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第三話

「村長。村の人口はどれだけですか?」

「100人前後です。狩りをすればなんとか年を越す事は……」


その言葉を村長が信じていないのは明白だった。


「狩りをしなくても大丈夫です。村長、100人がたらふく食えるだけのライ麦が生っている場所を知っています」

「ライ麦……ですか? 聞いた事がありません。麦の一種ですか。そうだとしても、100人分を養うほどの量があるとはとても」

「事実です。一面見渡す限りに、黄金の絨毯のように広がっています。勿論ライ麦は食べれますよ」

「ど、どこにあるというのです?」


 半信半疑ながらも、村長の態度は大分揺れている。

 戯言と切り捨てるには話が大きすぎるのだ。


「私はこの辺に地理に詳しいわけでは無いので、明日見つけた場所に案内したいと思います。

 ただ、その際収穫したライ麦を粉にして、少し頂きたいのです」

「粉、ですか」

「情け無い話ですが、私は今お金も食料もありません。

 ライ麦の粉は水と火があればパンにして食べれるので、持ち運べる程度あれば糊口を凌げるかと思いまして。

 勿論収穫はお手伝いします」

「明日に、実際にこの目にしなければハッキリとお約束できませんが、もし、もし本当にそれだけの量があるのであれば、欲しいだけのだけ差し上げます。元より我々はそれを知らなかったのですから」

「村長、信じるんですか?」


 近くの若者が村長に問いかける。

 村長はその言葉を首を縦に一度振り、肯定する。


「失礼だぞ。それに騙すような内容ではない。我々には損になる部分が無いのだ」

「それはそうですが……」

「余所者がいきなり話を持ってきたのです。疑うのは当然かと。

 報酬は十分です。ありがとうございます。……厚かましいのですが、どこでもいいので屋根のある寝床は有りませんか?」

「直ぐ用意できる場所はあいにく倉庫しか。掃除は済ませてあります。毛布は余っているので取ってきましょう」

「ありがとうございます。毛布まで貸してもらえるのなら、何もいう事はありません」


 村長は部屋の置くから毛布を2枚ほど持ってくる。

 羊毛のような触感でやわらかく、温かそうだ。


「倉庫は家を出て右にある建物がそうです。鍵はかけておりませんから、中を自由に使ってください」

「ええ、分かりました。それでは明日」

「では明日案内を御願いします。セラ、お前も早く休みなさい」


 横にいたセラは頷くと、籠を藍丸の方へ持ち上げる。


「ランマル、これは貴方の分よ、持って行きなさい」


 そういってセラが籠の半分を渡そうとしてきたので、藍丸は右手で掴める分だけもらう事にした。


「これだけで十分。後はセラの分け前で」

「いいの? 見つけたのは殆ど貴方よ」

「手伝いをしただけなんだから、構わないよ」

「そう――ありがとう。明日、楽しみにしてるわ」


 そうして外に出ると、もう夜になっていた。

 松明が所々にあるとはいえ、照らすには足りずとても暗い。

 藍丸は村長に指示された倉庫を見つけると、扉を開く。


「良かった、結構綺麗な場所だ。」


 中は暗い。掃除が行き届いているのか埃くささ等は無い。

 月の僅かな明りを頼りに、寝る場所に毛布を敷いて扉を閉める。

 窓が設けられているが、ほぼ視界は真っ暗となった。

 扉は外には鍵の部分がなく、内側から閂の仕組みで鍵が出来るようだ。

 手探りで鍵をかけ、毛布の敷いていた場所に転がる。

 木いちごを摘みながら、先程の事を思い返す。

 村長の家にいた皆は相当に酷い顔だったが、話が終わる頃には大分血の気が戻っていた。

 希望があれば人間は立ち上がれる。

 後は明日、あの一面に広がるライ麦を見せれば安泰だろう。

 その為にも、今日は寝て疲れを癒さねば……




 ※1時間後、村長の家


「皆、帰ったか」


 村長は羊乳で作った羊乳酒をコップに注ぎ、少しずつ飲んでいる。

 アルコールは薄く、酔うほどのものではない。

 しかし、酸味と甘味のあるこの酒は一息入れたいときに愛飲していた。


(あの少年は一体。年の割りに随分と落ち着いていた)


 思い起こすのは、先ほどセラと共に尋ねてきたランマルという少年だ。

 あの大いなる森を抜け、広大なライ麦という麦の畑を見つけてきたという。

 大いなる森は、多少の糧と水を得る以外はこの村にとってずっと不可侵だった。

 国もわざわざ関わろうとせず、100年以上の年月を経ても尚深く入った者はいないのだ。


(悪魔か何かではないのか? 我々に夢を持たせるだけ持たせ、より深く絶望させる為に来たのでは……)


