6.宿命
そして1ヶ月後、父に渡された偽名の口座には金貨3000枚が振り込まれていた。
日本円で言うと3億円。
軍部からの伝言を付け加えるならば、名を公表すればプラス1億らしい。
全力で遠慮させていただく。
「俺の人生、1億円だってさ」
「無礼にも程があります」
怒り浸透なカミルを見ていると、一周回って冷静になれる。
そして父が手を加えたらしく、通信機に使う技術を別々にバラしてそれぞれに特許を申請したらしい。
これで継続的に金が入る仕組みになったと言うわけだ。
まぁ、ある分にはありがたいので使わせてもらうが。
この1ヶ月、次のアイデアに関する情報を少しずつ集めていた。
前回みたいに10日で詰め込むのは、父の言う無理に当たるだろうということで、時間にゆとりを持たせている。
ただ、眠れないことに研究云々は関係なかったようで、前世の記憶を思い出してからというもの、まともに眠ることができず、最近は魔法薬に頼ってる始末だ。
日中の運動としてお試しで剣を習い始めたのだが、睡眠の質が向上する気配はない。
今世の身長は諦めるしかないかなと、変な方向に諦めムードであった。
「レオン、まだ眠れない?」
「うん」
食事の席で母にそう問われ力無く頷く。
「母と一緒に寝ますか?」
「いえ、遠慮します」
精神年齢的にそれは厳しいものがあるので、きっぱりと断った。
「そう?しんどかったらちゃんと言うのよ?」
「……はい」
いい人だよなという、どこか他人事のような感想を心の中でつぶやいた。
そんなある日のこと。
下の兄に呼び出された。
「お呼びですか?」
クロード・ベルティエ。
年は12、俺とは4つ離れている。
次兄の部屋は、何年か前に入った時よりおもちゃの量が減り、その代わり魔導力学の模型が多く置かれるようになっていた。
好きなのかな、なんて思いながら兄の言葉を待つ。
兄の顔は険しい。
なんだか良い話ではなさそうだと感じていると兄が口を開いた。
「お前、最近、調子乗ってるよな」
おっと、これは雲行きが怪しいな。
ここ最近の俺の行動が、どうやら気に食わないらしい。
この年代の子供は難しいからな。
前世の弟の一個上ぐらいだろうか。
「ーーくせに」
「?聞こえませんでした、もう一度」
「ッ!最近なんなんだよ!父さんと難しい話したり!母さんに1人だけ心配されたり!お前だけズルいんだよ‼︎」
おーおーなるほど。
両親に構ってほしかったわけだな。
「なんだよ、レオンは頭がいいって。俺なんか言われたことないのに……」
まあクロードは体を動かす方が性に合ってるだろうし、それでもこの部屋にある模型の仕組みは、頭が悪い人には理解できないはずだ。
分かっていておいているようだし、頭は悪くないのだろう。
頭がいいって言われたかったんだろうな。
父も、次兄の前で話すこともないのに。
「お前は特別だからいいよな、父さんと母さんに可愛がられて」
拗ねた子供のように口をとがらせる次兄に首をかしげる。
「?いや、クロードやジャン兄も一緒だろ?あえて言うなら末っ子ってだけで、決して俺だけ特別なわけでは……」
「お前だけ特別なんだよ。お前だけ、ーー兄弟じゃないんだから」
さらりと告げられたその言葉に、体が凍り思考が止まる。
よく知っている展開だ。
家族の中でひとりだけ異質な自分。
足元が崩れ落ちるようで、でも体は浮いたまで、今自分がどこにいるのか分からなくなるような空虚な寂しい気持ち。
またこの感覚を味わうことになるなんて、誰が思っただろう。
「その証拠にお前だけ目の色が違うだろ!うちの血筋にその色を持つ人間はいない!初めて見た時から気持ち悪いと思ってたんだ!父さんと母さんが突然赤ん坊を連れて来たと思ったら弟だと思えって?弟なんかじゃないのに、どうしろって言うんだよ!」
感情の乗った言葉が堰を切ったように次兄の口から溢れてくる。
ガンガンと言葉で頭を殴られているような感覚に耳鳴りがして顔がゆがむ。
クロードはダン兄に懐いていた。
俺もダン兄が好きだったし3人一緒に遊んでいたが、よく思い出してみると、クロードから遊びに誘われたことはない。
俺のことなんて、ずっと弟だとは思っていなかったのか。
それに父さんと母さんもあんなに優しくしてくれていたのに、本当の両親じゃなかった?
よその子だから気を遣って優しくしてくれていたのだろうか。
そこまで考えた時に吐き気が込み上げて来た。
どうにかそれを抑え込んでいると、どんと体を突き飛ばされた。
バランスを崩し尻餅をつく俺を見下ろし、尚も威嚇してくる。
「その気持ち悪い目なんてもう見たくない!」
ガシガシと力いっぱい髪を引っ張られて目を隠される。
「眼鏡でも掛けとくんだな!それで父さんと母さんに近づくな!偽物ヤロー‼︎」
そう言い捨てて部屋を出ていってしまった。
誰もいなくなった部屋。
静まり返る中で、魔導力学の模型の仕掛けがカチャンと音を鳴らす。
再び自分の居場所が消えたことに、前世も含め様々な思い出がよみがえり、思考が体から離れていく感覚がする。
しばらくするとトントンと控えめなノックの音が響き、カミルが中に入って来た。
「失礼します。お帰りが遅いのでお迎えに……、レオン様?」
尻餅をついたまま動けない俺にカミルが慌てて駆け寄り膝を付いた。
そして俺のボサボサの髪を見て怪訝な顔をした。
「なぜレオン様お1人でこのような場所にお座りに?クロード様はどちらへ?」
「……、……、ちょっと、喧嘩を……」
どうにか返すことができた声に、何かを察したらしいカミルは息をのんだ。
「ッ……、失礼しますね」
震える俺の声を見かねたのか、小さくない俺の体を抱き上げた。
軽々と持ち上がり視界が一気に上がる。
大きくて温かい腕に、無意識に体に入っていた力が抜けた。
「何があったのか、お聞きしても?」
「……、言いたくない。……、父さんと母さんにも言わないで、……絶対に」
首に手を回し肩に顔を埋めながら念を込めてそういうと、カミルの体が一瞬震えた。
「……?」
「……かしこまりました。このカミル、レオン様の秘密は守りましょう。しかしレオン様。お顔の色が優れません。このまま私が部屋までお運びいたします。よろしいですね?」
「うん」
運ばれるうちに限界が来ていたのか、眠りの世界に落ちていた。




