Conflict━独りの少女
俺が星野と樹理華がいるところに戻るとすでに月野が戻っていた。
無事でいてくれてほっとしたが、気まずい…
「なぁ、誓。」
星野が俺に話しかける。
「ん?」
「悪魔のことなんだけど、教師に知られたくないんだ。黙っててもらえないか?」
「俺は別にいいけど、他に仲間がいたりしないか?」
「それは平気だ。ここの地区に他に悪魔がいるという報告は受けていないし、気配もない。」
「それならいいんだが…」
俺は樹理華が目を開けていることに気付いた。
「樹理華!!平気か?」
樹理華はニコッと満面の笑みを作った。
「平気よ、どこも悪くないわ。」
樹理華はあの話を聞いたのだろうか…?
もしも聞いていないなら聞かない方がいいのではないか…?
俺はきっと無意識にそういう顔をしてしまっていたのだろう。
「…悪魔のこととか透明天使のこととか全部星野くんに聞いたわ。」
俺の表情を読んだのか、樹理華は俺にそう言った。
「そっか…」
「だけど、どうでもいいじゃない。」
「は??」
樹理華のその言葉に俺は心底驚いた。
「天使とか人間とか透明天使とか…元は人間よ。それに月野と星野くんがなんだって、あたしの友達だもの。あたしはちーくんが何だって受け止めるわよ。」
「じゅり…」
「樹理華!ありがとう!わたし、樹理華だーいすき!!!」
月野が樹理華に抱きついた。
「はは、ありがとう。あたしも月野大好きよ。」
樹理華は月野の頭をなでていた。
…月野は震えていた。
ここからじゃ見えないけど、きっと泣いているのだろう。
どれだけ怖かったのだろう?
━友達に拒絶されることが…
「誓は俺に言ってくれないの?」
星野が冗談っぽく言った。
「クスッ。俺と星野は親友だ。」
「さんきゅ。」
わざと冗談ぽく言っていたが、彼も彼で緊張していたのだろう。
「さて、友情を確かめ合ったところで空気を壊してわるいけど…でてきなさい!」
樹理華が後ろを振り向いて言った。
すると樹理華の視線の先から青い長い髪の女の子が出てきた。
どこかで見たことあるような顔立ちの少女は樹理華の方を向き、口を開いた。
「よくわかったじゃない、樹理華様。人間なんかとつるんでいてもやっぱり聖天使ね。」
「来須風音…?」
俺はその名前を呼んだあとで来須風音に似ているんだ、と思った。
直感的にでてきてしまったのだ。
━元、緑の聖天使様の名前が…
「…彼女は来須水脈さん。風音様の娘さんよ。」
俺に見かねた樹理華が目の前の彼女について説明する。
「来須風音って…あの!?」
月野は驚いたようにその名前を口にした。
来須風音をこの国では知らない人はいないだろう。
現、緑の聖天使、五月雨樹理華を知らない人もいないだろうが来須風音はそれとは少し違う…
「そうよ、あたしの母親は来須風音よ。悪い?」
来須水脈、と紹介されたその少女はそう言った。
「それとも犯罪者の娘としてあたしを見るのかしら?」
そう、来須風音は犯罪者なのだ。
今も国に追われているが捕まってはいない…
「あの人(母さん)はあんたたち(人間)なんかの為に犯罪者になるなんて…ホンットバカみたい。」
来須水脈は、母親を卑下するように言った。
来須風音は「人間を見下すなんておかしい、天使だって人間なのだから」という思想を持っている人で、それを国に訴えたところ、国への反逆とみなされ犯罪者となった。
それを「おかしい」という人はいなかったわけではないが、天使のほとんどは人間を見下しているので、来須風音の罪は消えなかった。
「樹理華様もあんな風になるんじゃないかって、あたし心配だわ。」
「はぁ…。で、来須さん、一体なんのようかしら?」
「あはは。本気で言ってるの?今は魔術の試験中よ?水晶を貰いにきたにきまってるじゃない。」
