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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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23.脅迫




ブランジェ伯爵邸にて、俺は険しい顔をしているヘルマの父親と対峙していた。


「ーー何が言いたい」


「どうやらご当主はご存知ないようだ。夫人、心当たりはございませんか」


「ーーないわね」


視線は逸らさない。

その自信は大したものだ。


「俺はヘルマさんと同じ症状で悩んでいた女性を1人知っている。彼女は食事をした後は決まってお手洗いにこもっていた。そしていつもやつれた顔をして出てくる。当主、彼女はお手洗いで何をしていたと思う?」


「用を足していた、と言うわけではなさそうだ」


「ええ、俺は気になって使用人に見に行かせた」


その時は俺の家に来ていたから自分で見にいったのだが。


そして目にした衝撃的な光景は、決して忘れることはできないだろう。


「彼女は自分の口に指を入れ、自己的に嘔吐を繰り返していた。何度も、何度も。胃の中が空っぽになって胃液しか出てこなくなっても、そうしなくてはならないと自己暗示をかけながら」


その光景を想像して、顔から血の気が引くのは当主だけだった。

ヘルマは少し辛そうに、夫人はさも当たり前のように座っている。


「女性の美意識に異を唱えようとは思わない。だが、そうまでして手に入れることができるのは、不健康な細さだけだ。何より、ヘルマは更に血まで抜いてしまっている。倒れるのも時間の問題でしょう」


「一体なぜそんなことを……」


顔色を悪くしてヘルマを見る当主。

ヘルマは耐えられず視線を逸らした。

そしてここでやっと夫人が口を開いた。


「子供が知ったようなことを言うわね」


「……友人の命がかかっていますから」


「ベラ、お前ーー」


全く動揺を見せない夫人に当主も疑念を浮かべたのだろう。

当主が問いただそうとすると、夫人は食い気味に口を開いた。


「美しさを追い求めて何が悪いのかしら。社交界では美しさこそ最大の武器なのよ」


「ええ、存じています」


母にその言葉は何度も何度も聞かされている。

最大の武器であり、最大の防具であると。

それがなければ土俵にすら上がれない残酷な世界だ。


「知っていながら非難するつもり?半年前までのヘルマは理想の体型とは程遠かったわ。サロン・ヘルヴェールのドレスだってサイズがギリギリだったのよ。先日のお茶会でやっと着せられるようになったのだから」


