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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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8.ニコラス=ファミリア



それからというもの、2日に一回は街に繰り出すようになった。

研究の方はスピードが落ちたが、街に出れば羽を広げられる。

そしてその日はよく眠れるのだ。


俺の行動パターンが変わったことで両親からは驚かれたが、メンタルが安定していることが伝わったのかカミルを連れていくなら大丈夫だろうと許しをもらうことができた。


八百屋のおばさんとは顔見知りになったし、露店のおじさんとも世間話が盛り上がるほどになった。

半年もすれば、俺は街の人間として生きられるようになっていた。


そんなある日のこと、街の雰囲気がピリついていることに気づいた。

露店のおじさんに話しかける。


「どうしたんだ?なんかみんな怖い顔してるけど」


「あぁ。隣町に拠点があるニコラス=ファミリアの人間が来てるんだよ」


こそっと教えてくれた言葉に首を傾げる。

どこかで聞き覚えがあるグループ名だが、どこで聞いたんだったっけか。


「あー、裏の人間的な?」


「あぁ、王都にあるマフィアの中で一番古くからある組織だ」


「へぇー、なら今日は街探検辞めておこうかな。いつぐらいにいなくなるんだ?」


「聞いた話だと1週間ぐらいはいるらしい」


「えー……、長いわ……。わかった、しばらくは家で大人しくしてるよ」


「そうしておけ。じゃあな」


そう言って露店のおじさんと別れる。

とぼとぼとカミルを引き連れて歩いていると、ふと路地裏の光景が目に入った。


首輪を付けられた少年少女が、男に強引に引っ張られて裏口から建物に入っていく姿だ。

服とも呼べない最低限の布を纏い、痩せ細っている。精気のない瞳はどこを見ているのかわからない。

そのうちの一人の少女と目が合った。

その目だけはまだ生きることを諦めておらず、主人の首を虎視眈々と狙っているような色をしていた。


「……、嫌なものを見たな」


「マフィアの影響でしょう。街の治安が悪くなっているようです」


奴隷は違法ではない。

ただ規制の対象ではある。

あの奴隷たちは絶対に国が提示している待遇条件を満たしていないので騎士団を動かせば一発なのだが、裏にマフィアがいるとなると話は変わってくる。

マフィアは大体国との繋がりを持っているから揉み消されて、ついでに告発した人間を消して終わらせるだろう。


数日前までは平和な街だったのにな。


大きなため息をついて、その場を立ち去ったのだった。



そして1週間後、研究は捗ったが満足に夜も眠ることができず、疲労が蓄積していた。


「もう無理、街に行く。マフィアももういないよな?」


頭痛がひどい。

今にもかち割れそうである。


「ニコラス=ファミリアはまだ街に滞在しているようです。危ないので今日は魔法薬を」


「効かないってわかってるだろ?」


「……」


「せめて門の外に出してくれ」


「かしこまりました」



門をくぐると息がしやすくなったが、頭痛は相変わらずだった。


「レオン様」


「いい、少しだけ街の様子を確認しよう」


目を隠すには充分に伸びた髪をぐしゃぐしゃとかきながら、右手を頭に添え、冷たい手のひらをこめかみに当て頭痛を誤魔化していると、街の喧騒が聞こえてきた。

しかし様子がいつもと違う。


「?様子を見て参ります、レオン様はこちらでーー、レオン様⁉︎」


歩みを止めない俺を呼び止めるように駆けつけてる。


「レオン様‼︎危のうございます!」


「うるさい、頭に響くから叫ぶな。こちとら死活問題なんだよ、マフィアだろうとこれ以上邪魔されてたまるか」


「っ」


機嫌が悪いのを感じたのか息を詰めるように止めるのをやめた。

そして小さくため息をついてから諦めたようについてくる。


「何かあれば私を盾にお逃げ下さい」


覚悟の決まった顔で腰に刺す剣に手を添えながらそう言うものだから、思わず吹き出してしまった。


「ははっ、んな勿体無いことするかよ」


近衛騎士をしていただけあってカミルの剣技は一級品だった。

負けるとも思わないし盾にする分には問題ないのだが、その戦闘を見ずに尻尾を巻いて逃げるなんて、勿体無いことする訳ないだろう。


剣術を本格的に習ってみて、存外俺は剣との相性が良かったらしい。

平和ボケした現代日本で生きた割には、血生臭い剣技に魅せられている。



そんなことを思いつつ、いつもの通りに出る。


露店の並びに変わりはない。

