらときおりたじろぐ私の眼力をまるで平気に受け止められるので不思議、どころか不審に思って。すると、何でもこの人は、知り合いに私より眼力が強烈な人がいるのだそうだ。性格も相応に尖った人で………私より強烈ということは、眼力で視殺できるレベルだろうか。その人も相当苦労しているに違いない。

「またそうやって笑い飛ばす………」

「いやあ、御免御免。でもそういうのもある意味青春よ?」

 私が怨めしげに言うと、斎藤さんは誠意のない謝罪を繰り返す。

「でもさ、今がどんなでも、十年経ったら大抵のことは笑い飛ばせるようになってるものだよ」

 ………へえ。

 私が驚いた表情を見せると、斎藤さんはうん? と、

「どうかした?」

「いや………斎藤さんって中身のある発言もできるんだなあって」

「や、しっつれいだねキミィ、まるで普段の僕はスカスカみたいじゃないか」

「うんまあ、そうなんだけど」

 えー? と斎藤さんは抗議の色を示すが、私は軽く受け流す。

「斎藤さんも何かあるんですか?」

「ん? 何かって?」

「十年経てば笑い飛ばせるような高校時代の話。あ、斎藤さんってそろそろ十年なんじゃない?」

 んー、と斎藤さんは天井を見上げて考えた。

「どうだろうなあ、大抵のことはその場で笑い飛ばしてたからなあ」

「確かにそうかも………」

 ああでも、と不意に手を打った。

「あるにはあるね。あ、いやでもこれは」

「え、何なに? どんな話?」

 私が身を乗り出すと、逆に斎藤さんは身を退いて、

「まだ笑い飛ばせないかもなあ。決着ついてないし」

「え、決着? どんな話なのそれ。決闘?」

 そんな物騒なものじゃないよ、と手を振りながらも、腕を組み、

「いや、そんなに変わらないかな」

「ええ?」

「まあ、まだ話せないよ」

「斎藤さんは意外と秘密主義………」

 膨れると、その内話すさ、と斎藤さんは笑った。

「まあでも、君は強いと思うよ。よく頑張ってる。うん。その調子でこれからも頑張るんだ」

 湯飲みを置いて、何でもないことのように穏やかに斎藤さんは言った。

 あれ、何だか涙腺が緩みかけたぞ。

「うん? どうかしたかい?」

「いえ、何も」

 そうだね。私はずっと言ってほしかったのかもしれない。ここ数年はずっと一人だった。楽しいことなんてろくになかった。だから、誰かに言ってほしかった。

 よく頑張ってるね、と。

 両手で包むように持った湯飲みの内を見つめる。いつの間にか設置された私専用の湯飲みだ。他にも棚にはそれっぽいのがいくつかある。私は猫舌だからお茶は冷めなければ飲めない。

「本当に、何でもないんです」

 辛かった。苦しかった。楽しいことなんか全然なかった。

 でも、こんな人生も嫌いじゃない。

 私らしいといえば、そうなのかもしれないなって。

 ふと斎藤さんが窓の外に視線をやって、雪降ってきたねー、と言った。もう冬かー、寒いわけだ。

 そうですねー、と私も笑った。



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