亜人の国③
昔々──古の時代のペネロパ大陸において、魔法という神秘そのものを生み出した民族が居た。
その民族の名はセレーア族。
絹よりも白い肌と髪、それから赤い瞳を持つ彼ら彼女らは、この世において魔法を操る唯一無二の存在であった。
しかし、それはあくまで百年も前の話。
テレゴネア王国の卑怯な手段によって、遥か昔から守り続けていた魔法が奪われたからというもの、セレーア族の運命は大きく狂い始めた。
魔法を奪ったテレゴネア王国は、まず最初に奪った魔法を用いてセレーア族にとある呪いを掛けた。
その呪いによって、魔法を使えなくするという制限を掛けられた人々は、対抗する隙も与えられないまま追い詰められていき、やがて──収容区へと押し込まれる形で故郷を奪われてしまったのだった。
一方、土地を奪ったテレゴネア王国はその地の霊脈を利用すること決めたのか、後に第二の王都と呼ばれる大都市である魔法都市ヤーガを建設。
そして、テレゴネア王国は世界屈指の魔法都市として発展していたのを尻目に、収容区に押し込まれたセレーア族は迫害と差別により、徐々に数を減らしていった。
「うぅ──」
とある病院の一室にて、意識を取り戻した青年ことディオンもそんなセレーア族の一人で、収容区にて意図的に行われた食料の強奪により、飢餓で苦しむ形で族長である両親を失っていた。
けれども、セレーア族が虐殺されることに耐えかねた一部の軍人達の協力により、ディオン達は収容区どころかテレゴネア王国を脱出し、北マルゴー大陸へと──リヴェール連邦国へと逃亡したのであった。
そして、数人の仲間を率いて川の流れに沿って移動していた際に、ディオンは連邦国の大統領であるペリウィンクル・フロレンチアと出会い、彼の物語は大きく動き始めていたのだが、この時の彼はまだそのことを理解していなかったのだった。
「ここ──は?」
薬品の匂い、そして収容区とは違って清潔な病室のベッドの上で目覚めた彼は、当然ながら戸惑っていた。
ただ、徐々に気を失う前の記憶を取り戻していったのか──ネレイド湖にて、亜人であるエルフとオークと出会ったことを思い出したのか、自分がこれから何をされるかで周囲を警戒していた。
しかし、そんな状態の彼の居る病室の中に入ってきたのは、ゴールデンレトリバー種のコボルトの看護師だったため、ディオンは大きく目を見開いていた。
彼女は優しい笑顔を浮かべると、彼に向けてこう言った。
「こんにちは。気分はどうですか?」
ベッドの上で目覚めたディオンに対し、そう声を掛けるコボルトの看護師。
彼女にとって、その言葉はありきたりな言葉だった。
ただ、セレーア族であるが故に迫害されたディオンは違ったようで──本能的に人間扱いされたと思ったのか、自然と涙を流していた。
あぁ、彼女は自分を人間として扱ってくれる。
魔法や故郷を奪われ、迫害されてきた自分を受け入れてくれている。
ただ、それだけのことでも──ディオンは涙を流す程に嬉しかったのである。
「あ、えと、その──大丈夫ですか!?」
そんなことを知らないコボルトの看護師は、泣いているディオンに対して慌てた様子でそう言ったが、彼女のその姿を見たディオンは尚更感激したようで、更に涙が止まらなくなっていた。
ちょうどその時、その場にエルフの看護師も現れたのだが──泣いているディオンの様子を見て、彼が泣ける程に回復したのだと感じたようで、その顔に微笑みを浮かべていた。
そして、慌てているコボルトの看護師に対し、こう言った。
「大丈夫ですよ、この人は安心して泣いているだけですから」
その言葉を聞いたコボルトの看護師はハッとした顔になった後、そのまま納得した顔に移り変わっていたが、目の前にコボルトだけではなくエルフも現れたことに対し、またもや戸惑っていた。
「なぁ、そこのエルフとコボルトに聞きたいんだが──ここはどこなんだ?」
ディオンがそう言うと、コボルトとエルフの看護師はお互いの顔を見合わせた後、その顔に優しい笑顔に浮かべながら彼に向けてこう言った。
「ここはリヴェール連邦国。私達のような亜人が暮らす国です」
「あと、貴方が出会った方はこの国の大統領──つまりは国王であらせられる人物、ペリウィンクル・フロレンチア様です」
二人の看護師からそう告げられたディオンは、その言葉が信じられないとばかりに目を丸くしていた。
