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第七話


 徴税官の護衛は既に剣の柄に手を掛けている。

 命令があれば、即剣を抜く積もりだろう。

 それにより場の緊張感が強い圧力となって圧し掛かった。

 村長が誤解を与えないようにか、ゆっくりと言葉を紡いでいる。


「まず、この麦は小麦でもなければ大麦でもありません」


 村長がトモに指示し、ライ麦の種籾を一掴み徴税官に差し出す。

 徴税官はそれを左手で受け取ると、右手で一粒つかみ天へと掲げて片目を瞑りよく観察する。


「……確かに違うようだ。同じ麦ではあるようだが、見たことは無い」

「ライ麦、という麦でございます」

「ほう。そのような物があるとは知らなかったな。お前たちは知っていたか?」


 徴税官が護衛に問うが、二人とも首を横に振って否定した。


「……徴税官様が知らないのも当然かと。私どももこれを知ったのはつい先日です」

「話が見えんな」

「我が村の奥には大いなる森があることはご存知の通りです」

「ああ。知っているとも」


 そう徴税官が返事をする。


「国も我々も、入り口に入る事はあっても深く進む事は一度も有りませんでした。つい先日、旅人である少年が来るまでは」

「ふむ」

「その少年を我々は歓迎しました。商人であってもここを訪れるものは少ないのですから。

 少年は森に興味を示し、食料の少なくなった我々の為に果物をとると言って中へ入りました。

 そして見つけたのです。黄金の広がる場所を。ライ麦とは彼が名づけた名前です」

「村長。私は貴方を堅物だと思っていたが、そういうジョークも言えるのだな」

「見ていただけばそう言った事がお分かりになるかと」


 徴税官は何度か頷くと、再び周囲を見て村長へと視線を戻した。


「なるほど。では村人たちが挽いている麦も焼いているパンも、偶々子供が見つけた新しい麦というわけだな……

 担当が私でよかったな村長。領主殿や熱心な徴税官なら既に剣を抜かせていたぞ」

「お心遣いに感謝します」

「とりあえずその場所へ案内せよ。続きはそれからだ……、このライ麦は勿論食えるのだな?」

「はい。勿論です、すぐご案内します」

「ああまて、旅人の子供が居るといったな。聞きたい事もある。同行させよ」

「それは……、いえ、分かりました」


 村長が藍丸を探し、直ぐ近くにいる事に気付くと近づいてきた。

 申し訳無さそうに一礼し、徴税官に届かないように小声で用件を伝えてくる。


「ランマル殿、申し訳ない。いくらか話はぼかしましたが、矛盾を防ぐ為に徴税官にあなたの事を話しました」

「此方こそ気になって近くで聞いて申し訳ない。俺が防波堤として機能するならアレくらい構いません。事実ですし」

「そう言っていただけると助かります。あの徴税官は少し気難しいですが、話の分かる方です。

 一緒に来ていただいて実物を見せれば何もなく済むでしょう」

「同行は勿論構いません。そうであれば良いのですが」

「いくらかは税として持っていかれると思いますが、まだ村の畑ではありません。

 既に税を納めている以上多くは要求されないはずです」

「彼らもこの村が飢えていると聞いて足を運んだようですし、無茶はしないでしょう……暴動が起こる」

「間違いなく。剣よりも飢えの方が怖いですから」


 そういうと村長は少しだけ口を吊り上げて笑う。

 一揆の前には武器も貴族も関係が無いのは歴史が証明している。

 彼らもそんな目に合うのはごめんだろう。

 村長に付いていき、徴税官に頭を下げる。


「君が村長の話していた少年かね」

