22.訪問
「さて、言い訳を聞こうか」
カフェの一角、俺は1ヶ月前と何も変わらないヘルマと対峙していた。
「……」
「精神的なものだから難しいのは分かる。俺も、同じ人を見たことがあるからな」
あの子は俺と付き合っている間にどうにか持ち直した。健康になって結局愛が重いってフラれてしまったが、俺は巣立ったようで嬉しかったのを覚えている。
年頃の娘にとって体型の変化は繊細な問題だ。
ここ数年で大きく変わる自然なものだから受け入れるしかないのだが、ヘルマがやっていることは度が過ぎている。
「俺の手紙は読んだか?」
「うん……」
「となれば原因から取り除かないと無理か……」
これ以上太りたくないと言う切迫した思いから繰り返す自己嘔吐。
そして白い肌を維持するための、瀉血。
ヘルマの手と腕にある傷はその証拠だった。
流石に付き合っていた子は瀉血まではしていなかったが。
「この前のお茶会でヘルマが引っ付いていたご令嬢方は友達か?」
「……たまに会うだけであまり話はしないかな」
「そうか、なら原因は家の方だな?」
「……」
目を逸らすヘルマは答えを言っているようなものだった。
「あまり家の問題によその人間が口を挟むものじゃないんだが、こうなれば話は別だな。ーーヘルマ」
「うん?」
目の前に置かれた綺麗なままのケーキを見つめていたヘルマが顔を上げる。
「今、家に両親はいるか?」
「え、多分いると思うけど……」
ヘルマの父親は城に勤めている。
今日は城の仕事は全体的に休みだし、ちょうど良かった。
「なら今から会いに行こう。俺から説得してみる」
「……、無理だよ」
「なぜ?」
「だって…….」
「怖いか?」
「……うん。……レオンは怖くないの?」
「んー、まあ会ったことないからなんとも言えないが。この国で5本の指に入るぐらい怖い人と会ったことがあるから、多分大丈夫だな。それにーー」
「?」
「大事な友達の命がかかってるからな。俺にとったらヘルマがいなくなる方が怖いよ」
「大袈裟だよ」
力無く笑うヘルマに冗談じゃないんだがなと心の中で呟く。
「じゃあ、行こうか」
立ち上がり手を伸ばすと、冷たい手が乗せられた。
馬車に乗り込む前、少し離れた場所にいたうちの監視役に手招きをする。
場所がバレていることに驚いたようだがすぐに駆け寄ってきた。
「父さんに伝言をお願いしたいんだけど」
「承ります」
「ブランジェ伯爵の家に行ってくる。派閥が違うから、もしかすると迷惑かけるかもしれないって伝えておいて」
「……かしこまりました」
何をするつもりか気になるようだが、先に馬車に入っているヘルマの様子は遠くから見ていたようで、何も聞かずに頷いた。
それを見て馬車に乗り込む。
「レオン……」
「大丈夫だ。父さんなら上手くやれるよ」
多少のお小言は甘んじて受け入れよう。
この世界で初めての友人の命がかかってるんだから。
ヘルマの実家はレトロな雰囲気のある邸宅だった。
うちとほぼ大きさは変わらない。
「さて」
馬車が止まりそうなごろ、重たい前髪をかき上げる。
ヘルマは俺の顔をじっと見ていた。
「レオンってそんな顔してたんだね」
「まぁな。あの時見ただろ?」
「それどころじゃなかったし、ぼんやりとしか見えてないよ。でも、なんか変な感じ。みんなからあの男の子は誰だって手紙が届いてるんだから」
「あー、なんとか誤魔化しといて」
「うん。だろうと思ってそうしてる」
「さんきゅー」
ヘルマとも3年ほどの付き合いになる。
お互いの考えていることは大体わかるようになっていた。
まぁ、健康に関してはこんな状態になるまで気づかなかったが。
馬車が止まり扉が開かれる。
見知らぬ馬車から見知らぬ少年とヘルマが出ていたことに、使用人が慌てて駆け寄ってきた。