なるほど、そう言う理由があったわけか。


きっとそのサロン・ヘルヴェールというブランドのドレスを着ることが、ここ最近の女性たちのステータスなのだろう。

極端な広告塔がいると、振り回されるのはどこの世も同じか。


「事情は分かりました。しかしそれでも、やり過ぎであると進言します」


「ッッ、話にならないわ!よその家の、しかも男の子供に何が分かるというのよ!」


憤りを露わに立ち上がる夫人。

横にいるヘルマはその声にびくりと肩を振るわせた。


「ベラ、よさないか」


「あなたは黙っていて!」


差し出された手をバシッと振り払った。

当主はそんな様子にため息を吐く。


何か気に食わないことがあると逆上する。

きっとこの家にとってこれが日常茶飯事なのだろう。


「理解はしています。この問題が根強いということも」


「嘘おっしゃい!分かる訳ないわ!」


「ならば、分からないということにいたしましょう。しかしーー」


感情を乗せた目で夫人の瞳をまっすぐ見据える。


「ッ」


「命を削ってまで手に入れる美なんてものは、ただの虚像でしかない。自然体こそがヘルマの持つ美しさだ。これは断言する」


俺の圧に押され唇を噛むことしかできない夫人を見据え、過去を思い返す。


前世で出会った彼女も、己を呪うように自己嘔吐を繰り返しプロポーションを保っていたが、その代償は大きかった。

食事を見るだけで顔色を変え泣き喚く姿は、今も脳裏にこびり付いている。

精神科に通い俺と過ごす中で少しづつ症状は和らぎ、どうにか受け入れられるようになっていった。

体重も標準まで戻す事ができ、ありのままの姿で笑う様になり、遂には自分の夢を見つけ、俺の手から離れていった。

申し訳ないと言いながら別れを切り出し、夢を語ったあの時の笑顔が、彼女と出会って一番美しいと感じたのだ。


「ーーそれでもなおヘルマにあなたの美学を強要するようであれば、然るべき対応をさせてもらう」


「君……」


「当主、これは虐待の域に達している。俺が告訴すればそちらは大きく不利となるだろう」


「……私を脅すつもりか?」


年下の子供に威厳を表す当主だが、こちらに引くつもりは毛頭ない。

この国の司法も、貴族の虐待にはかなり敏感で、よほどのことがない限り加害者は罰せられるのが通例である。


「えぇ。当主には選んでいただく。このまま夫人をこの家に置くつもりならば、私はヘルマを連れてこの家から出て国に告訴させてもらう。しかし、俺もベルティエ家の人間だ。実家の手前、できることなら穏便に済ませたい。夫人を領地に送り、ヘルマと離して暮らせるようにするならば、告訴は控えよう」


