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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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3.記憶 2



俺の前世は母がいなくなったその日、大きな転換点を迎えた。


母を非難し俺を押し入れから引っ張り出したのは母の弟であった。

長年音信不通で、俺にとっては祖母の入院を知らせるために住民票に載っている住所にやってきたらしい。

朝帰りの母を見つけ逃げ出したところを共に来ていた従兄弟たちと共に追いかけて、戸籍自体存在していない俺を見つけたと言うわけだ。


母の弟に引き取られた俺は、その日生まれて初めて温かいお湯に浸かりふかふかの布団で眠った。


母の弟、叔父には奥さんがいた。

そのお腹には新しい命が宿っていると言う。


幸せそうな家庭で、これからさらに幸せを重ねるであろう場所の空気に胸が重くなる。

そして叔父はこう言ったのだ。

うちの養子にならないかと。


無理だと断った。

この場所に居場所はないと本能的に悟っていたからすぐにでも逃げ出したかった。

及び腰の俺に叔父は苦笑いを溢し、気が変わったら言ってくれと言ってしばらく俺をその家に置いた。



しばらくして、温かいご飯と温かい寝床に少しだけ慣れ始めた頃、奥さんの子供が生まれた。


退院してきた奥さんが抱えていたのは、おくるみに包まれた小さな命だった。

ベビーベッドに乗せられたそれから、俺は視線を外すことができなかった。

目を瞑り、握った小さな手を体ごと動かす生命体は未知の存在だった。


じっと見つめていると、ふと赤子の目が開いた。

小さな瞼から覗く黒い瞳は光を取り込み、そしてにっこりと笑った。


その光景に衝撃を受けていると、叔父が優しく声をかけてきた。


「どうだろうか、養子の件。考えてくれたかな」


「え?」


「うちの養子になればその子は君の弟になる。思う存分可愛がれるよ。どうかな?」


魅力的すぎる提案に俺は思わず首を縦に振ったのだった。



それからは幸せな時間が続いた。

愛してくれる叔父、いや、父さんと母さん。

心の隙間を埋める様に世話を焼き、可愛がれば懐いてくれた弟。

妹まで生まれ、俺はお兄ちゃんとしての家族内の役割を進んで担った。


気付けば弟も妹も大きくなり、俺は高校生になっていた。


そして事件は弟が中学校に上がる直前に起こった。


「兄ちゃんの嘘つき」


リビングでくつろいでいる時、弟が徐に話しかけてきた。

両親は仕事でおらず、妹は友達と出掛けていていなかった。


「急にどうした?兄ちゃんは■■に嘘なんてついたことないぞ?」


嘘なんてつけるはずがない。

この世で一番大切で愛してる弟なんだから。


「それ!それだよ!」


「うん?」


「クラスのーーちゃんに聞いたんだ!兄ちゃんは、僕の本当の兄ちゃんじゃないって!」


「ぇ……」


飛び出してきた言葉に思わず表情が固まる。

なぜそのクラスメイトが知っていたのか、そんなことなんてどうでもいい。

ただ、その時の俺の反応はその噂を肯定しているも同然だった。


小学生にはまだまだ処理しきれない問題である。

ボロボロと涙をこぼし始める弟に思わず立ち上がる。


「■■っ!」


「触るな!」


「うっ……」


初めての強い拒絶に胸が痛くなる。


「■■、お願いだ、話をーー」


「うるさいうるさいうるさい!嘘つきなんか嫌いだ!お前なんか僕の兄ちゃんじゃない!僕には兄ちゃんなんかいない!兄ちゃんなんかいらない‼︎‼︎」


その言葉に忘れかけていたあの金切り声が重なる。

産まなければ良かったと叫ぶ母と、俺をいらないと叫ぶ弟。

必要とされないという空虚な感情が胸を占め、冷たくなるのを感じる。


俺の顔が真っ青になっているのを見たのだろう。

どこか驚いた様に、そして少しの後悔を浮かべ、何かを誤魔化す様に俺を突き飛ばした。

椅子にフラリと倒れ込む俺。


「お前なんか知らない‼︎‼︎」


そう言い残して勢いよく家から出て行ってしまった。


身体が冷たくて、でも頭の中は熱くてぐるぐるしていて吐きそうだった。


そして数秒息を整えるうちに思い出す。

小学生の弟が家を飛び出して行ったことを。

危ないかもしれないと言う事実が動かない足に力を宿し、弟の後を追った。


こう言う時、弟は真っ先に公園を目指す。

大きな木の影で隠れていじけているのだ。


ただ、そこまでの道のりで車が通らないわけがなく。


弟が家を飛び出して何秒が経ったのか、体感では到底分からなかった。

10分以上経っていた様にも思えるし、1秒も経っていなかったかもしれない。

ただ無事でいてくれと言う願いを込めながら最後の曲がり角を曲がる。

その先には、公園に駆け込もうとする弟の後ろ姿があった。


無事だったことにホッとして、そしてもう一つの事実に気づく。


最後の横断歩道を渡る弟はやけくその様に走っている。

その信号は赤色を灯していた。

そして視界の右端にはかなりのスピードで進むトラックの姿が。

公園の横なので周辺の住民は徐行して走行していると言うのに、この時に限って土地勘に疎いトラックだった。


クラクションが鳴らされる。

驚いた弟は足を止めてしまった。

このままでは弟が轢かれてしまう。

そう思うと、脳のリミッターが外れたのか、遠く感じていた距離が一瞬で縮まった。


「■■‼︎」


名を叫びながら小さな腕を掴み思い切り後ろに放り投げる。

弟の体はだいぶ軽く、ふわりの後方に飛んでいくのが視界の中に映った。大丈夫だ、あそこなら安全だろう。

スローモーションになる視界の中で弟と目が合う。

驚いている弟ににっこりと笑ってやる。


兄ちゃん、嘘つきでごめんな。

本当の家族じゃなくても、

お前は大切な弟だよ。


そんなありきたりな念しか送れなかった。


でも、うまく笑えていなかったのだろう。


弟の顔が後悔に歪むのを最後に、俺の体に衝撃が走り、プツリと意識が飛んだ。


やっぱり俺の居場所はここにもなかったのかななんて思いながら。


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