「はい、ランマル・クガと言います」


 徴税官は藍丸を値踏みするように見つめる。


「旅人としては随分と線が細いように見れるが」

「食べれるときに食べていますが、食べれないときの方が多いので」

「一理あるな。それに子供にしては口の聞き方を知っている。少しは賢いようだな」

「ありがとうございます」

「だが、話を聞いていたなら分かっていると思うが……、結果次第では偽証により貴様の首を撥ねる事にもなる」

「もし嘘であったならばどうぞ」

「脅しではないのだぞ? ――では、案内せよ」

「此方です」


 そしてライ麦畑へと移動する。

 道中は全く会話が無く、護衛の剣がガチャガチャとなる音か足音しか耳に入ってこなかった。

 村長、トモ、藍丸、徴税官と護衛二人の六人だった為速いペースで移動できる。

 時刻は昼を回り、夕方と昼の中間となっていて陽射しの割りに穏やかな気候だ。

 藍丸としては、もう少し良い気分で散歩したいほど風も通り良い天気なのだが……。

 終始無言のまま目的地に到着した。


「こ、これは」

「なんと広大な」


 護衛二人が驚いている。

 徴税官は護衛二人のような動作は無いものの、目を見開いてライ麦畑を見ていた。


「……疑いようも無いなこれは。ずっとこれに気付かなかったとはなんと勿体無い事か」

「同じ思いでございます」


 村長が相槌を打つ。


「人の手も加わっては居ないな。村長、この件は無実とする。これなら飢える心配もあるまい」

「はい、もちろんです」

「だが、見なかったことにするのは無理だ。これは理解できるな?」

「はっ」

「取れた分の3割を届けよ。それで以降何も問題が無い事として処理する。

 早急にここに手を入れ、次回からも同じだけ届ける事とする。代わりに次より小麦、大麦の税率は1割減額とする」

「分かりました。そのように」

「――ふむ。このような結果にはなったが……」


 徴税官はそう言うと、少し言いよどむ様子が見て取れた。

 遠慮無しに言葉で切り込んでくる類の人であると少し話しただけで感じたため、余程の内容なのかと警戒する。


「本来私が此処に来たのは徴兵の為だ。餓死されては国の為にもならぬ。

 5人の兵を出さす代わりにある程度税を減らす通知の為にな」


 あごひげをさすりつつ徴税官は言葉を続ける。


「だがこうなっては無意味に近い。が、既にこれは女王陛下に通知している。故に例えライ麦を持ち帰ったとて一人は徴兵せねばならぬ」

「徴兵……、それほど状況は悪いので?」


 藍丸はそう尋ねる。

 兵士とは一般に若い男がなるものだ。そしてこのような村では若い男は幾ら居ても足りないのである。

 それを取り上げるという事は、よほど警戒しているという事になる。


「税の減額がそれしか通らぬほどにはな。私の仕事ではない為詳しい事は分からぬ。私はただ税を集め国を滞りなく動くようにするだけだ」

「そうなのですか……」


 藍丸は少し気を落として返事をする。

 そこに村長が割って入った。

 少し焦っている様子だ。徴兵の話が出たのだから当然か。


「すぐに選ばねばならないのでしょうか?」

「待機させている馬車が夕刻には戻らねばならん。それまでには決めてもらおう」

「……村のものと相談します」


 肩を落とした村長に、些か無謀と考えつつも藍丸は今決めた事を話す。


「村長。私がそれを受けたいと思いますが、だめですか?」


 その一言で村長の顔色が変わる。より悪い方へと。


「な、何を言っているのですか! 平時ならまだしも、この時期の徴兵は死にに行くに等しいのですよ! 

