第1話 転校生が来た日
彼女が転校してきた日、
僕の平凡な高校生活は、ほんの少しだけ変わった。
――あとから思えば、
あの日から全部、ずれていた。
ホームルームの途中、
教室のドアが静かに開く。
「今日からこのクラスに転校生が来る」
ざわつく教室。
ドアの前に立っていたのは、
一人の女の子だった。
長い黒髪。
落ち着いた雰囲気。
でも――どこか柔らかい。
「自己紹介、お願い」
「……今日からお世話になります」
小さく頭を下げる。
名前を言ったあと、
少しだけ照れたように笑った。
その瞬間、
教室の空気がわずかに変わった気がした。
「席は……そこだな」
先生が指したのは、僕の隣。
彼女は静かに歩いてきて、
席の横で軽く頭を下げる。
「よろしくね」
「……あ、うん」
それだけの会話だった。
でも――
なぜか少しだけ、
世界の色が変わった気がした。
放課後。
教室には僕一人。
鞄の中から、小さな箱を取り出す。
丸い箱。
中には――
卵の形をした、小さなアクセサリー。
銀色で、
どこか不思議な光沢があった。
しばらく見つめる。
「……やめとくか」
箱を閉じる。
そのとき、
ガラ、とドアが開いた。
「ごめん、忘れ物」
彼女だった。
「まだいたんだ」
「うん」
少し沈黙。
彼女の視線が、
机の上の箱に止まる。
「それ」
僕は反射的に隠した。
「なんでもない」
彼女は少しだけ笑う。
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
ドアの前で振り返る。
「また明日ね」
「うん」
彼女は、ほんの少しだけ間を置いて、
「ありがとう」
と言った。
まるで――
まだ何もしていないことに対して、
先に礼を言われたみたいだった。
理由は、わからなかった。
帰り道。
鞄を落とす。
中身が散らばる。
箱も転がる。
拾い上げると、
アクセサリーに
小さなひびが入っていた。
「……あーあ」
少しだけ迷って、
僕はそれをゴミ箱に捨てた。
「まあいいか」
そう思った。
風が吹く。
ゴミ箱のふたが、わずかに揺れる。
その隙間から、
中の箱が転がった。
小さな音。
やがて、静かに止まる。
その中で。
壊れた卵のアクセサリーが、
――ひびの奥から、かすかに光った。
一瞬だけ。
すぐに消える。
その直前。
ほんのわずかに、
光の強さが揺れた。
まるで、
さっきまでそこにいた誰かを、
認識したみたいに。




