第八話
馬車に揺られて外を眺める。
道中には何もない。
道も通った痕が道となっているだけで、舗装も何もされてはいない。
コンクリートが敷かれていたらそれはそれで困ってしまうが。
途中馬車の車輪が石を踏んだのか、大きく揺れて藍丸はひっくり返りそうになった。
そうなる度に徴税官に睨まれるのだから堪らない。
ベルパー村は少し標高が高かったのか、少し坂道になっているようだ。
合間に恐る恐るではあるが、気になっていたことを尋ねる。
予定されている徴兵期間は四年で、給金はわずかだが最初からもらえるとのことだ。
後は活躍次第で判断される。
そうして尻の痛みに耐えながら2時間。
馬車に揺られて少し気持ちが悪い。
それを紛らわそうと再び外を見てみると、進む先に目的地であろう町の城壁が見える。
夜と夕方の境目の時間になっている所為か、余計に迫力を感じる。
「……凄いな」
高さはそれほどではないが、街をぐるりと囲んである城壁はまさに堅牢そうで、威圧感さえ感じる。
「カイサマの城壁はそれほど高い造りではないのだが。城壁を見たことはないのか?」
「余りありません。お金も有りませんでしたので、大きな場所は立ち寄れませんでしたし」
「その年では仕事もないか」
徴税官は納得したようで、それ以上話を振ることはなかった。
街の入り口は正面に見える鉄の門だけのようだ。
城壁の門前で馬車が止まると、門番の衛兵が二人近づいてくる。
徴税官は顔を見せ、一枚の羊皮紙を近づいてきた衛兵へと見せる。
「確認しました。どうぞお通りください」
「ご苦労」
「門、開け!」
衛兵の片割れが中へ指示すると門がゆっくりと開いていき、馬車がゆったりとした速度で中へ入る。
「門、閉じろ!」
衛兵は馬車が完全に通った事を見届けると、外側から再び指示を出していた。
鉄の門は音を立てながら再び閉じていく。
開閉の原理は複数の男たちが梃子の原理で行っているようだ。
徴税官はそれほどのモノではないといっていたが、外から門を人力で破るのは不可能に近いだろう。
(ああ、だから破城槌なんてものが出来るのか)
映画などで城を攻めるシーンを漠然と思い出す。
実際に見てみると良く分かる。
そういった攻城兵器も無しに城壁を攻めようとはとても思えない。
「さて、われわれは此処で一泊した後に首都まで戻らねばならん」
徴税官はそう言って一度言葉を区切ると、藍丸の目を見て話し始めた。
「貴様の本格的な兵役は首都に来てからだが、小競り合いとはいえ日に一度出動するような状態だ。今の貴様に来られても困る。半年ほどこの街の軍で経験をつめ」
「この街で、ですか」
「ベルパー村周辺では魔獣は一切出ておらんが、この辺まで来れば交戦の報告が上がっている。馴らすにはちょうどいいだろう。着いて来い」
そうして徴税官に案内される。護衛二人は先に宿の準備やこまごまとした事の為居ない。
少し歩くと、街の建物の中でも大きい場所につく。
徴税官がドアの横にある鐘を何度か鳴らすと、なかから皮の装備を着た兵士が出てきた。
「これはルザル様。何用で」
「昼にバーレン隊長に伝えた新入りだ。予定が変わって一人になった」
「こいつがそうですか」
「えっと、はい」
藍丸が返事をしたのを見て、ルザルが口を開く。
「私は明日街をたたねばならん。半年後に迎えを寄越すので、それまでに使い物になるように」
「半年ですか。教えるというより叩き込む事になりますが」
「死ななければ厳しくしても構わん……そうでなくては死ぬだけだろうからな」
その言葉に兵士も無言で頷く。その後に了承の言葉を告げた。
「分かりました。隊長にも伝えておきます」
「では頼んだぞ」
ルザルとそう言うと足早に去っていった。
「よし、お前名前は?」
「ランマルです」
これは合間で聞いた事なのだが、名字はどうやら名乗る必要は無いらしい。
王族、貴族以外で名字があることのほうが珍しく、名前で呼び合うのが普通なのだと。
逆に王族、貴族は余程親しくない限り名字で呼ぶのが礼儀だという。
「俺はクラーテだ。よろしくな。とりあえず中に入れ」
そう言って建物の中に案内される。
人気は既に無くなっており、灯りは最低限用意されている。
すぐ右側の部屋のドアが開いている。ここから出てきたようだ。
