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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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9.取引



街の裏通り、店もないし薄暗いしで普段はあまり近寄らない場所だ。

そこにひっそりと佇むバーがあった。


closedと書かれているが、どうやらここが彼らの拠点らしい。

普段はこの街にはいないらしいが、たまにやってきてはこの場所に居座るんだとか。


トントンとノックする。


しばらくすると老年のバーテンダーが出てきた。糸目っていうのがなんともらしい人相だ。


「おや、営業開始までまだ時間はありますが、お子様がこの様な場所へいかがいたしました?」


「ニコラス=ファミリアの拠点はここであってるか?」


バーテンダーの糸目がきらりと光るが、こちらが表情を変えることはない。


「お客様でしたか。ええ、合っていますよ。中へどうぞ」


思ったよりすんなりと入ることができた。



「お客様、ここから先、武器の所持はご遠慮いただいておりまして」


「ああ、カミル」


「ッ、かしこまりました」


あからさまに嫌そうだが従ってくれた。

剣と投げナイフ5本を剣帯ごとバーカウンターに置く。

その様子をバーテンダーはじっと観察していた。


「こちらです」


バーカウンターの裏にある扉の先に案内される。

階段を登った先には、照明が落とされ、太陽の差し込む薄暗い応接室があった。

調度品はアンティーク調で揃えられており、これぞまさにマフィアの事務所と言ったところか。

バーテンダーによりランプに灯が灯される。


「それで、ベルティエ伯爵家の3男様がなぜこの様な場所に?」


どうやらこっちのことはお見通しらしい。

その言葉に後ろに立つカミルが警戒度を上げた。


ソファーに腰を下ろし足を組む。


「ついさっき、そちらの3人組と喧嘩をしてしまったので、根回しに来たんだ」


「それはそれは」


こちらの衣服に一切の乱れがないことを確認してニコリと笑う。


「うちのものが迷惑をかけましたね。しかし、この様な場所にのこのことやって来て、無事に帰れるとお思いで?」


「いいや、最悪乱闘騒ぎになるだろうなとは思ってるよ。左右の部屋から人の気配もするし。ただ、それだと家の人間を心配にさせる」


それは一番避けないといけないからな。

家から出さないとか言われるとたまったもんじゃない。


「でしたら力技の方があなたを困らせることが出来そうですね」


「まぁな」


そう言うと思ったよ。


「それ以外で言うと金で解決するやり方があるが、それだと面白みに欠ける」


「ほう」


「どうせならこちらにメリットがあるやり方にしようと思ってな」


今後のことを考えると金以上のものでこちらに縛り付けておきたい。


「お聞きしましょうか」


「そうだな、ちなみになんだが、お前ってここでどれぐらいの地位にいる?」


風貌からして平の構成員ではないだろう。


「そうですね。今はほぼ引退していて余生の楽しみとしてここのバーテンをさせていただいておりますが、あなたの望む言い方で言えば、先代の右腕を任されていた現相談役、と言ったところでしょうか。自己紹介がまだでしたね。ニコラス=ファミリア相談役、ディートフリードと申します」


