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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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27.衝突



しんと静まり返った会場に、登場した少女の姿を見た貴族たちの感嘆の声がこだまする。


ラフィリアが身に着けている淡いブルーのドレスは、婚約者である王太子の瞳の色であり、古典的な上品なレースと先進的な輝くラインストーンが見事に調和し、美術品のような美しさを放っている。

新進気鋭のアルカナ・クチュールでも一線を画す作品であることは、誰が見ても明らかであった。

美しく結われた髪にはピンクの髪飾りが置かれ、青系統で揃ったコーディネートのアクセントとしていい仕事をしている。


軽く伏せられた瞳はブルーダイヤモンドのように光を溜め込み、紅が指された小さな唇は幸せそうに弧を描いている。


ラフィリアにはいつか着てほしいと、創設当初から手元で改良を重ねていたデザイン。

そして俺が提示したのはその中の3つ。

ブティックのマネージャーがオールドラン公爵家に出向き話を詰めたようだが、その中でラフィリアが選んだであろうドレスに頬が緩む。

俺自身、ラフィリアに一番似合うと思っていたものだったから。


あのドレスをデザインしたのは俺だ。

それでも、それを着るラフィリアをこの場で一番輝かせているのは、隣でエスコートしている王太子なのだろう。

彼女は、恋する乙女は何倍にも美しくなるという言葉を体現していた。



会場の中央に進んだ2人は、向かい合い舞踏を始める体勢を取った。


そしてオーケストラがゆったりとした曲を奏で始め、2人は息の合った舞踏を披露する。


母親の後ろに隠れていた引っ込み思案な彼女はもういない。


婚約が発表されておよそ2年半。

彼女は向かい合う王太子の顔を見て微笑んでいる。

幸せが彼女に自信を与えているのは、誰が見ても明らかだった。


乙女ゲームが始まるまであと3年を切っている。

あの幸せそうな顔を向けられてもなお、王太子は出会って間もないヒロインに陶酔していき、憎しみで狂うラフィリアを何の感情もなく断罪するのだ。

それだけはどうしても理解できなかった。


訪れるであろう未来に思わず息をつく。


すると抱え上げ左腕に座ったままの王女が、俺の頬に手を添えた。

見ると哀しげな目をしている。


俺と感情を共有したような顔に苦笑いを浮かべる。

あながち、その予感も当たっているのかもしれない。


もし本当に感情が共有されたのなら、矛盾だらけで複雑怪奇な俺の心は、幼い王女にとって理解し難いものだろう。

同情されたのかな。


「気なんて遣わなくて大丈夫ですよ。もうずっとこの調子なので」


物心着く頃からずっと、ジレンマと共に生きている。

最近では、泥沼のような感覚に感情が動くことは少なくなってきた。

もはや麻痺しているも同然だろう。

愛されたいという人間の根幹的な欲求は、満たされなかった俺を歪に育てたのだという自覚はある。



皆に注目される中、ふわりふわりと舞う2人をどこか遠い景色のように眺める。


まるで花畑の中でステップを踏んでいるようで、幸せオーラ全開のラフィリア。

しかし、それを受け止める王太子の顔に、感情らしいものは一切見えない。

どこか仮面じみた完璧な笑みで『対応』しているという印象を受ける。

契約の上に成り立っている関係であると、心の中ではそう思っているのだろう。


その光景に、胸の底からそこはかとない不快感が込み上げる。

そんな調子だからヒロインがつけ入る隙が生まれるのだ。


舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、その場から逃げるように踵を返し、王女を抱き抱えたままバルコニーに向かうのだった。