パチンッ
来須が指をはじいた瞬間、俺は水の球のなかにはいっていた。
「…うっ…ゲホッ。」
息が吸えなくなり、苦しくなっていく。
「ちーくん!!!!!」
樹理華の悲鳴が聞こえる。
「待って、今助けるから!…効かない。あたしの魔術(風)が効かない!!!!」
「いくら聖天使様でも、それなりの魔力をもった青天使に勝てるわけないじゃない。コイツ助けたかったら水晶渡しなさい。早くしないと命の保証はできないわ。」
「ゴホッ…ゴホッ…」
やばい、意識が…
意識が飛ぶ寸前、星野が樹理華に耳打ちしているのが見えた…
「……ここ、どこ?…樹理華!!!?」
俺は意識を失った後、どうやら寝ていたらしい。
もうあたりは真っ暗だ。
水晶はどうなったのだろうか。
「あっ、目さめた?」
月光が髪で屈折している。
何回見ても思う、
「綺麗だ…。」
透明で光を折り曲げる髪の毛…
「なぁに?」
「俺、お前の髪、どっかで見たことある気がする…。」
「そう?」
「うん…。じゃなくて来須さんは?」
月野は何故か少し口角を下げて言った。
「となりで寝てるじゃない…。」
「は?」
俺は勢いよく振り返った。
そこには青い髪を広げてスゥスゥ寝ている来須水脈がいた。
「なんで寝てるの?」
「誓が意識失くした後、樹理華が来須さんの気を引いている間に星野が雷うったのよ。」
「雷!!!?」
「意識が飛ぶくらいのよ。ちゃんとコントロールできてるから大丈夫よ。」
ホッ。
「そっか、で月野はなんで髪の色が戻ってるんだ?」
「夜だったら目立たないかなって思ったんだけど…それに誓がきれぃってぃってくれたし…」
「ん?聞こえない。」
俺がそういうと月野は少し怒ったようにそっぽを向いた。
「知らない!」
「ママ…おいてかないでよ…ママ…ママ…あたし独りはやだよ…」
となりで寝ていた来須が泣いていた。
泣きながら「ママ、ママ」と繰り返し言っていた。
そんな彼女をみて自分の母親を思い出したのか月野の目にも涙がたまっていた。
「水脈のママは今どこにいるんだろうね…?」
樹理華が頬に涙を這わせながら俺に問いかけた。
「…実は俺の家にいたりして。」
「…はあ?」
月野は潤った目をまん丸にしながら俺を見た。
「来須風音さんは俺の教育係でした。」
「…それ、本気で言ってるの?」
「まぁ、本気だな。」
「なんで水脈に教えてあげなかったの?」
「…秘密。」
教えなかった理由は2つある。
まず風音さんの安全。
安易に国から逃亡中の彼女の場所をばらしてはいけない、と思ったから。
もうひとつは、来須水脈が風音さんに会いたいのかどうかわからなかったから。
彼女は口では風音さんを恨むようなことを言っていたし、親が犯罪者って結構言われてきたんだろう。
それでも本当に会いたいと思っているのなら、俺は後からでも来須に風音さんの居場所を教えるつもりだった。
「あっそ…」
月野は不機嫌にそういった。
「水脈ってさ、風音様のせいでいじめられてるんだって…樹理華が言ってた。でもね、樹理華は風音様を尊敬してたから水脈を避けなかったらしいの。
でもさ、今回樹理華は私たちとチームを組んだじゃない?
だからね、裏切られた!って感じちゃったんだと思う。
結果、彼女はチームを組めなくて独りで頑張ったみたいだし。
あと、樹理華も風音様みたいに人間にとられるのか!みたいな。
私ね、思うんだけど、水脈はちゃんと話せば私たちと仲良くなれるんじゃないかな。」
「あぁ、きっとなれるよ。」
俺は横で寝ている来須の頭をそっと撫でた。
月野が何故かさらに不機嫌になったが、よくわからん。
コイツが起きたら、伝えてやろう。
風音様の居場所を…
君は独りじゃないよ、と。