14.園遊会
ラフィリアの実家、オールドランは王国唯一の公爵家である。
先々代国王の姉が、当時の国王を、「この人と結婚できないなら国を出る」と脅して手に入れた爵位である。相手の爵位が子爵位で、王族を降嫁させることは難しく、優秀な人材であった王姉を国外に流すぐらいなら、本人に爵位を与えてしまえとなったらしい。
歴史上唯一の女当主である。
つまり、オールドランは少し成り立ちが特殊で、一目置かれていると言うことだ。
初代がそんな破天荒な女傑だったからか、それ以降は大人しく真面目な人間が当主についている印象だ。
規模の大きな家には大体、寄子と呼ばれる家が付き従っている。
伯爵家のうちでも3家あるので公爵家ともなるとその数は膨大だ。寄子が寄子を持ち、その勢力は国内最大である。
そんな家から王家に一人娘が嫁ぐことになる訳だが、公爵家は潰れないことになっている。
王太子とラフィリアの間に生まれた子の次男を据えるつもりだからだ。男児が長子以外生まれなくても、その場合は女性でも家督を継げるよう法律を変える方針になっている。
この世界も男女平等の世になりつつある。
まぁ、ラフィリアは断罪され、公爵家は取り潰しとなり、男女平等の社会なんてこないのだが。
そこで今回の俺の企みはこうだ。
一つ、オールドラン家にできるだけ近い寄子の中で、孤児院からの養子の受け入れを検討している家はないか。
一つ、オールドラン家の寄子の中で、弱みに付け込み養子を受け入れられそうな家はないか。
この二つの調査を、ニコラス=ファミリアに依頼していた。
そして二つともヒットする家があったのだ。
まず一つ目に、孤児院からの受け入れを検討している家について。
ヒットしたのは、バレーヌ伯爵家。
長男長女共に学園を卒業しており、父と共に王城に勤めていると言う、いわゆるお堅い家である。夫人が家で寂しそうなので、幼い養子を迎えたらどうだと当主の発案でいい感じの子を探している最中らしい。
そこでニコラス=ファミリアの組員が偽名で行っている孤児院に珍しく真面目ないい子がいると言う噂をバレーヌ伯爵家に流したのだ。
孤児院なんか、大体が騒がしくて礼儀知らずのガキである。3年もきめあぐねているなんてよっぽどだろう。
見事ひっかかったバレーヌ伯爵夫人は孤児院へ訪れ、クルトと顔を合わせた。
明らかに浮いているその真面目な雰囲気にピンときた夫人は、その日にクルトを養子に迎えることを決意し引き取ったのだった。
そしてクルトはその日からアラン・バレーヌとして日々貴族としての礼儀を習っている。
温かい寝床と温かい食事、そして、厳しいながらも愛を注いでくれる新しい家族のもとで、両親のいないクルト、いやアランは幸せだと手紙を送ってくれた。その調子で頑張って欲しいものだ。
もう一つのターゲット。
弱みを握り養子を押し付けられそうな家は、オールドラン家の寄子の寄子、西部に領地を持つグランデ男爵家だった。
ここは俺におあつらえ向きの弱みがあった。
領地で病死した娘の死亡届を中央に提出せず、骨になるまで後生大事にベットに寝かせていたと言う。
恐ろしい話である。
急にホラー展開になった報告に危ない家じゃないかと言ったのだが、それ以外は何も問題がないため養子を押し付けると言う目的には一番適していると言われてしまい、採用となった。コルネリア本人も事情を知ってもケロッとしていたし。
そして相談員に扮したニコラス=ファミリアが、現実を受け入れられていない男爵と男爵夫人を諭し、いっその事そっくりな養子を迎えたら良いんじゃないかと悪魔の提案をしたのだ。
死亡届は死亡から半年以内に提出しなくてはならない。つまり罰は免れず、寄親からの目もありグランデ男爵家は後手に回っている状態だった。
人の心のない提案に渋っていた夫妻だが、目の前にコルネリアを連れて行き、亡き娘と同じ赤髪のかつらを被せれば、泣きながら提案を飲んだと言う。
亡くなった娘には申し訳ないが、まあ、両親がメンタル面で立て直せなのだから許してくれ。
コルネリアの新しい名前はエマ・グランデ。
あのじゃじゃ馬娘からは一番遠いお淑やかそうな名前になってしまった。
アラン・バレーヌとエマ・グランデは、1年もしないうちにオールドラン家のパーティに呼ばれるだろう。
そこでラフィリアと顔合わせを行ってもらう。
その時は挨拶程度。
とりあえずその場ではラフィリアのことは置いておいて、アランとエマが意気投合するフリを見せれば良い。そしてどうにか婚約に漕ぎ着いてもらう。
