28.啓示
次兄を引き止めるように現れたのは、ジュリアン王子だった。
今回の夜会、王族はファーストダンスを踊った王太子を除いて、壇上から降りる予定はない。
今もカンマネイルの国王夫妻を接待しており、ここにいるはずがなかった。
しかし、感情の歯止めが効かなくなっている次兄はその姿を確認することなく、まとわりつく虫にそうするように、雑にその体を払い除けた。
腕が王子の胸の辺りに当たり、軽い体は簡単に後ろに吹き飛んでいく。
そんな光景をスローモーションの中に見る。
それにカチリと思考がハマる音が聞こえた気がした。
王子を受け止めようとしているカミルが間に合いそうなことを確認して、俺は等倍に戻った世界の中で、次兄の腕に手を添える。
予想外の俺の動きに虚を突かれている次兄を絡めとるように、今度は地面を蹴り体を浮かせた。
次の瞬間、次兄は何が起こったのかもわからないまま、俺に後ろ手に拘束され地面に顔をつけ押さえ込まれていた。
「ッッ何をーー⁉︎」
「黙れ」
「⁈」
どうにか顔を上げた次兄だが、乱れた前髪の隙間から、俺の感情の乗った瞳を真正面から受け、その威圧感に息を詰めた。
王子が突き飛ばされている光景を見た瞬間、怒りとも違うなんとも言えない感情に突き動かされる様に、勝手に体が動いていた。
不思議な現象だったが、どこか腑に落ちている自分もいる。
幼い王子と出会ってから、前世の弟を重ねることも多々あった。
しかし今、王子は俺にとって守るべき『友人』であると、本能的に体が動いていたのだ。
その時、王族だからという理屈じみた考えは1ミリも浮かばなかったことに、内心笑みが溢れる。
「ダン兄、押さえてて」
「あ、あぁ……」
次兄より体の大きなダン兄と交代し、吹き飛ばされた王子の元に向かう。
カミルの腕の中でびっくりしたまましゃがみ込んでいる王子に怪我はないようで、それを確認してほっと息をつきながら、その場で膝を突き臣下の礼として首を垂れる。
本音では王子を王族として守ったわけではないが、事が事なので立場上、線引きは必要である。
「ジュリアン王子殿下。我が家の不始末により、殿下のお身を危険に晒しましたこと、深くお詫び申し上げます。この非礼、いかなる弁明も許されぬものと承知しておりますゆえ、いかなるお咎めも、甘んじてお受けいたします」
突き飛ばすなんて王族に対してあるまじき行為である。
家が潰れても文句は言えない。
しかし、そこまで言い切ったところで頭の上にゴツンと強めの拳骨が降ってきた。
「あいたッ」
全力で振り下ろされたらしいそれに顔を上げると、涙をボロボロと流す王子が立っていた。
その顔に驚きながら口を開く。
「重ねてお詫びをーー」
「そんなのどうだっていい!」
「殿下?」
ピリピリと肌に刺さるような怒りの感情に、王族の片鱗を見る。
初めて見る光景にその顔を見上げることしかできず、次の言葉を待つ。
「レオン。さっき、突き落とされそうになってる時、なんて思ったの?」
「それは……」
「死んでもいいって、思ったんでしょ?」
「……」
鋭い考察に口を噤む。
背後で次兄が耳を疑うように動きを止める気配がした。
尚も大粒の涙を流し続ける王子は、寂しそうな表情を浮かべ言葉を続ける。
「レオンが兄弟と仲が良くないのは知ってたよ。それで家に居づらいってことも。だから余計に分からないんだ。なんで苦手な人のために死んでもいいって思うの?」
心底不思議だと顔に書いてある王子に、少し視線を外しながら答えを口にする。
「……、家族ですから」
その一言に尽きた。
苦手だろうと、血が繋がっていなくとも、次兄は俺の家族なのだ。
『家族』
俺がそれに固執しすぎていることは自覚している。
俺だけが異質だとしても、どうしても手を離せないのだ。
俺が唯一、愛を受け取ることができた場所だから。
欲しいものはいつだってこの中にあったし、きっとこれからもそうなのだろう。
だからここまで心を抉られるのだ。
苦手だろうと何だろうと、切って切れるような縁ではない。
「僕には家族がそこまでいいものだとは思えないけどね」
王子がそう思うのも無理はない。
でも王子だってきちんと家族に愛されている。
執務の間を縫って会いにくる国王。
そして少し距離をとりつつも報告以外にも、ケヴィンや俺に情報を求める王妃。
王太子はよく分からないが、王女だってあの様子だと兄の存在は純真に想っているだろう。
涙を袖で拭き、キリッとした表情をする王子に、思わず姿勢が伸びる。
「レオン・ベルティエ」
「はい」
「僕のいないところで命を粗末にすることは許さない。分かった?」
まるで、王子の目の前で命を燃やせと聞こえる命令だ。
そして、王子の元になら死ぬまで居てもいいと許しを与えられているようで、深く胸を打たれる。
これもきっと『愛』なのだろう。
「ーーその命、承りました」
俺の瞳が考え事に目移りせずに、真っ直ぐに王子を見たことに、王子は小さく頷き満足げに目を細めた。
それを見てこの場が収まったと判断し、ゆっくり立ち上がりながら服を整える。
心機一転するように深呼吸を一つおき、俺はいつものように口を開いた。
「それにしても、殿下はなんでこんなところにいるんだ?まだ壇上にいた方がーー」
「陛下からお許しが出た途端、飛び出して行ったんだよ……」
やれやれと言った風に扉の影からケヴィンが姿を現す。
「ケヴィン……」
「いつからそこに?」
「はじめからいたぞ。ほんと、お前がいると退屈しないよな」
そう肩をくすめながら抑え込められたままの次兄に冷たい視線を送るケヴィン。
「見てたならそっちの報告頼めるか?」
「それぐらい構わないが、いいのか?」
「けじめはつけないとな」
この場では許されたが、相手が王族ともなると報告をしない訳にはいかない。
何かしらの咎めはあるだろう。
まぁ、俺と王子の間でやり取りは済んでいるので、そこまで酷いことにはならないだろうが。
「別にいいのに」
「殿下。俺が言うのもなんだが、もっと自分を大切にしてくれ。吹き飛んでる殿下を見て肝が冷えたぞ」
「むー……」
お互い様の状況に、王子は分かりやすくむくれている。
「じゃあ行きましょう、殿下」
「もうちょっとここにいてもいいんじゃない?」
「この手の報告は早い方がいいんですよ。行きますよ」
「はーい……。レオン、またね」
「ええ、また」
不貞腐れたまま去っていく王子に手を振り、その背中が見えなくなったところで、王子の今回の夜会の出来を褒めることをすっかり忘れていたことを思い出す。
まぁまた今度会った時に伝えればいいかと思い直し、ようやく振り向く。
這いつくばったままの次兄とじっと目が合った。
今回の件、俺は謝るつもりはないので、何か言いたそうな瞳から視線を外し、その背中に乗るダン兄に向ける。
「父さんへの報告はダン兄に任せてもいい?」
「俺か?」
「第三者からの報告の方がいいだろ?」
「それもそうか……、クロード、立てるか?」
「……」
背中から降り、ダン兄に腕を引き上げるように立ち上がる次兄は、無言のままだった。
先程まで感じていた強烈な怒りは鳴りを潜め、何かを考えるように顔を顰めるその姿を横目に、俺は父を探すため会場に足を踏み出した。
では皆さま、
((*`・ω-)ノ゜+。*゜+。良いお年を。+゜*。+゜