「あいにく俺以外はもう寝ちまってる。夜の番でそこの待機室に詰めてたところだ。さて、お前は今日からこの部隊に新入りで勤める形になる」
「はい」
「とりあえず今日はやることはない。寝て一番に起きて隊長の部屋にいけ。この建物で一番高い所だ」
そう言ってクラーテは指差す。
しかし扉が見えているわけではないので場所が分からない。
(この人もしかしてかなり適当なのでは……)
藍丸は一抹の不安を覚える。
「ランマルの部屋は、と行っても個室なんぞはない。それは隊長と副隊長だけの特権だ。男と女の区切りはあるがな」
そういうクラーテに案内されると、広い部屋に案内される。
なかから寝息やイビキが聞こえてきた。ここが寝室のようだ。
クラーテから毛布を渡される。その際にいくつか注意を言い渡された。
「女側の寝室は間違っても入るなよ。うちの部隊は豪傑の女が多いからな。中でも隊長は……、いやそのうち分かるか」
「注意します」
「そうしろ。後はまー、新入りだからな。料理番は持ち回りだが雑用の大半はランマルの仕事だ。
それに加えて半年で一端の兵士にしろってんだから。きついぞ。」
「そ、そうですか」
少し気後れしたランマルの背中をクラーテが強くたたく。
パンッと良い音が響く。
「気合いれりゃ平気だ。後はとにかく食え。細すぎる。俺たちは食うのも仕事だ。じゃあな」
「ありがとうございました」
「おう」
もらった毛布は余り干されていないのかやや匂いがした。
部屋の中は雑魚寝状態で、隅の方で小さいスペースを確保する。
弓を外し、荷物を抱えるようにして横になると毛布をかぶり、明日からのことを考えながら眠りについた。
「ドラァッ!!」
間近で突然聞こえた大声に藍丸は跳ね起きた。
藍丸へと向かって言われたのかと回りを急いで見てみると、二つ隣の大男が寝ながら腕を高々と掲げている。
……どうやら寝言で叫んだようだ。
しかし今の大声で起きたのは藍丸一人で、他のものは皆は寝入ったままだ。
藍丸は心臓から凄まじい勢いで血液が送られている。動悸が激しい。
兵士たちのタフさが伺える。
少しの間じっとして、ようやく鼓動が収まってきたのを確認する。
窓にはカーテンが掛けられているが、外は薄っすらと明るくなり始めている。
朝早く起きて隊長の部屋に行けと言われたが、今行っても大丈夫なのだろうか。
(寝ていれば出直せばいいか……)
藍丸はそう考え、そっと部屋から出る。
先程の事から考えると、思いっきり閉めてもきっと誰もおきてこない予感はするが。
空気が乾燥しているのか、少し喉が渇く。
唾を飲み込み、喉の渇きを紛らわした。
「一番高い所か」
階段を見つけて二階へ登り、周囲を探索すると再び階段を見つけた。
外から見た限り四階はなさそうだったので、三階のどこかだろう。
階段を登ると、いくつか部屋があったが、一つ他とは違い奥に配置されていた。
そこだと見当をつけ、ノックをする。
「誰だ? 随分早い時間に」
「あの、昨日ここに入るようにルザル様から言われた藍丸と言います」
「ルザル徴税官が……、そうか。ベルパー村から来たか。入れ」
許可を得たので部屋へ入ると、そこには下着姿の妙齢の女性が包帯を胸に巻いていた。
「え、あ、し、失礼しました!」
すぐにドアの外へ引っ込む。
「何をしている?」
「あ、あの! 着替え中では」
「そうか。お前は兵歴はなかったか。この程度の事でその都度驚いては身が持たんぞ。まあいい、気になるなら少し待っていろ」
そう言われ、藍丸は直立不動で待つ。
ドア越しから聞こえる音が想像を誘い、精神を落ち着けるのに苦労した。
数分ほど部屋の外で待っていると、衣擦れの音がしなくなる。
「入って来い」
「はい」
部屋へ入り、藍丸は頭を下げる。
「すみません。粗相を」
「気にするな。とはいえ私以外なら剣を抜くものもいるかもしれんか。その辺は慣れろ」
「は、はい」
そこでようやく目を上げると、女性の姿が目に入る。
髪は茶色のショートで、顔つきは凛々しい。服をまとっているが、全身がすらりと伸びていた。
先ほどの光景を思い出し、中の肢体がしなやかさも併せ持っている事に気付く。
「さて、……一人か? 五人になると聞いていたが」
「話し合いの結果、ひとりという事になり志願しました」