ラフィリアと仲良くなるのはその次からで良い。
学園で2人揃ってラフィリアの取り巻きとして活動することがゴールである。
これでラフィリアに降り注ぐ危険はある程度回避できるだろう。
アランはニコラス=ファミリアで戦闘の訓練も受けてるし。
精神的にも支えてあげて欲しい。
ただし、絶対にイエスマンになり、ラフィリアのしたいことを阻まないこと。
例えそれが犯罪であっても。
それが今回の2人の任務である。
アランは心配ないだろうがエマの方は大丈夫だろうかと、前髪に隠れた視界越しに馬車の窓から何となく領地のある西の方を向いて考える。
馬車の中には父と母、そして息子3人が揃っていた。
クロードが隣に座っているのでどうしても座りが悪い。ぼーっと思考が離れて考え事をしてしまうのも仕方がないと思う。
「レオンは初めての社交界かな?」
「いえ、数ヶ月前に少しだけ」
「そういえば、エルダが連れて行っていたね。急だったからクロードのお下がりで凌いだんだっけ」
「ラヴィにまだレオンを会わせていないと気付いて慌てて連れて行ったのよね。社交界デビューがあんなに慌ただしくてごめんなさいね」
「いえ、気にしていないので大丈夫ですよ」
おかげでラフィリアに会えて記憶を思い出せたし。
……、だから2人と会話しただけで不機嫌オーラぶつけてくるのやめてくれないかな次兄よ。
時刻は昼前。
園遊会は立食形式でご飯を食べながら、王城のお庭を褒めちぎる会である。
穏やかに晴れた空の下、使用人に日傘をさされたご婦人方がうふふと話に花を咲かせている。
それが怖いと思うのは兄弟3人同様の感情であるようで、父に許され子供たちが集まっている場所に逃げるように向かった。
そしてその途中で前を行くクロードが振り返り、手で待ったをかけた。
立ち止まった俺を見下しながら口を開く。
「お前はあっちにいろ。こっちに来るなよ」
指さされたのは、建物の影で日が当たらずハブれた子供たちが転々といるエリアだった。
どうやら一軍はこの先で花を咲かせ、コミュ障はあそこに溜まるのが恒例のようだ。
なんと残酷な光景か。社会縮図のようである。
暗いところにいるから余計ジメジメした負のオーラが発散されているな。
「クロード、なんでレオンだけあっちなんだ。そんなこと言うならクロード1人で向こうに行けばいいだろ」
「なっ、ダン兄いないと俺……」
ははーん?
さてはお主、2軍だな。
ダン兄がいないとあの輪の中に入れないとか情けないぞ。
4つも歳の離れた弟一人はぶろうとしてる兄の器は知れている。
ちゃんと面倒を見ようとしてるダン兄の方が良いやつなのは明らかである。
子供達、見る目あるな。
あからさまに目が泳ぎ冷や汗をかくクロードの姿を哀れに思い、ダン兄の提案を断る。
「ダン兄。俺は良いから、クロードと一緒に向こう行ってきてよ。俺はあっちで友達見つけるからさ」
「え、でも……」
あっちで友達を見つけるのは至難の業だろう。
それを分かっているのか、受け入れられないダン兄だが、その腕をクロードは取った。
「本人が良いって言ってるんだから良いだろ!行こうぜ!」
「あっ……、レオン!寂しかったらこっちにこいよ!」
引き摺られていくダン兄のその言葉に手を振って答える。
ほんと、良いやつだな。
ダン兄も俺が本当の兄弟じゃないって知ってるはずなのに。
二人の姿を見送り、子供社会の墓場にやってくる。
俺も髪で目を隠して眼鏡をしてるから、ビジュアルは完全に同化しているはずだ。
まぁ、ダン兄にはああ言ったが、そもそも友達を作るつもりはない。
貴族の家のしがらみって面倒だし、同年代と遊ぶ自分の姿が全く想像できないからだ。
4歳年上でもあれだからなー……。
木陰で寝転んで暇でも潰したい気分だが、我慢して人気のないベンチに座る。
……暇だなぁ。
しかしこんな日陰のエリアでも王城の庭は綺麗に整えられている。
建物の影だが、このベンチの裏には大きな木が植えられており、枝も綺麗に剪定されてある。
この分だと木登りは難しそうだなんて思いながら、ベンチにもたれ掛かり首を上げたのだが。
「……」
「……」
そこに人がいて言葉を失った。
お互い目が合い、空白の時間が流れた。
俺は今、空を見上げるように首を後ろに曲げている。
大きな木の幹から伸びる太い枝には青々と葉が生い茂り、その中に5歳ぐらいの男の子が体を預けぶら下がっていた。
え、この木を上がったのか?