「ヘルマお嬢様。この方は?」
「ベルティエ伯爵家のレオン。私のお友達。お母様とお父様にお話があって来たの」
「左様ですか……、応接間でお待ちください」
「うん」
「お邪魔します」
「ッ、お館様を呼んで参ります!」
にっこりと笑うと、頬を赤くして走り去っていった。
「レオン……」
「俺は悪いことしてないぞ」
「はぁ……」
悪びれることのない俺にヘルマはため息をこぼす。
まぁ、急にやって来て両親に会わせろなんて相当怪しいからな。
ちょっとぐらい愛想振りまいた方がいいと考えての行動だったが、効果があり過ぎたようだ。
「こっち」
そう言って俺を案内するヘルマ。
邸宅の中は落ち着いた雰囲気だった。
調度品もどこか歴史を感じるものが多く、明るくて新しいものが多い俺の家とは正反対の印象だ。
通された応接間のソファに座り、机の上に置かれたシックなランプを眺める。
「なんか、ヘルマの家って感じだな」
「そうかな?」
「落ち着いてる雰囲気だ」
使用人がやって来て紅茶が出される。
それを一口飲んでいると待ち人がやって来た。
立ち上がってそれを迎える。
「お前たち、先ぶれもなしにやって来て、迷惑だとは思わんのか」
恰幅の良い中年男性と、扇で口元を隠した細身の女性。
会うや否やぼやかれてしまった。
ただその声色に怒りはなく、ただ思ったままを言ったのだろう。
仕事が忙しいのだろうか。
「お忙しい中恐れ入ります。ベルティエ伯爵家の三男、レオンです。ご令嬢にはお世話になっております」
「……、報告と違うな。その顔はどうした」
「普段は髪を下ろしているだけですよ」
「そうか」
どこか腑に落ちないようだが頷いて話を終わらせた。
当主が上座に座り、夫人が俺たちの正面に座る。
「用件を聞こうか」
「はい、ヘルマさんのことについてです」
「婚約でもするのか?」
「……、ご冗談を。ヘルマさんは友人です。何よりヘルマさんは俺なんかには勿体無い」
あっけらかんとした当主の言葉に間が開いてしまったが、なんとか堪える。
うちにとって養子の俺は駒になり得ない。
家を継ぐこともない三男の行く末は城勤めの文官か騎士が妥当だろう。
同格の伯爵家の娘を嫁に迎えるには弱すぎる。
何より、ヘルマには年上の落ち着いた男性が似合うだろう。
「レオン?」
俺の言い回しに疑問を抱いたのかヘルマが顔を覗き込んでくるが気づかないふりをする。
「俺はヘルマさんの友人です。趣味を語らう文を交わし、たまに街に出かける仲でしたが、ここ半年ほど、予定が合わず顔も合わせておりませんでした」
「そのようだな」
「そして先月、たまたまヘルマさんを見かける機会がありました」
「湖の件か」
「お父様、助けてくれたのはレオンだよ」
言ってなかったのか?
「助けた人がいたことは報告で聞いていたが、なぜあの時は名前を伏せた?」
「レオンが、素顔を隠してたから。あのお茶会に出てた人たちは絶対に私を助けた人を面白半分で探すだろうって、リルと相談してそう決めたの」
なるほど、どうやらヘルマなりに俺を守ろうとしてくれたらしい。
「そうか……、礼を言う。ベルティエの子、レオン」
「いえ、過ぎた事ですし、お互い何事もなかったのですから気にしておりません。ただ気になることがありまして」
父親は明らかに常識人。
となると問題は夫人の方か。
「聞こうか」
「久々に会ったヘルマは明らかに痩せ細っていた。顔色も悪く、俺と会わなかった半年の間にずいぶん変わってしまっていた」
「そうだな、ヘルマはこの頃少食でーー」
「その域を超えているから本日参ったのです」
チラリと夫人の方を見ると扇越しに緑の目がギラギラと光っていた。