人の気配をどこか遠くに感じるバルコニーは肌をなでる夜風が幾分も心地よかった。

モヤモヤとしたままの心まで綺麗に洗い流してくれるようである。


しばらく星空を見上げていると、会場からわっと歓声が上がった。

2人の舞踏が終わったのだろう。


ガラス越しに会場の雰囲気を眺めていると、席を外していたらしいカミルが2本のドリンクを持ってきた。

一つを王女に渡し、もう一つを俺が受け取る。

王女は何も言うことはないため、しばらく互いに無言の時間を過ごすが、終始ニコニコしている王女を見ていると退屈することもなかった。


しばらくすると音楽の曲調が少し明るくなった。


母のスパルタな教育方針により、俺たちは舞踏や楽器の稽古を受けている。

クラシック音楽は嫌いじゃないし、体を動かすことも好きなので、そのどちらも指導者には好評である。

つい会場から聞こえる音楽にじっとしていられなくなり、曲に合わせて王女の体をゆったりと揺らしていると、揺れが心地よかったのだろう、王女がうとうとと船を漕ぎ始めた。

確かに、いい子はもう寝る時間だろう。


自分のグラスはバルコニーの柵に置き、不安定になっている王女のグラスを取り上げる。


「私がお運びします」


そう言ってお付きの男が王女を回収しようと腕を伸ばしたので、王女を受け渡そうとする。

しかし、お別れだと察したのか寝ぼけ眼で襟元をギュッと捕まれてしまった。


不機嫌そうにシバシバと目を瞬かせている王女に笑みが漏れる。


「今日はお休みなさい、王女殿下。また会えますから」


囁くようにそう言うと、今にも閉じられそうな潤んだ瞳が俺の目を覗き込む。

前髪の間から俺の瞳が見えたのだろう。

まるで宝石を見つけたかのように目を見開く王女に微笑んで見せると、幸せそうに緩んだ笑みを浮かべ俺の耳に顔を寄せた。


「ーー」


「ええ、良い夢を」


言葉では聞こえなかったが、何を言っているのかは感覚的に分かった。


大人しく俺の襟から手を離す王女。

意思の疎通が取れている俺たちに少し居をつかれている様子の付き人に王女を受け渡す。


ぺこりと頭を下げ、こちらに背を向ける付き人の肩越しに見える王女に手を振ると、控えめに小さな手を振り返し、抱えられたまま去っていった。




会場の喧騒とガラス一枚隔てただけで、まるで別世界のような孤立感が込み上げる。


人の気配が減ったことにうら寂しさを感じながらため息を吐く。

先ほどまで感じていた重みと温もりを辿るように左手を眺めながら、柵に背を預けた。

柵に置いたままのグラスを取り一口飲むと、冷たいジュースが体を中から冷やしていく感覚がする。


夜会も終盤である。

夜会に出た目的である王子の緊張をほぐす役割も終わったし、ラフィリアの姿も目に焼き付けた。

このまま帰っても問題はないだろうと柵から体を離したところで、扉が開く気配がした。


見ると、少年から青年に差し掛かり始める頃の子供が2人。

そのすっかり忘れることができていた顔を見て、上機嫌だった心がズーンと重くなるのを感じた。


そして先頭に立つ少年が、俺の姿を認めるや否やものすごい形相で歩み寄ってきた。


「ッお前、やっと見つけたぞ!」


俺を家族から離れさせた本人が何を言っているのやら。

やってきたのは次兄とダン兄である。


後ろからついてきたダン兄は、影で立っているカミルに気付き、頭を下げてからやってくる。


せっかく離れていたというのに、わざわざ向こうからやって来るとか勘弁してほしい。

何かに怒っている様子だが、しかし突き返すわけにもいかず訳を聞いてみる。


「どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたもあるか!お前、ジュリアン王子殿下と親しいのか⁈」


その言葉に首をかしげる。


「え、まぁ、そうだな?たまに遊び相手として呼ばれてはいるが」


そう返したと同時に、次兄の中の何かが切れたように顔つきが変わった。


そして、いきなりその腕がこちらに向かって伸び、俺の胸ぐらを力づくで掴みかかってきた。

背丈も一回り違い、力負けしている俺はそのまま踵を浮かし、背後にある柵に雪崩かかるような体勢になる。

会場の照明から陰になった次兄の顔の中で、二つの赤い瞳がメラメラと怪しい光を放っていた。


会場は城の3階にある。

柵から身が乗り出している状態なので、側から見たら相当危ない状態だろう。


しかしカミルは俺に危害が加わるとは思っていないようで、次兄を睨みつけるだけで動こうとはしない。

ダン兄も危ないとは思っているようだが、いつでも動ける体勢を取るが次兄を止めようとはしていなかった。どうやらダン兄は俺の身体能力を正しく認識しているらしい。


胸ぐらが掴まれ服がよれ首が閉まる中、あくまで冷静に次兄の顔を見る。


「ッ、ホント、何なんだよお前は!」


「……」


悲痛な叫びがこだまする。

次兄の肩越しに見える会場からの視線はないことに、少しだけ安堵する。


「3年前に言ったよな⁉︎調子に乗るなって!それが、どうして俺らを出し抜いて王子と仲良くなってんだよ!」


「仲良くなったのは成り行きだ。出し抜いてなんかーー」


そう言うと、更に力が込められた。


「そういうとこだよ。いつも余裕ぶりやがって。その、俺らを小馬鹿にしたような態度がいちいちムカつくんだよ!」


頭に響く声に顔を顰める。

3年前と比べ力も言葉も強くなっている威圧的な言動に、思わず身が竦む。


「俺が哀れか?お前に比べて、父さんに褒められるような頭もなければ剣の腕もない。才能がない人間が必死こいて喰らい付いてる様を見て笑ってんだろ!」


「何を言ってーー」


クロードが暇さえあれば庭で剣を振っているのを知っている。

学園に入学して剣も魔法も優れていないと入れない特進科に入っていることも、成績がいつも上位であることも。

そこまでできるのに、なぜ才能がないなんて言えるのか。


才能に溢れ、努力を惜しまない次兄の、理想に必死に喰らいつく姿は、誰にでも真似できるものではなく、美しいものである。

それがなぜここまで自己認知が歪んでしまっているのか。



その原因を考えた時、真っ先に思い至った答えに、それまでの困惑が『恐れ』に変わる。


そう、ここまで歪めてしまっているのは、俺。

俺の存在そのものなのだと。


次兄が本来、父から受けるはずの賞賛は、前世の記憶がある異端の俺に全面的に向かっている。

俺がいなければ、もしくは俺が俺でなければ、次兄はここまで自己否定的にならず、父にその才能を認められ、愛情を一身に受けることができたのだろう。


この家族にとって、異物でしかないことを再認識してしまい、思わず体から力が抜ける。


その変化に気付いたのはカミルとダン兄だけであった。

一線が越えられかねないと咄嗟に次兄を止めようと足を踏み出している。


しかし掴みかかったままの次兄はというと、感情の昂りをそのままぶつけるように、俺の体を更に後ろに押し出そうとする。

これぐらいの高さなら、落ちても受け身を取れると踏んでいるのだろう。


しかし当の俺にその気はなく。


どこか遠くに見える景色と共に、訪れるであろう浮遊感に身を任せようとしていたのだがーー



「ーーレオンをいじめるな!」


響く幼い声に、離れていた思考が現実に戻される。


声の主に視線を向けると、次兄の何回りも小さい背丈の少年が、涙目で次兄の裾を引っ張っていた。

こんなところにいるはずのない姿に、次兄以外が揃って目を見開いた。



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