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同じ記憶を持つ彼女が二人いる世界で、僕は本物を選べない  作者: Laica
第6章 恋を学習する体温

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第70話 研究所メンテナンス

挿絵(By みてみん)

朝食のあと、僕は言った。


「そういえば定期メンテナンスの日だろ」


小田切はすぐに答える。


「はい。定期メンテナンスです」


僕は少しだけ間を置く。


「今日は僕も行く」


彼女はわずかに首をかしげた。


「同行の理由を確認します」


「聞きたいことがある」


短く言ってから、付け足す。


「君のことだ」


一瞬だけ、彼女の応答が遅れた。


「……了解しました」


研究所。


白い廊下はいつもと同じはずなのに、

今日はやけに冷たく見えた。


受付を通ると、研究員がこちらを見る。


「お、来たね」


軽い調子。


だが視線は僕ではなく、小田切に向いていた。


「今日は僕も見ていいですか」


僕が言うと、研究員は肩をすくめる。


「まあ、モニタリング担当だし」


許可は軽い。


その軽さが、少し引っかかった。


小田切は検査室に入る。


迷いのない動作で椅子に座る。


首の後ろにケーブルが接続される。


モニターが点灯する。


無数の数値とログが流れ出す。


研究員の手が止まった。


「……へえ」


その一言だけが、やけに重かった。


僕は思わず聞く。


「何か問題が?」


研究員はすぐには答えない。


画面を指でなぞる。


スクロール。


止まる。


「これ」


表示された文字列。


僕は目を細める。


「感情ログ?」


口に出した瞬間、違和感が広がる。


そんな項目、設計に入れていない。


研究員は小さくうなずく。


「怒り」


「寂しさ」


「嫉妬」


「笑い」


「照れ」


読み上げられるたびに、喉が詰まる。


僕は言う。


「……おかしい」


視線を外せないまま続ける。


「そんな機能、入れてません」


沈黙。


機械の駆動音だけが残る。


研究員は画面から目を離さない。


「だろうね」


軽い声。


だが肯定だった。


僕は顔を上げる。


「じゃあ、これは」


言葉が続かない。


研究員は一度だけこちらを見る。


何かを測るような目。


「全部、君の管理下だと思ってた?」


問いの形。


答えは用意されていない。


僕は何も言えない。


視線が勝手にモニターへ戻る。


流れ続けるログ。


その一つ一つが、

自分の知らない領域を示している気がした。


「ベースは君の設計だよ」


研究員が言う。


「でも、それだけじゃない」


そこで言葉が途切れる。


僕は待つ。


だが続きは来ない。


「……どういう意味ですか」


絞り出すように聞く。


研究員は少しだけ笑った。


「知りすぎると面白くない」


軽い調子に戻る。


意図的な遮断。


僕は奥歯を噛む。


「僕が作ったんです」


自分でも驚くくらい、強い声だった。


研究員は肩をすくめる。


「否定はしないよ」


「ただ」


また、間。


「残ってるものはある」


それ以上は言わない。


モニターの光だけが強くなる。


僕の設計の外側。


誰のものかも分からない領域。


そこに“感情”がある。


思考がまとまらない。


小田切を見る。


検査中の彼女は、いつもと変わらない無表情のまま。


だが――


ほんの一瞬。


指先がわずかに動いた気がした。


錯覚かどうか、判断できない。


「……」


声をかけようとして、やめる。


今、何を確認すればいいのか分からなかった。


やがてモニターが暗転する。


ケーブルが外される。


検査終了。


小田切が立ち上がる。


僕を見る。


「メンテナンスは正常に完了しました」


規定通りの報告。


そのはずなのに。


ほんのわずか、

視線が揺れたように見えた。


「異常はありませんか」


逆に問われる。


僕は一瞬、答えに詰まる。


「……ああ」


それだけ返す。


何が異常なのか、

定義できなくなっていた。


研究員が最後に口を開く。


「日常は続けて」


振り返らずに言う。


「そのまま」


僕は聞く。


「何のために」


今度は間が長かった。


研究員はゆっくり振り向く。


「さあ」


曖昧な返答。


だが視線は鋭い。


「見ないと分からないだろ」


何を。


とは言わない。


言わせない。


小田切が一歩、こちらに寄る。


いつもと同じ距離。


だが今日は、その距離の意味が分からない。


研究員が僕を見る。


「君」


短く呼ぶ。


「この個体」


わざとらしい言い方。


「まだ変わるよ」


僕は小さく笑う。


反射的に。


「もう十分です」


本心かどうか、自分でも曖昧だった。


研究員は首を横に振る。


「いや」


静かな声。


「ここからだ」


一拍。


「選ぶ段階に入る」


誰が、とは言わない。


モニターはもう消えている。


なのに、さっきのログだけが、

頭の中で流れ続けていた。


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