「何をバカなことを!どれもお断りよ!あなたが出る幕ではないでしょう!?」


歯を剥き出しにして怒る夫人を睨め付ける。


「聞いていなかったのか?これは立派な虐待だ。大事な友人を失うぐらいなら、強引だろうが最後まで突き抜かせてもらう」


「生意気なッッーー」


「ーーベラ」


「?!あ、あなた、まさか受け入れるつもりではないでしょうね!このような子供の戯言を」


「ああ子供だな。しかし彼は本気であろうよ。必ず最後まで成し遂げてしまう。そうなったらこちらの負けは確定だ」


「あなたも虐待だというの?ただの躾けでしょう?!」


「はぁ、そういう人間が一番いいそうな事を……」


ようやく正しく認識してくれたらしい。


「お前には領地に行ってもらう」


「あなた!」


「数年頭を冷やしてこい」


「信じられない!こんな子供に脅されてッ。ヘルマもヘルマよ!なぜずっと黙り込んでいるの?!母がこんな理不尽に遭っているというのになぜーー、ヒッ?!」


喚き散らす夫人に怒りを込めた目を向けると、夫人は喉を引き攣らせたじろいだ。


本当に、こういう親は嫌いだ。

自分が不利だと思えば、それまで無視していたにも関わらずいきなり引き合いに出して、その意思を確認する事もせず、親なのだから助けるのが当然だと言って責め立てる。


「子供は親の操り人形ではない。理はこちらにある。反省するまでヘルマに会わないでもらおうか」


「〜〜ッッ‼︎」


「……連れて行け」


当主の言葉で数人の使用人が夫人の手を取り退出していった。

俺の目が見えなくなったところでようやく圧から解放されたのか、廊下からは聞くも耐えない金切り声が聞こえ、次第に遠ざかり消えていった。


しんと静まり返った部屋に当主のため息が響く。


「情けないところを見せたね」


「いえ、気にしていません。それより、ヘルマ、大丈夫?」


隣を向き顔を覗き込む。


ヘルマは複雑そうな顔で震えていた。

重圧から解放された安堵と、どこか寂しげな表情。

それを見て俺も少しホッとしたように笑みをこぼす。


「ヘルマ、俺はああ言ったが、会いたくなったら領地に行っても良いんだぞ」


「え……?」


「たった1人の母親だろう?最近少し過剰になっていただけで、普段は優しい人なんじゃないのか?」


「うん……」


遠い昔の幸せな記憶を思い出しているのか、悲痛な表情を浮かべる。


前世で叔父の家に引き取られてから、俺はあの人に会っていない。

生みの親であるにも関わらず、あの人は俺の事を1ミリも愛していなかった。

大人たちは会わせられないと判断したのだろう。


救いようない人はどこにでもいるものだ。


それでも、ヘルマの中に愛された記憶があるのなら、きっとあの人とは違うのだろう。


「縁を切る必要はない。2人とも、落ち着いたら話をすれば良い」


「うんっ……」


ぼろぼろと涙をこぼし始めるヘルマに柔らかい笑みを浮かべながら、ハンカチを手渡す。

その様子をじっと観察する当主。


「大したものだ。君はヘルマの2つ下だろう?」


「お褒めに預かり光栄です」


「……少し生意気なところは直したほうがいいと思うがな。一体どんな教育をすればこんな豪胆な子供になるんだ……」


若干貶されているような気もする。


うちでの教育といえばマナーや教養ぐらいで、この性格は前世の俺を含めたものだから家庭環境は直接の原因ではないだろうが。

しかし、言われてみれば前世の俺と比べると、言動は豪快になってる様な気がしなくもない。


まぁ、考えて答えが見つかる様なことでもないので、さっさと話題を変える。


「さて、ヘルマの問題についてですが。この類は原因が去ったからといってすぐに良くなるものではありません。専門家による精神的なサポートが必要不可欠です」


「医者が必要という事だな?」


「ええ、俺の方で1人心当たりがありましてーー」


その言葉を口にした瞬間、背後から声が降ってきた。


「やーやー、呼んだかい?レオン君」


「音もなく背後に立つのをやめろとあれほど……」


「レオン君を驚かすのが最近の楽しみでね」


「悪趣味な……」


頬をツンツン突いてくる男の腕を払う。

長い銀髪をざっくばらんに結い、白衣を見に纏っているいかにもと言った男である。


「君、この者は……」


扉は開いているからそこから入ってきたのだろう。

気配がしなかったからもしかすると不法侵入かもしれない。


「紹介しようとしていた医者です。癖はありますが、腕は確かなのでーー」


「はじめましてー。この女の子が患者かな?お年頃なのに痩せてしまってまー。この子を肥えさせればいいんだね?」


「ああ」


「承ったよ。どうやらこの子()レオン君が守りたい子のようだし、丁重に扱わせてもらうよ。ーー僕の名前は、リエン・バーキーだ。どうぞよろしくね」


近付くなりフランクにパチリとウインクするリエンに、ヘルマはどうしていいか分からずキョドキョドしている。


「リエン・バーキーだと?」


「どうやら僕の名前をご存知のようだ。父君も、よろしくね」


同じようにウインクするが、当主はそれどころではないらしい。


「ああ……。この国の名医じゃないか。レオン君、君は一体……」


リエンはこの国では珍しい流れの医者である。

医者は大体は国に仕えており、連盟を組み各地に散らばっている。

大体の病気は治してしまうと有名な医者だが、捕まらない事で有名なのだ。

貴族たちも囲い込もうとするが、その度にするりとすり抜けている。


知り合ったきっかけは、ニコラス=ファミリアに魔法薬の情報を流すようになった頃にあった。

頭の硬い国のお抱えの医者たちは、新しい薬を使う事を躊躇ったのだ。

しかし、リエンは積極的に使いその有用性を証明してみせた。

向こうから発案者とコンタクトを取りたいという要望が来て、渋々応じたのだ。


それ以来、呼べば飛んでくるようになった。

今日も結局はこうなると大体わかっていたし、俺がヘルマの家に向かうようになれば呼ぶように頼んでいたのだ。


腕はピカイチなのに、この鬱陶しさはどうにかして欲しいものだ。

まぁ、一癖も二癖もある人間ほど才能に恵まれているから否定しづらいが。


「さて、役目は終わったし、俺はそろそろ帰ります」


「世話になったな。夕飯でも食べて行かないか」


この言葉を引き出せたということは、今回の一件でかなりお近づきになれたのだろう。

しかし俺は、苦笑いを浮かべながら首を横に振る。


「せっかくのお誘いですが遠慮しておきます。家の者が待っていますので」


お小言と共に。


「そうか、なら後日改めて礼をさせてくれ」


「かしこまりました。じゃあヘルマ」


座ったままリエンに診察されているヘルマの頭に手を乗せる。


「元気になったらまた演劇でも観に行こう。その時は連絡してくれ」


「うん」


やっと緊張の緩んだ笑顔で笑ってくれたヘルマに笑みを返す。


「リエン、頼んだぞ」


「おまかせあれ〜」


相変わらず軽い感じで手を振るリエンに手を振り返し、俺はブランジェ伯爵邸を後にした。




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