「志願? ほほぅ。どうにも頼り無さそうでどうしたものかと思っていたが、少しは芯があるようだな」
そう言ってバーレンが藍丸の全身を観察する。
「自己紹介がまだだったな。私はバーレン。カイサマの街地区の部隊長をしている。警護地区はカイサマの街周辺だが、一応ベルパー村に何かあればわれわれが出る事になっている」
バーレンはそこまで言うと、両手をひらひらとさせた。
「とはいえあの村が襲われたことなどないがな」
「ランマルです。ベルパー村に世話になったので代わりに兵役に入りました」
「では色々と説明するとしよう。その役目は副隊長に任せるが。来い」
バーレンが部屋から出て、藍丸を引き連れる。
部屋から見て左手の部屋をバーレンが空けると、筋肉に覆われた上半身裸の男が逆立ちをしていた。
「おや、これは隊長殿。どうされたんで」
「熱心だなマードル。新入りの顔合わせだ。それも半年で使える奴にしろとの注文つきでな」
「それは扱き甲斐がありそうですなぁ。よっと」
マードルは両手の力だけで体をはねさせ、音も立てずに両足で着地をする。
鍛え抜かれた筋肉を使いこなしている動きだ。
「名前は何だ小僧よ」
「ランマルです」
「変わっているが、悪くない名だ」
マードンが笑いながらそういうと、ランマルの腰につけている弓に気付いたようだ。
「ランマル。腰のは自前か」
「セラ、えっとベルパー村の人から借り受けました」
「あの村は良い弓を作る。大事にしろ」
「はい、そのつもりです」
その言葉にマードンは感じるものがあったのか、藍丸の肩を強くたたく。
藍丸は体が沈まないようにするのが精一杯だった。
「ならばよし」
「そろそろ起床の時間だ。下の奴らをたたき起こすついでに紹介してやれ」
「了解です。これから隊長殿はどうされるので」
「書類を片しておく。訓練が始まる前には間に合う」
「大変ですな。隊長というのも」
「代わってもいいのだが?」
「はっはっはっ。書類なんぞ1分もあれば飽きて寝てしまいますので。ではいくぞランマル」
マードルに引き連れられ、皆の雑魚寝している寝室にはいる。
するとマードルは大きく息を吸い始め、藍丸は猛烈に嫌な予感を感じて両耳をふさいで身を屈める。
次の瞬間――
「きりぃぃつ!!」
人から発せられたとは思えない凄まじい大声が部屋を襲う。
耳をふさいでいても、頭の奥まで響いてきて三半規管が狂い目眩がする。
部屋からは次々と立ち上がる音が聞こえ、発声から10秒たたないうちに部屋の全員が起床し、直立不動の姿勢をとっている。
後ろの部屋からも物音が聞こえてきた。女性側も今の声で起きだしているのだろう。
「さて、我が部隊に新人が入った。名前はランマル。見た目はガキだが、少なくともやる気はあるようだ。
半年後に首都での兵役を予定している。それまでに使い物にしろとのお達しだ」
「質問をよろしいでしょうか!」
「良し!」
「新人という事は、雑務は任せても構わないので」
「当然だ。半年でも我々の隊に新人として入る以上伝統である」
「把握しました!」
「訓練内容は私が指示する! 余計な事はするな。だが模擬戦などでは十分もんでやること」
マードルは一拍置くと、大きな声で最後の指示をした。
「ではさっさと訓練の準備に移れ!」
部屋の中で兵士たちの返事がこだまする。
男の寝室から出ると、マードルはやや乱暴に向かいのドアをノックする。
「起きているな? すぐに準備を終えろ! 入るぞ」
そうしてドアを強引に開ける。
中では6人程度の女性たちが直立している。
ただ、時間が足りなかったのか着崩れしてややあられもない姿のものが二人居た。
「新人のランマルだ。覚えておけ」
「はっ!」
「少し気が弛んでいるな。余り無様な姿を新人に見せるなよ」
「申し訳ありません!」
「よし、訓練の準備をして宿舎の外で待機だ。いいな!」
「はい!」
そして部屋から出るとマードルに連れられ、建物の中を案内される。
「案内は一度だけだ。まあ分からん事があれば誰かを捕まえて聞け。先任しか居ない。遠慮の必要はないぞ」
「そうします」
案内が終わり、マードルの後に付いて宿舎の外に出た。
そこでは既に鎧を着込み、武器を装備した兵士達が整列していた。
今日からこの集団に加わるのだ。クラーテの言葉どおり、気合を入れなければ持ちそうにない――。