 そう浮かんだ考えを村長は思考の隅に追い出す。


「何を言っているのか私は。悪魔だの何だのと、不安になりすぎだな」


 コップに残った羊乳酒を不安と共に一気に呷り、飲み干す。


「それに、随分と礼儀正しかったな。セラも少し見習ってくれればいいが。……、もう少し落ち着くまで時間が掛かるか」


 セラの両親は去年、流行り病で亡くなっている。

 当時の塞ぎこみようから考えれば随分と明るくなったが、空元気もあるのだろう。

 もう暫くは時間が必要なはず。

 その時間の為にも、明日はとても大事な一日となる。


(嘘をいうような子にも、そのような様子もなかった。信じるしかあるまい……)


 不安を無くす為に、もう少しだけ村長は羊乳酒を飲み続けた。





 ※早朝、倉庫


 ランマルは毛布に包まって、気持ちよく寝ている。

 窓からは薄っすらと太陽の光が差し込み、早朝の澄んだ空気が流れ込んできていた。

 そこへ、扉を何度かノックする音が響く。

 始めランマルは気付かなかったが少しずつ音は強くなり、5回目で意識が覚醒して大きく伸びをする。


「はいはーい……」


 寝惚け眼をこすりながら、毛布を引きずって入り口の方へ歩く。

 その様子は完全に年相応の子供だった。

 彼はずっと朝は弱かったのである。

 なんとかのろのろとした手で閂を外し、扉を開けるとセラが立っていた。


「お早うランマル。その様子だと良く眠れたみたいね」

「ふぁ。セラか。随分早いな」

「あら、お言葉ですけど何時もこの時間には畑を耕してるわよ?」


 そういうセラの服は汚れてもいいような使い古しの服だった。

 それにスコップのようなものも持っている。


「鍬じゃないんだな」

「クワ?」

「なんていえばいいのかな。フォークみたいに三本の尖った先があって……」


 ランマルは記憶を頼りに地面の砂でクワの形を書く。


「そのスコップだと、土に入れたとき土を全部引き上げなきゃ耕せない。だけどこれだと、土に入れても土を持ち上げずに澄むんだ」

「へぇ、面白いわね。土を耕すのは力仕事で時間が掛かるし、本当に出来るなら楽そうねー。でも、鉄は高いから暫くは無理かな」

「問題は材料か」


 詳しくは聞いて無いが、この村は大分都会から離れているらしい。

 山に囲まれ、後ろには広大な森が広がっている。

 自前で鉄が取れるならともかく、鉄を購入するのは費用的に難しいのはランマルでも分かった。

 間違いなく車などもあるまい。


「話が飛んだわねぇ……、そろそろ皆起き出してくるから、早めに案内してもらおうと思ったの。

 まだ備蓄に余裕が辛うじてあるけど、数日も立てば危ない家もあるみたいなのよ」

「それほどか」


 かなり危険水準である事は察していたものの、飢餓が始まる手前だったとは。

 もう少し後れていれば、最悪収穫さえ難しかった。

 本当に危ういタイミングだったのだ。

 その光景を想像し、ぞっとする。同時にそうはならずに済んだ事に安堵した。

 その所為ですっかり目が覚めてしまった。


「顔を洗ってから案内する。近くに川か井戸はある?」

「川が近いわ。手拭は貸してあげる」


 セラに連れられて、小さい川で顔を洗い水を飲む。

 この川は森から湧き出る水が元になっているとのことだ。とても冷たく、乾いた体に染み渡る。

 村へと戻ると、セラと同じく話を聞いた人たちが待ちきれないのか、広場で集まって話をしていた。

 そこへ当事者である藍丸が戻ってきたので、一斉に視線を受ける事になってしまい少しだけ気後れする。

 広場に集まっているのは主に男性で、女性も少し見受けられる。

 村長も出てきているようだ。

 収穫の事まで伝えているのか、その為の鎌やらライ麦を入れる袋などが準備されている。

 もし嘘でした、などと言おうものなら間違いなくその鎌が飛んできて、死体は袋に入れられてしまうだろう。


「こ、こわ」


 なんとも笑えない。食べ物の恨みは恐ろしい。

 しっかりとライ麦畑までの道を覚えている事を自分で確認し、藍丸は広場の人たちに向かって叫ぶ。


「みなさーん! これからライ麦畑まで案内しますー! 逸れない様に付いてきてください!」

「お、あの坊主がそうか。皆、いくぞ」


 特に体格の良い男が音頭を取り、ばらばらだった皆が纏まり始める。

 村長も頷いている事から、彼はまとめ役なのだろう。

 藍丸の方へ皆が向かっている事を確認し、まずは森へと向かう。


 森まで徒歩で20分ほど。ライ麦畑まではそこから5分程度だ。

