不用心な洋館
また、また、また、武器っちょ企画です。
テーマは……
・ファンタジー
・短編
・マニアックな武器&武器のマニアックな使い方
「なんて不用心な家なんだ、おかげでこっちは仕事が捗ったけどよ」
男はそうつぶやきながら金目の物を詰め込んだバッグを抱える。
そう、男は空き巣ねらい。今日もこうして、高台の洋館を物色中だ。
しかしこの家、泥棒の自分が言うのもなんだが、危機意識が甘い。リビングのローボードの引き出し部分に通帳を登録印共々置いてあるなんて、このサイズの屋敷であってはならんことだろう。家主をとっつかまえて説教したい衝動に駆られる。ま、実際にここで出くわせばとっつかまるのは俺の方だが。
さて、そろそろずらかろうと思ったその時、男はすぐ後で、
「お兄ちゃん」
と呼ばれて飛び上がる。
「お兄ちゃん、帰ってるんなら声かけてよ、おかえり」
そう言って部屋の入り口に立つ女は、20代後半だろうか。なかなかの美人だったが、その眼には光がないようだった。
「お、おう」
男は、女の兄でないことを悟られないように短くそう答える。
そうか、こんな解りやすい置き方をしているのも、視覚障害者だからか。少々良心に呵責を感じながらもホッとする。さぁ、バレて騒ぎ出す前にさっさとずらかろう。男がそう思っていると、
「お兄ちゃん、お風呂わいてるよ。入って」
女がそう言って男の背中を押して風呂に誘う。だから、俺はお前のお兄ちゃんじゃねぇ! 心ではそうつっこみを入れるが、さすがにそれを口に出すわけにも行かず、じりじりと男は流されて風呂場まで押されて行ってしまう。
「あ、お兄ちゃんボディーソープ変えてみたから、感想言って」
女はそう言って風呂場から消えていった。
女が去ったのだから、男はここで逃げても良かったのだが、彼は元来大の風呂好き。自分のために(いや本当は女の兄の為なのだが)沸かしてくれた風呂があるなら、それは入っていくべきだろう。男はそう思って、浴室に足を踏み入れてしまった。きれいに掃除された浴室にはお湯が滔々と張られ、男を誘う。
男は『仕事』で汚れた服を脱ぎ捨てると、湯船に飛び込んだ。風呂の温度も男好み。思わず、
「はぁ~」
という声が洩れるほど。
ひとしきり浸かった男は湯船を出ると、徐に置いてある不透明の白いプッシュポンプの容器を手に取った。
「これが言ってたボディーソープか。やけに珍しい色だな」
中から出てきたのは、なんと濃い紫色の液体。だが匂いは悪くない。どうせ眼の悪いあの女は、こんな色とも知らずに値段とかで買ったのだろう。他人の家でタオルの在処などわかるわけもなく、男は手に取った紫色の液体をそのまま全身に塗りたくって洗い始めた。
だが、そのボディーソープは、あまり泡立ちが良くなかった。そればかりか、しばらくすると塗りたくった全身が熱くなってきた。しまった……はめられたかと思ったときにはもう遅かった。男は急いでシャワーで全て流すと、元着ていた服を着、
「すまん、俺はあんたの兄貴じゃねぇ、留守だと思って忍び込んだ空き巣だ。どうか俺を警察に突きだしてくれ」
と、涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら、女に告げた。
「知ってるよ。でもこんなに効くとは思わなかったな」
女は土下座して謝る男を見て、半ば当惑しながらそうつぶやいた。
実はこの女は天才科学者。先日も若返りの薬を開発して20代後半の容姿をしているが、実は50歳すぎの立派な中年だ。
そして、問題のボディーソープは使った人間の心を洗い、真人間にするというもの。
「みんな、大なり小なり悪いことぐらいしてるだろうけどさ、普通の人にしたって効果がわかりにくいんだよね。
だから、この家のセキュリティーを甘くして入ってきたあんたに被研体になってもらったのよ。
これね、眼が悪く見えるように、カラコン」
とネタばらしをしても、人の良くなった男は、
「盗ったものを返しただけで、警察には突き出さずに
返してくれるのか? なんて良い人なんだ、あんたは」
と感激しながら帰って行った。それを見送った女は、
「そうね、あのボディーソープの効きすぎだわ。効果が後どれだけ続くか判んないけど、良い人すぎて、変に騙されないか心配になっちゃう」
と、成分表を睨みながら妙な反省をしたのだった。
そのままズバリ、お風呂に入っていて思いつきました。
けど、攻撃とは言えないから武器じゃないかもと、内心冷や汗を掻きつつ。悪い人がいなくなるのなら、それって武器並の効果だよねということで。