それを瞬時に判断した時、左からドスの効いた叫び声が聞こえた。


視線を向けるといつもの露店のおじさんが、スーツを着ているが明らかにガラの悪い男たちに囲まれていた。


「今なんつったよ、ああ゛⁈」


「だから、あんたたちに売る商品はここにはないと」


「舐めてんのか、コルァ゛‼︎」


睨め付けられ身体はすくんでいるのに、おじさんに引くつもりは無いらしい。

全く何やってんだか。


「俺らにそんな態度とっていいと思ってんのか?ああ゛?ニコラス=ファミリアだぞ」


「それは知っている」


その返答に男の額に血管が浮かび上がった。

とうとう我慢の限界らしい。


「なら、けじめつけてもらわねェとなァ?」


そう言ってナイフを取り出し仲間たちがおじさんを取り押さえたところで声を掛ける。


「そこまでだ」


「ああ゛?」


「あっ……」


いよいよなす術なしと諦めていたおじさんが俺を見て驚いたように目を見開く。


「んだ、ガキかよ。舐めた口聞けなくしてやろうか?」


おじさんに向いていたナイフが俺の方に向く。

前に出ようとしたカミルを右手を挙げて止めると、こちらも驚いたようにこっちを見てきた。


「ハッ、その度胸だけは誉めてやるよ」


カミルが背後から警戒する中、男が俺の目の前に立つ。

だいぶ高い位置にある顔を髪の毛越しに見る。

酒臭いな、昼間から飲んでいたのか。


「しかし、お前みたいなガキに何ができるってんだ?後ろの護衛に守ってもらって後ろでガタガタ震えてろよ」


そう言いながら俺の頬にナイフの腹を当てペチペチと叩いてくる。


「言いたいことはそれだけか?」


「ンのヤロー、舐めてんじゃねえぞ‼︎」


そう言って逆の手で髪につかみかかってくる。

強制的にあげられた視線は、前髪があげられて明るくなった。

傷のあるいかつい顔が俺の目を見て、目を見開いた。


「今の俺は機嫌が悪いんだ。頭に響くから叫ぶなよ」


語気を強め不機嫌をぶつける様に眼力を強めると、男の動きが止まった。


その隙に頭を掴む腕をに両手をかけ、後ろに投げ捨て背中から地面に叩きつける。


「ガバッ⁉︎」


肺の空気が全て吐き出された様な声を出したが、すぐに膝を突き起き上がろうとする男の背に腰を下ろす。

そして今度はこちらがその髪を掴んで視線を至近距離から合わせる。

男の首からなってはいけない音が聞こえるが気にしない。


「この街に何しに来たんだ?1週間も待ったってのに、いつまで居座るつもりだよ」


「兄貴に何すんだテメェ‼︎」


「カミル」


「はっ」


食いかかる取り巻きをカミルに任せると一瞬で制圧が完了した。

無駄のない動きは惚れ惚れするほど綺麗だった。


「で?まだ答えは聞けてないが」


そう言うとペッと唾を俺の頬めがけて吐いてきた。


たらりと垂れるそれをやってきたカミルがハンカチで拭き取る。

痛い、痛いぞ。そんな強く擦るな。


「答えるかよ。俺を倒したぐらいでいい気になってるガキにニコラス=ファミリアが負けるとでも?」


「あぁ、そうだな。酒に飲まれてこんなところで道草食ってるお前は三下だろうよ」


「あ゛⁈」


勢いよく立ち上がった男から降りると、男は再びナイフを構えた。


「舐めてんじゃねェぞ!クソガキ‼︎」


「そう言うところだぞ」


罵倒の語彙が一辺倒すぎて、三下感が拭えないのだ。


そして小型のナイフのくせに大ぶりの振り。

案の定体の小さい俺はするりと懐に潜り込み、手のひらを顎に向けて垂直に振り上げる。


「ガッ⁈」


下は噛んでいないだろうが、衝撃が脳に伝わり脳震盪を起こしたのだろう。

意識を失い、後ろにふらぁっと倒れ込んだ。

バタンという音と共に静寂が街を包む。


そしてすぐにワァッと喝采が上がった。


褒めてくれる言葉に手を振り応えていると、おじさんがやってきた。


「すまん、迷惑かけたな」


「気にするな。それにしても、なんであんなことに?」


「金払わねえっつうから食ってかかっちまった」


「あーなるほど。でも、喧嘩の相手は選んだ方がいいぞ?」


「それはレオン様も同じですよ。この後、どうするおつもりで?」


呆れた様にカミルが言葉を挟んでくる。


「この街に滞在するニコラス=ファミリアの所に行こうかな。放置して変に拗れる前に先手を打った方がいいだろうから」


多少成り行きに身を任せたところはあったが、成果は上々。

これを機に一つフラグをへし折っておこうとほくそ笑む。


「おじさん。ニコラス=ファミリアが滞在してる場所を教えてくれ」


俺の目に何を見たのか、おじさんの顔が若干の恐怖に歪むのを横目に俺は歩き出した。


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