と言うのも──収容区もいう陸の孤島に居た彼にとって、北マルゴー大陸どころかリヴェール連邦国の存在を知らなかったようで、自分がとんでもないことをしたのではないか?と思い始めていた。
そう思っている彼を尻目に、エルフの看護師はディオンが横になっているベッドに近づくと、安心させるようにこう言った。
「そういえば、保護された他のセレーア族の皆さんも目を覚まされたみたいですよ」
エルフの看護師がそう言った瞬間、その言葉の意味を完全に理解したディオンは、再びを目を見開く形でこう呟いた。
「──え?」
他のセレーア族も目を覚ました。
エルフの看護師の言葉を聞き、ディオンは仲間の安全が確保されたことが安堵し、まるで重い肩の荷が落ちた様子になっていた。
その顔には、仲間達が生き残ったことに対する嬉しさに加えて、守り切れなかった仲間達への後悔の念も胸の中から浮き上がってきたのか、二つの感情が混ざったような複雑な感情を映し出していたのだった。
そして、早く仲間達の下へと合流したいと思ったようで、ベッドから降りようとしたが──飲まず食わずだったが故に上手く体が動かなかったため、歯痒い思いを胸に抱いていた。
ただ、それでもなお仲間が助かったことが嬉しかったのか
「良かった──本当に良かった───」
大粒の涙を流しながらそう声を漏らした。
号泣しているディオンの様子を見た看護師達もまた安堵したようで、彼の下に病院食としてリンゴのすりおろしを持ってくると、そのまま病室を後にした。
そのリンゴのすりおろしを目の前に、ディオンは点滴に繋がれた腕を動かす形でそれを一口食べ、その美味しさに感動したのか、ゆっくりながらも力強い様子で食べ始めた。
甘く、優しい風味のリンゴを食べたことによって、生まれて初めて満腹感というモノを味わった彼は、改めて自分が生きていることを実感したのか、亡くなった両親や仲間達の分まで生きることを決意したようで、その瞳に生への執着を見せていた。
と、その時──病室に置かれていたラジオから心地の良い音楽が流れたため、ディオンは暇つぶしにその音楽を聴いているうちに眠たくなってきたのか、再び眠りに落ちていった。
ディオンが再び眠りに落ちたのと同じ頃──大統領公邸では、ペリウィンクルがとある書類を前に睨むような顔になっていた。
その書類の内容は、セレーア族が収容区内で体験した飢餓についての情報で、テレゴネア王国の残虐な行為に対し、誰にも聞こえない声でこう呟いた。
「──これではまるで、ホロモドールだな」
意図的に行われた食料の強奪という惨い事実を書類越しに知ったからか、それとも前世の世界で同じようなことが起きたからなのかは分からないが──とにかく、闇と言っても過言ではない事件の詳細を知った彼女は、顔に皺を寄せながらこう言った。
「やはり、人間達はそう簡単には変わらない──か」
彼女がそう言うと、ギャビンを筆頭にした側近達はその言葉に同意したようで、皆一同に険しい顔をしていた。
亜人として──奴隷として、人間達からの差別や迫害の経験のある彼ら彼女らにとって、人間が同じ人間を差別するとは思ってはいなかったのか、セレーア族へと憐れみと同情の感情に加え、テレゴネア王国への不信感が露わになっていた。
「どうしますか?閣下」
「──まずはセレーア族へのケアを最優先にしろ、テレゴネア王国の件はそれからだ」
ペリウィンクル自身も奴隷として苦渋を舐めてきたからか、セレーア族の境遇に悲しみと怒りの混ざったやるせない思いを持っていたようで、真剣な様子でそう言った後、ギャビンに向けてこうも言った。
「ギャビン、彼ら彼女らもまた我々も同じく虐げられし者だ。ならば──似た者同士で手と手を取り合って当然だろう?」
「ハッ!!」
恐らく、この一件は連邦国とテレゴネア王国との関係性に大きな影響を与えるかもしれない。
ペリウィンクルはそう考えつつも、かつて奴隷と人間と差別された経験があるからか、どうしてもセレーア族を見捨てることは出来ないと思ったのか、自分は生優しいエルフだな自嘲しながらも、大統領としての責務を果たそうとしていた。
こうして、秘密裏に先住民族であるセレーア族を保護したリヴェール連邦国は、戦争への道を少しずつ歩み始めていくのだった。