「これはご丁寧にどうも。ベルティエ伯爵家、放浪息子のレオンだ。こっちは従者のカミル。しかし、こんな所に相談役がいるとは……。どうやら俺もそちらも運がいいらしい」


先代から今のボスに変わったのは10年ほど前。

血統を重視する組だし、今のボスに口利きができる地位である。

様になってるし、弱くはないだろうと思っていたが、本当に運がいい。


「こうなったのも何かの縁だ。お互いウィンウィンで行こうぜ。ということでまず手始めに。そちらの宝石から淀みを祓う方法についてだが」


その言葉にピンと来たディートフリードは片目を見開いた。

糸目が開眼したことになんだが感動を覚える。


「貴様、その情報をどこで」


口調ががらりと変わり、殺気がダダ漏れである。

そのエプロンの中からどんな武器が出てくるのか気になる所だが、とりあえずは隅に置いておこう。これから聞く機会もあるだろうし。


「情報の出所なんて二の次だろ。それにここで俺を殺してもそっちが大損するだけだぞ。まぁ、大人しくやられる気はないがな」


今にもなだれ込んできそうなほど、左右の部屋から緊迫した気配が伝わってくる。


「小僧が舐めた口を」


「二度言うつもりはないぞ。お前がここに座れば取引開始だ」


目の前にあるソファを指差すが、ディートフリードに動く気配はない。


「……」


「ちなみにだが、今日の俺はすこぶる機嫌が悪い。10秒以上待たせる様なら、金を置いて出て行くからな」


後ろに立つカミルから小切手を受け取り、これ見よがしに金貨1000枚の数字を書き、ぴらぴらと動かす。

俺の目を見て、貴族の息子の酔狂ではないと感じ取ったのか眉間に皺を寄せる。


「お前は一体……」


何者かと続きそうな台詞だが、俺が答えるつもりはないと目に込めて正面から見据えると、息を詰まらせた。


「……分かった。分かったからその目を止めてくれ」


「話の分かるじいさんで助かったよ」


にっこりと笑ってそう言う。


なるほど、この目はマフィアにも通じる、と。


うっすら察してはいたことだが、今世の俺のこの目について。

感情を乗せると相手を威圧してしまう性質があるようなのだ。

人を使うにはもってこいの才能だが、あまり気持ちのいいものではないな。


諦めてソファに座るディートフリードを見ながら、用済みになった小切手を凍らせ握り潰す。

すると砂の様にサラサラと砕け散り大気に戻っていった。


びっくりしてまた開眼しているディートフリードと、背後から感じるじめっとした視線。


「……レオン様」


「分かった分かった、もうしないよ」


「そこまで緻密な術が使えると言うことは、私に隠れて練習していましたね?」


「そりゃ、こんな魅力的な研究対象が自分の中にあるのに、やらない手はないだろ」


「次見つけたら旦那様に報告しますよ」


「分かったから」


つまり、カミルに見つからなければオールオッケーな訳だ。

1ミリも反省していない俺にため息をこぼした。


「ははは、中々愉快な少年だな。それで?うちとしては珍しく後手に回らざるを得ない案件だが」


「さっきも言った通り、そちらの宝石に巣食っているのは、淀みであり疫病の類ではない。魔法薬も治癒魔法も解呪魔法も一切効かなかっただろ?」


「そうだ」


先ほどから話している宝石の話だが、詳しく言えばニコラス=ファミリアのボス、その一人娘が床に臥せているというものだ。

ヒロインたちが学園に入学する半年ほど前に亡くなり、王都が荒れるという描写がある。

魔法薬、治癒魔法、解呪魔法いずれも効かず、なすすべなしだった様だ。

そしてヒロインは、同じ症状で倒れている孤児院の子供を見事治してみせる。


今回はそれを先回りしてしまおうという訳だ。


「体のアザは今どれぐらい広がっている?」


「……、四肢にはまだ広がっていないが、ここ一年でスピードが速くなったと報告を受けている」


「そっか、ならあと数年は猶予があるだろうな。ま、女の子を長い間苦しませるのもなんだし、手っ取り早く治してもらおう」


そっちの方がこちらとしても時間の余裕が出るし。


「カミル、次の満月はいつだ?」


「5日後かと」


「まぁちょうどいいか。ディートフリード、用意して欲しいものがある。そちらの宝石のことだしな、俺が与えるのは情報だけだ」


「もちろんだ」


「入手は難しいだろうが、森の中で満月の光がよく当たった水晶花と、同じく満月の光がよく当たる場所で一晩魔力水に浸した丸い星露晶。あぁ、あとは中級以上の光魔法が使える魔法使いもだな」


危なかった、俺光魔法使えないんだった。

カミルも中級がギリギリっぽいし。


「つまり、5日後の満月を逃すと1ヶ月後ということになる」


「分かった、探させよう」


「さて、今日はここまでにしておこうか。とりあえず6日後に連絡をくれ。1ヶ月後だろうが2ヶ月後だろうが、素材が揃ったらこの場所に来るから。くれぐれもうちの人間にバレない方法でな」


「了解した」


そう言いつつまだまだ隙を窺っているディートフリードに笑みが溢れる。


「どうぞ仲良くしてくれよ。そちらが俺の意思を履き違えないことを願ってるぞ」


立ち上がりながらディートフリードの目を見ると彼は表情を固めた。


「……分かってる」


俺の威圧に耐えられなかったのか、ふいと視線を逸らすディートフリードの反応に鼻で笑う。


「ならいいんだが。じゃあ、連絡待ってるぞ」


手を振りその場を後にした。


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