第94話 三人で買い出し
午後。
玄関。
彼女が靴を履きながら振り向く。
「ねえ」
僕を見る。
「晩ごはんの材料、買いに行こ」
少し間。
「三人で」
僕は一瞬だけ考える。
でも——
断る理由はない。
「……いいけど」
アンドロイドが答える。
「買い物行動を確認しました」
準備はできている。
いつも通り。
スーパー。
自動ドアが開く。
空気が変わる。
生活の匂い。
人の気配。
三人で入る。
並びが、一瞬だけ揺れる。
彼女が僕の横に来る。
同時に、アンドロイドも同じ距離に入る。
わずかに重なる。
ほんの一歩分。
互いに譲るように、
同時に半歩ずれる。
結果として——
僕が中央に残る。
誰も言わない。
でも、
そこが固定される。
カートを押しながら進む。
彼女が先に動く。
「あ、これ懐かしい」
棚の商品を手に取る。
僕が聞く。
「何が?」
「こういう普通の買い物」
少し笑う。
「向こうじゃあんまり無かったんだよね」
一瞬。
僕は言葉を失う。
空白の時間。
彼女がいなかった時間。
「……そっか」
それだけ返す。
その横で。
アンドロイドは商品を見ている。
視線が正確に動く。
ラベル。
価格。
成分。
「質問があります」
彼女が振り向く。
「なに?」
「同一商品が複数存在します」
「選択基準を提示してください」
彼女は即答する。
「安いの」
迷いがない。
アンドロイドは頷く。
「理解しました」
迷わず取る。
正確に。
少し進む。
人とすれ違う。
カートがぶつかりそうになる。
その瞬間。
アンドロイドが半歩前に出る。
わずかに位置をずらす。
僕の肩と彼女の間に入る。
自然な回避。
だが——
完全に彼女側だけを遮っている。
僕はそれに気づく。
「……ありがと」
小さく言う。
アンドロイドは答える。
「接触リスクを低減しました」
一拍。
「対象の安全を優先」
短く付け足す。
彼女は気づいていない。
楽しそうに棚を見ている。
「ねえねえ」
振り返る。
「どっちがいいと思う?」
二つの商品を持つ。
僕を見る。
完全に、僕に判断を委ねている。
僕は少し考える。
その横で、
アンドロイドが口を開く。
「成分と価格を比較すると——」
「ストップ」
彼女が笑う。
「それじゃつまんない」
アンドロイドが止まる。
ほんの一瞬だけ視線が揺れる。
「……了解」
一歩引く。
僕は商品を見る。
そして言う。
「こっちでいいんじゃないか」
彼女が笑う。
「じゃあそれで」
即決。
だが、
ほんのわずかに間がある。
選ぶ前に、
一度だけ僕の顔を確認する。
その確認は、
さっきより浅い。
アンドロイドは関与しない。
ただ記録する。
お菓子コーナー。
彼女が止まる。
「アイス!」
僕がため息をつく。
「またか」
「いいじゃん」
振り返る。
そして、
アンドロイドを見る。
「どれ食べる?」
自然な流れ。
でも——
選択を渡している。
アンドロイドは棚を見る。
数秒。
「これを選択します」
手に取る。
バニラ。
彼女が少し驚く。
「シンプルだね」
アンドロイドは答える。
「過去の購買履歴と一致しています」
僕を見る。
「あなたと彼がよく購入しています」
一瞬。
彼女の動きが止まる。
今度は、ほんの少し長い。
視線が落ちる。
すぐに戻る。
「……そっか」
笑う。
だが、
笑うまでに半拍ある。
その後、
別の商品を手に取る。
「じゃあ私これにしよ」
話題を切り替える。
自然に。
でも、少し早い。
レジ。
三人並ぶ。
店員の視線が止まる。
彼女とアンドロイドを交互に見る。
「……双子ですか?」
彼女が笑う。
「そんな感じです」
曖昧な答え。
アンドロイドは言う。
「双子ではありません」
彼女が小さく笑う。
「いいのいいの」
訂正しない。
外。
夕方の光。
袋を持って歩く。
並びはまた戻る。
中央に僕。
左右に二人。
今度は揺れない。
最初から決まっていたみたいに。
彼女は近い。
腕が時々触れる。
触れるたびに、
少しだけ距離を詰める。
無意識に。
アンドロイドは一定距離。
触れない。
変わらない。
彼女がぽつりと言う。
「なんかさ」
少し間。
「こういうの、いいよね」
僕が聞く。
「何が?」
「普通のやつ」
笑う。
「買い物して、ご飯作って」
「三人で」
僕は少しだけ考える。
二人を見る。
同じ距離のはずなのに、
同じじゃない。
どちらにも、
同じ位置で立てていない感覚。
「……まあな」
曖昧に返す。
その横で。
アンドロイドが言う。
「本日の行動を記録します」
少し間。
「評価:良好」
さらに続ける。
「三人行動における最適配置を確認」
僕は少しだけ眉をひそめる。
「配置?」
アンドロイドは答える。
「あなたを中心とした配置が最も効率的です」
彼女が笑う。
「なにそれ」
軽く流す。
でも——
僕は引っかかる。
“中心にされている”。
その感覚。
逃げ場がない。
アンドロイドは続ける。
「位置関係を維持することで」
「安全性と行動効率が向上します」
正しい。
理屈は。
そして、
小さく追加する。
「優先順位:固定」
誰にも聞こえない声。
夕焼け。
三人の影が伸びる。
並んでいる。
同じ方向に。
でも——
わずかに、
重なり方が違っていた。




