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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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21.王妃



静まり返った城に、複数の靴音が響く。


立ち入ったことのない通路へ入ると、こじんまりとした中庭が見えた。

一面咲き誇っているのは、水色が鮮やかなネモフィラである。


意外だ。

こういうところこそ薔薇なのではないかと思うのだが。


その中にある東屋に、1人の女性が待っていた。


ピシッと背筋を伸ばして紅茶を飲む姿はオーラがある。

マナーに厳しそうだし、確かにこの人の前で失敗したら怖くもなるか。


東屋への小上がりを上がり、胸に手を添えて何も言わずに跪く。


「ごきげんよう。頭を上げてもらって大丈夫よ」


そう言われて頭を上げる。


目の前にいるのはこの国の社交界の顔である。

ウェーブがかった長い金髪の中に、開いた扇越しに冷たい水色の瞳がある。

なるほど、この場にあるネモフィラは王妃の瞳の色というわけか。


「お目通りを賜り、光栄に存じます。この度は、お召し物と湯殿をご用意いただき、誠に恐れ入ります。ベルティエ伯爵家が三男、レオンと申します」


「礼は結構よ。風邪は引かなかったかしら」


やわらかい声に内心ほっと息をつく。

マナーには厳しかった母の教育が、こんなところで役に立つとは。何が起こるか分からないものだ。


「御恩情に深く感謝申し上げます。おかげさまで、体調に変わりはございません」


「そう、なら良かったわ。座ってちょうだい。少しお話をしましょう?」


「陛下の御心のままに」


そう言って立ち上がり、王妃に指された席に向かうと、使用人に椅子を引かれた。


「非公式なのだし、もう少し楽にしてもらって大丈夫よ」


「……、かしこまりました」


その言葉に仕方なく少しだけ口調を和らげる。


目の前のティーカップに注がれるお茶をなんとなく眺めていると、ふわりとラベンダーの香りが広がった。


「息子のジュリアンと仲良くしてくれているみたいね。あの子は、あなたになら緊張せずにいられると、ケヴィンから聞いているわ」


王妃からするとケヴィンは甥っ子に当たる。

この2人は情報共有のためにちゃんと繋がっているらしい。


「私も、弟はいないので日々楽しませていただいています」


可愛いわがままに振り回されてきたこの3年間を思い返し、そして前の人生で生きる意味だった弟と妹のことを思い出し、少し寂しい気持ちになる。


「そう。……それと、先ほどの雄姿見せてもらったわ。迷いはなかったようね」


その言葉に少しドキッとする。

やはりちゃんと見られていたらしい。

この様子だと、令嬢たちにイラついていた顔もしっかり見られていそうで、締りの悪い感覚に曖昧な笑みを浮かべる。


「友人ですから」


「友人でなくても同じことをしたのではなくって?」


「……、どうでしょうか」


彼女の言う通り、多分同じことをしたと思う。

でも、それを素直に認めるのはどこか居心地が悪い。


誤魔化すために紅茶を口に含みながら、改めて王妃の顔を見る。

するとこちらに向いている瞳がどこか憂いを帯びていることに気づいた。


俺を見ているようで見ていない。

誰かと俺を重ねているような瞳だ。


この目は知っている。


ベルティエ家の両親がたまに俺に向ける目と同じだった。


つまり、この人は、俺の本当の両親を知っている。


そして、今やっと気づいた。

俺の肉親のどちらか、もしくは両方は、すでにこの世にはいないのだと。

会えない人を思う表情、そのものだった。


俺は、本当の両親について、ベルティエの両親に聞いたことはない。

何か事情があって俺を手放したのだから、知ったところで虚しくなるだけだと分かっていた。

まさか前の人生ほど憎まれてはいないだろうが、事実はそこまで重要じゃない。


ベルティエの両親は俺を愛してくれている。

この数年でそれはよく分かった。

本当の家族じゃないからと、遠ざけてばかりはいられないということも。


「レオンと、呼んでも良いかしら」


「ええ、もちろん」


俺を見る目は柔らかい。

俺の肉親と親しかったのだろうか。


その後は普段何をして過ごしているのだとか、王子とどんなことをしてきたとか、10分ぐらい話が続いた。

紅茶があと少しで空になるところで、やってきた執事が王妃に耳打ちをした。

そろそろ時間らしい。


「ごめんなさいね、このあと予定があって。楽しい時間をありがとう」


「私も、貴重なお時間を頂き光栄でございました」


立ち上がる王妃に倣って席を立つ。


「……、またお話を聞いても良いかしら」


「ええ、もちろんです」


俺の何が気に入られたのか、もしくは本当に俺の肉親と仲が良かったのか、名残惜しそうに言う王妃に頷きを返す。

俺の返事に満足そうに笑った。

俺が頭を下げると、王妃は使用人たちと共に去っていった。


「思ったより優しそうな方で安心した」


「……、そうですね」


同意しかねるのかどこか含みを持たせるカミルに、苦笑いを浮かべる。


そして、首を長くして待っているであろう王子の元へ向かうのだった。


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