 税を減額するという事は、魔獣との戦いの為ということでもあるのです」


 怒鳴るような勢いでランマルに駆け寄る。

 村長が良い人と分かっていたので止められるとは思ったが、此処までとは思わなかった。


「それは分かっています。ただ、俺はこのあたりで基盤になるところがありません。

 ベルパー村には良くしてもらっていますが、ずっとお世話に成るわけにも行きませんし、兵士と成れば衣食住は用意していただけるのでしょう?」

「無論だ。我が王国は兵士を無駄にすり減らす事などしない。徴兵しても使い物になるまでは訓練兵として鍛える」

「ずっと居て頂いても構いません。貴方は恩人なのですから。恩人だからこそ、我々の代わりに兵士になるなど……」

「ありがとうございます。でも、村には一人でも多く男手がいりますし、ここは余所者が行くべきでしょう」


 藍丸が頑として譲らない事を村長は察したのだろう。

 何かを言おうとして、しかし言いあぐねている。

 藍丸は一つの懸念を徴税官に尋ねる。


「余所者がダメというルールは有りますか」

「無い。この国の為に戦うのであればな」

「良かった。村長、もし俺に感謝抱いてくれているなら、また村に来たとき腹いっぱい料理をご馳走してください。

 まだこの村の名物料理はぜんぜん食べて無いし。そうだ、秘蔵の羊乳酒も御願いします」


 わざと少しおどけて言う。実際そう思っているのは事実だ。

 鹿の煮込みはとても美味しかったし、羊乳酒など飲んだ事が無いから飲んで見たい。


「ランマル殿……かたじけない。この恩は必ず返します」

「大げさです。俺にとっても悪い話じゃないんです」


 詳しく聞く必要はあるが兵士になるという事は戦う義務の変わりに、衣食住と多少の給金は貰える筈だ。

 このままこの村で手伝いをするという未来もとても良いものだろうし、一度ならず考えた。


 しかし村に15歳の子供が一人増えるというのは、小さく無い負担なのだ。

 数日程度なら何とかなろう。

 しかし、例えば今回のような飢饉がまた出た場合、たった一人食い扶持が増えただけでどれだけの人間が飢え死にするのか。

 猟も藍丸はまともに出来るわけではない。


 自分の食い扶持を何とか出来るなら、そちらへ行った方が村の為にもなる。

 これが人を殺す為の兵なら、此処まで早く決断は下せなかっただろうが。


「話は纏まったようだね? 年は幾つだ。ランマル」

「15に成ります」

「もう少し幼いと思っていたが、それならいいだろう。村に戻ったら荷物を纏めて村の入り口に着たまえ。別れを告げるなら少しだけはまとう」

「わかりました。ありがとうございます」


 それから皆、踵を返すとそれまで黙っていたトモが、藍丸の頭をガシガシと荒く撫でる。


「悪いな、坊主……、いやランマル。貧乏くじ引かせちまったみたいでよ」

「トモさん。俺が決めた事だから大丈夫です」

「そうか。そう言うんなら、何を言っても水を挿してしまうな。

 俺が今教えれるのはこれだけだが……弓を持ったら躊躇するな。剣でも槍でもだ。戦いでは何を躊躇しても命取りになる」

「――覚えておきます」

「おう。また山で獲物を狩ろう。楽しみにしてる」

「はい」


 村に戻ると、徴税官たちは一足先に馬車へ戻り、村長が事態の説明を行った。

 ランマルが徴兵されるという事に何人か抗議をしたが、本人が志願したという事で納得してもらった。

 しかし、最後までセラが反対していた。


「ランマル、あなたトモさんみたいに強そうじゃないんだから。兵士なんてやめなさい。貴方一人なら私でも何とかなるから」


 そうセラは胸を張る。

 やはり強い意志を持った子だ。

 兵士になれば、間接的にこの少女を守る事にも繋がる。

 兵士になる理由が一つ増えた。


「それは嬉しいけど、自分の世話くらい自分でやろうと思ってね。大丈夫。無茶はしないから」

「当然でしょう! ……もう。必ず戻りなさいよ。手伝ってほしい事沢山あるし、一人だと薪割るの疲れるんだから」

「わかった。約束だ」


 本当に渋々、と言った感じでセラが折れた。

 そして倉庫に戻り弓を持ち出し、村長から布の水袋や着替え、必要な細々とした物を餞別としてもらう。

 ライ麦の粉が入った麦袋も渡された。


「ライ麦は認知されて下りませんから、売る事は出来ないでしょう。ですが火と水があれば食べれます。

 魔獣の被害が大きくなってから訓練兵はかなり厳しい鍛錬を積むと聞いています。気をつけて」

「お世話になりました。餞別まで頂いてしまいありがとうございます」

「この程度しか出来なくて申し訳無いくらいです。残りを返すためにも、御武運を」

「はい。では行って来ます」


 村長と堅い握手を交わす。この人が村長でよかったなと思った。


 大きな布袋にまとめ、ついてある紐を肩に掛ける。

 少し重かったが、これが今ある藍丸の全財産だ。

 しっかりと支えながら村の入り口へと向かう。


 二頭の馬に引かれた馬車が入り口の前に陣取っており、直ぐに出れるように既に藍丸以外は乗り込んでいた。


「来たか。乗れ」

 

 徴税官の一言で藍丸は馬車へと乗る。

 木で出来た板に羽毛のシーツを被せており、内装も意匠が施されていた。


「御者、出せ」


 そうして指示が出ると御者が巧みに馬を操り、馬車が動く。

 シーツがしいてあっても揺れが有り、少しケツが痛い。


「ランマルだったな。これより王国の都に戻る。2時間もあればつくだろう。

 これより貴様が所属する場所には話を通してある。そこまでは案内するから後はそこに従え」

「はい」


 必要な事を説明すると、徴税官は口を閉じる。

 藍丸は少しずつ小さくなっていく村をずっと眺めていた。

 セラがずっと手を振ってくれていた事がとても嬉しかったのを覚えている。


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