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少女漫画家の見せしめ

1.

わたしは大学卒業後、神田の小さな漫画出版社に就職した。


入社一年目の編集部員で、名を滝沢明という。


会社は古びた六階建てのビルの三階までを借りており、四階から六階は他社のオフィスだった。


出版界は不況のどん底にあった。


どの雑誌も部数を減らし、我が社は生き残りをかけて過去の人気作を電子化する作業に追われていた。

 

わたしは少女漫画誌の編集部に配属された。

 

机の上はいつも原稿で埋まり、メールの受信音がひっきりなしに鳴っていた。


素人の投稿も多いが、編集者はまともに読まない。


先輩の梶原さんは、原稿をパラパラとめくり、無造作にゴミ箱へ放った。

 

彼は三十代半ばで、手際よく仕事をこなし、編集長の信頼も厚い。


だが、どこか人を突き放したようなところがあった。


ある日の午後、受付から電話がかかった。

 

少女漫画の持ち込みがあるという。

 

梶原さんは受話器を置き、「一階で待たせておけ」と言った。


それに「お前も来い」と、わたしに言った。


郵送された原稿など、いつもはまともに見もしないのに、なぜわたしを連れて行くのか、不思議に思った。


エレベーターで一階に降りると、制服姿の少女が立っていた。

 

鞄を抱え、不安げに視線を泳がせている。

 

テーブルの向こうには、他社の社員らしい男たちがコーヒーを飲んでいた。


「座って」

 

梶原さんはぶっきらぼうに言い、向かいの席に腰を下ろした。


わたしはその隣に座った。 


「原稿を見せて」

 

梶原さんが言うと、少女はおずおずと原稿を差し出した。


数ページ読むと、梶原さんは眉をしかめた。


「話が甘い。白馬の王子様?そんなの、今どき誰も読まない」


「絵も下手だ。君は少女漫画を読んだことがあるのか?」


「コマ割りも駄目だ。これじゃ紙芝居だ」


声が大きく、周囲の視線が集まった。

 

受付嬢が顔をこわばらせ、その悲惨な光景から目を逸らしていた。

 

少女は黙ったまま俯き、やがて小さく肩を震わせながら、しくしく泣き始めた。


「とても採用できるレベルじゃない。帰ってください」

 

少女は原稿を鞄に押し込み、小走りで去っていった。


「おい、滝沢、戻るぞ」


「梶原さん、言いすぎじゃありませんか」


「みせしめさ」


「みせしめ?」


「ああ。あれくらい言わなきゃ、また来る。お前も見込みがないと思ったら、ああやって追い払え」


わたしを連れて行った理由が、それでわかった。


2.

半年ほど過ぎたころ、都内から郵便で一つの原稿が届いた。

 

少女向けのギャグ漫画だった。

 

絵は稚拙だが、妙に生き生きしていた。


セリフの端々に、人を笑わせようとする切実さがあった。

 

読み進めるうちに、わたしは気づく。


登場人物が、下手なりに、ちゃんと呼吸をしていた。


「これ、面白いですよ」

 

わたしは梶原さんに原稿を差し出した。

 

彼は無言で読み、珍しく眉を上げ、編集長に渡した。


編集長もそれを読み、「これは面白い」と断言した。

 

すぐに作者へ電話をかけた。


「面白いね。これからも投稿してね」


「ありがとうございます」


受話器の向こうから、か細い女性の声が聞こえた。


それからも、彼女の作品は次々に届いた。

 

どれも完成度が高く、何より読後に温かいものが残った。


やがて採用が決まった。


「この作者、東京に住んでるんだって。直接打ち合わせしてこい」


そう言われ、担当に指名されたのは梶原さんだった。


そしてある日、彼はその少女と対面した。


「あれ?君とは会ったことがあるような」


「その節は、お世話になりました」


あの日、泣きながら帰っていった少女だった。





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