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灰かぶりのレオン ー悪役令嬢に捧ぐー  作者: ルル・ルー


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2.記憶 1



4話まで回想が続きます。



煌びやかな会場も、扉をくぐり少し離れると静寂が身を包み、肌にまとわり付くような寒さに少し寂しさも感じる。

人生で1番の思い出になるだろう出会いの余韻に浸りながら馬車に向かう。


「レオン様」


俺の名を呼ぶ声に顔を向ける。


「カミルか」


背丈の高い20代半ばごろの男は執事のいで立ちをしているが、どこか闘志を宿した瞳をしている。

なかなかに優秀な男で、俺が生まれた時から従者として付き従っている。


「……会場で何かございましたか?どこか雰囲気が」


何かに気付いたのか、心配そうに顔を覗き込んでくる。


まぁ、赤ん坊の頃から見られてるんだから、この変化は大きいのだろうな。

なんせ、ラフィリアの顔を見たことで、今まで断片的だった前世の記憶を完全に思い出したのだから。

今の人格は完全に、ちょっとばかし捻くれた、現代日本に生きた男子高校生だ。

疑うことを知らずに育った子供には不純物すぎる記憶である。


「変、かな」


「いえ、滅相もございません。以前より凛々しくていらっしゃる」


そう言って心底眩しそうに目を細めるカミルに心の中で若干引く。


「そうか……、母さんが帰るまで馬車で待機するから」


「かしこまりました」


明日から忙しくなりそうだと心の中で呟きながら、静かな馬車で眠りに落ちるのだった。




***




前世の記憶はあまりいいものではない。

今こうして、夢の中で悪夢として蘇るぐらいには散々なものだった。


前世の俺の記憶はまず、寒くて暗いところから始まる。

ボロいアパートの一部屋。

畳があって申し訳程度のキッチンがあって、トイレはあっても風呂はない。

人が生きていく上で最低限の機能しかないアパートである。

冬なのにエアコンも電気もつけず、暗い中俺は体を小さくして、ただひたすらに夜が明けるのを待っていた。

やがて朝になり、小鳥が鳴き出ししばらくすると、カンカンカンと鉄の階段を甲高く鳴らす音、次に玄関のドアが乱雑に開けられ、冷たい外気が流れ込んでくる。


「帰ったわよー。あー、疲れた」


ピンヒールを脱ぎ捨て、バックを投げ捨てながら出しっぱなしの布団に寝転がる女。

前世の俺の母親である。

部屋いっぱいに広がる香水の匂いに、顔を顰めないよう気をつけながら立ち上がる。


今日は帰ってきたんだと心の中で呟きながら。


「お帰りなさい。ご飯作ろうか?」


「あ゛?あー、そうね。作りなさい」


「うん」


バックを拾い上げ机に置き、ピンヒールを揃えて玄関の鍵を閉める。


キッチンに向かい、置かれた踏み台に登り、鍋に水を入れコンロの火にかける。

冷蔵庫から必要な具材を取り出し、切り刻み、味噌と共に鍋に入れかき混ぜ、作り置きしていた具材を必要量取り電子レンジにかけていく。

ご飯もパックのものを電子レンジに入れようとしたところで、背後からスースーという寝息が聞こえてきた。


その声に振り向くと、布団の上で寝転んだ母がそのまま眠ってしまっていた。

それを見て心の中でほっと息をつく。


「ご飯、僕が食べてもいいよね」


こういう時ぐらいしかちゃんとした食事は許されなかったから、頬が緩む。

そのままキッチンで久しぶりの温かい食事を終わらせ、洗い物を終わらせる。


布団で力尽きた母の化粧を落とし、着替えを済ましていく。

いつも酒が入っているので、ちょっとやそっとでは起きない。

そして、俺は母が眠っている6時間ほど、自由な時間を過ごすことができるのだ。


「いってきます」


すやすやと眠る母にそう言い残し、俺は家を出る。


と言っても無一文なので図書館か公園しか行く場所はなかった。

小学生に上がる前だったが、治安も良かったし、1人で出歩いていても近所の人からすると何ら不思議はなかったのだろう。


俺の世界には母しかいなかったし、誰かに助けてほしいという思考自体存在しなかった。




そんなある日のこと、いつもの様に朝日が昇ると共に帰ってきた母はどこか慌てている様子だった。

そして靴を脱ぐこともせず一目散に俺に駆け寄り、腕を掴んで強引に押し入れに押し込んだ。


「痛いよっ」


「うるさい、あんたはここにいなさい。物音を立てたら承知しないから。いいわね」


「う、うん」


凄まれたことにより身が竦む。

母の機嫌が悪い時は最悪殴られていたから、どうしても怯んでしまう。


襖が閉じられ一切の光が入らない狭い空間で体を小さくしていると、扉が開けられる音がして知らない男の人の声が響いた。

怒りの籠ったその声に、強く耳を塞ぐ。


くぐもった声越しにわかるのは男と母が何か言い争っていること。そして他にも人の声がすること。

バタバタと音がする振動を感じていると襖に何かが当たる音が響いて、思わず身が動いてしまった。そして横に置いてあった何かが倒れる音が響いた。


一瞬で外がしんと静まり返る。

母の言いつけを守れず怒られることを予感して、頭が真っ白になる。体が冷たくなって耳にはキーンとした音が鳴り響き、俺は頭を抱えてそれまで以上に小さくなった。

息を浅くして震えていると、母の焦った声と共に襖が開けられ、押し入れの中に光が差し込んだ。

隅に背をつけ身を最大に引く。


ぐわんぐわんと世界の音が揺れる中、襖を開けた男は何かを呟き母を非難した様だった。

母が他の男に取り押さえられるのを横目に、男は俺に手を差し伸べてくる。


何かを言っているが聞こえない。

青い顔をして固まったままボーッとしてると、脇に両手を差し込まれて抱き抱えられる様に外に出された。

その大きくて柔らかい手に体の力が抜ける。


そこから先はあまり覚えていない。

緊張が解けてぼんやりしてしまっていたからか、聞きたくないことを言われたからか。


ただ覚えているのは俺を庇う様に前に立つ男の大きな背中と、男たちに取り押さえられながら俺を睨め付け金切り声を上げる母の言葉。


「ーーあんたがいたから私はあの人に捨てられたのよ‼︎あんたなんて産まなければ良かったわ‼︎‼︎」


心からの最大の憎悪を込めたその声は、今になっても鮮明に思い出せる。


母しかいない世界で生きていたのに、母に必要とされなかったという事実が、心の奥底にこびり付いて、ついに消えることはなかった。


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