 村から直接道を作れば15分程で行き来できるようになる。

 食べる分だけ村へ持ち帰ればいいのだから、合間合間で道を作れば間に合うだろう。


 道中でセラと色々話す。

 丁度良いので、今のうちにききたかった事を聞くことにした。


「なあセラ、俺はこの辺りの事が全然分からないんだ。教えてくれないか」

「私も正直村の外に出た事無いからこの国の事が少し分かるだけなんだけど、それでもいい?」

「ああ。御願いする」


 分かりました。とセラは余り無い胸を張った。


「どー説明しようかなぁ。まず私達がいる此処はベルバー山脈って呼ばれてて、私達の村はそのままベルバー村っていうのよ。

 山の間に平地があって、国の都とも道が通じやすいってことで開拓されたのがこの村の歴史ね」

「開拓民か。立派な人たちだな」

「ええ。その子孫の私達もそれに恥じないように頑張ってる訳。で、私達が税を納めるのはグラロス王国。

 本当は領主も居るんだけど、大いなる森に近づくのを怖がって徴税官に丸投げしたみたい」

「大いなる森って言うのはやっぱりあの森か」

「うん。山々の間をずぅーっと遮る森。その果ては誰も見たことの無い場所」


 想像も出来ないほど大きな森に、巨大な森の主。

 領主というからには貴族階級だ。余程の変わり者では無い限り来たがらないという事か。


「最近、グラロス王国の周りで魔獣の被害が増えてるって。渡り歩いてる詩人の人もそう言ってたわ。

 私達のところは全然そんな事無いのよ。でも、都の方へいくと違うみたい」

「すまん、魔獣ていうのはなんだ? ただの獣ではないみたいだけど」

「村長が見たことがあって、とても恐ろしい獣たちだったと言ってた。火を噴いたり、人を食べたり。

 とても強くて騎士様たちでも追い払うのがやっとっていう話よ」


 火を噴く、とは一体どのような……と思って森の主を思い出して否定するのはやめた。

 あのような存在も居るのだ。火のひとつや二つ。

 しかし人食いの獣は脅威だ。

 数が増えるほどその脅威は増していく。

 この国でとりあえず生活基盤を作ることを考えていた藍丸にとっては、厄介極まりない情報だった。


「このあたりに魔獣が来ないのは森の主のお陰かな」

「森自体が深くて、山があるのも大きいのかもしれないわ。でも、もし一匹でも来たらどうなるんだろ。そう考えると怖いわね……。

 そうだ。ランマルは森を抜けてきたんだったわね。森の奥はどういうところなの」


 魔獣が来たことを考えて怖くなったのだろう。セラが話題を変えてきた。


「確かにそうだけど、俺の場合抜けたというより……」


 セラの質問に、藍丸は正直に言ったものかどうか思考をめぐらせる。

 突拍子も無い事を言うと無用な疑いを持たれたり、頭のおかしい奴と思われかねない。

 折角友好的な状態になっているのだ。わざわざそれをダメにする必要は無い。

 しかしそうすると何を語ればいいものか。

 ベルバー村が出来てから、もしくはそれ以前からずっと森は秘密に包まれていたという。

 ならば日本を多少アレンジして伝えてもばれる可能性は無いだろう。


「やっている事は多分そう変わらないよ。畑を耕すし、栄えてる町なら商売が盛んだ。

 特徴を挙げるとすれば侍が居るって事かな」

「サムライ?」

「刀って言う武器で戦う武士さ。袴っていう服を着て戦うんだ」

「ランマルの国の騎士様がサムライなのね」

「騎士、うん。そうなるかな。鎧なんかは着てないけどね」

「それで戦えるの?」

「勿論」


 日本の江戸時代を想像し、色々と話す。

 この村だけがそうなのか、都の方は違うのか。

 技術レベルは近代に比べかなり低い。日本に該当しそうな時代で思いつくのが江戸時代だった。

 大鎧などの甲冑は江戸自体には着る事はもうなかった筈……。

 日本のいろいろな事を思いつく限り話す。

 

(そういえば、どうやって此処に来たのだろう。グラロスという国は聞いたことが無いし。

 最も日本ではしっかり往生したから未練は無いのだが)


「ニホンって国面白そうね。一度行ってみたいわ」

「退屈はしないと思うよ」


 セラは将棋や花火等に興味を示す。

 藍丸も深く知っているわけではないので再現は難しいが、簡単な盤上遊戯は再現できるかもしれない。

 いずれ試してみるのもいいだろう。

 そうしている内に森を迂回し、黄金色の広がるライ麦畑に到着した――




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