あんな小さな体でどこに足をかけたんだ?
なんて考えながら立ちあがろうとすると、木の中にいた少年は驚いたように体を動かした。
「っあッ」
「!?」
そして足を踏み外しバランスを崩した。
ふわっと落ちてくる少年だが、目を瞑り丸くなっているばかりで受け身を取る気配はない。
それを見てベンチに足をかけ背もたれを跨ぎながら手を伸ばす。
下手に上手くキャッチしてしまうとまずいと思い、少年の体を引き寄せ腕の中にしまいながら俺は背中から落下した。
ドサっと大きな音がする。
一部始終を見ていたらしい近くのボッチちゃんの小さな悲鳴が響いた。
「うっ、痛、くない……?」
「だろうな……」
腕の中で顔を上げた少年。
俺の顔を見て琥珀色のまん丸な目が驚いたようにさらにまん丸になった。
ひっくり返ったような体勢の俺の腹の上に座った少年は目を瞬かせながら俺の顔をじっと見ていた。
「さあ、どいたどいた。いってぇ、頭打ったか……」
その軽い体を横に寄せながら頭を抑える。
派手に転んだな。仕方なかったとはいえかなりカッコ悪かったような気がする。
「はぁ。ああ、メガネがこんなとこに……」
転んだ時に吹っ飛んでいた眼鏡を拾い上げフレームが歪んでいないか確認してかけながら前髪を整える。
「おい、少年。王城のしかも園遊会の会場の木で木登りなんか、見つかったら家族もろとも縛首だぞ。お守りはいないのか?」
立ち上がり土を払いながら問いかける。
「あ、う……」
「どうした?やっぱお前もボッチなのか?その歳で躓いているようじゃぁ先が思いやられるな。強く生きろよ」
そんなことを口にしていると、駆け寄ってくる影があった。
俺と同い年ぐらいだが、この少年のお守り役であろうか。
「あっ」
「こちらにいらっしゃいましたか、殿下。護衛が探していましたよ」
「……あ?殿下?」
その敬称に体が固まる。
ギギギギと油の刺さっていないブリキ人形のように少年の方に顔を向ける。
瞳の色は違うが、髪色はゲームで見た王太子と全く同じである。
年齢も敬称のこともある。
結論、この少年は、この国の第二王子ということになる。
さっき俺、まあまあ生意気な口を聞いた記憶しかないのだが?
王子にボッチとか。
いや、家族が縛首ってつまり国王夫妻か?
完全に不敬だな。
斬首か?首チョンパか?
「……、お怪我はございませんか?」
結果、絞り出したような声しか出なかった。
「うん、大丈夫。痛くないよ」
「それはようございました……」
ほんとよかったよ。
「俺はケヴィン。ジュリアン王子殿下のお目付役だ。何があったのか聞かせてもらえるか?」
そう尋問してくる少年。
どう答えるべきか悩みつつ王子の顔を見ると、とても憂鬱そうな顔をしていた。
なるほど、木に登るのはやはり褒められたことではないらしい。
お付きがいなかったということは、どこからか逃げ出してきたのだろう。
さては怒られの常習犯だな。
その様子を見てシラを切ることにした。
「殿下が転びそうになっていたところをどうにかキャッチした次第です」
皇子の驚く気配を感じながら、少し離れたところでことのあらましを見ていた少女に視線を送ると、縦にブンブンと首を振られてしまった。
やはり、こういう場所にいる人間は厄介ごとから身を引く術を心得ている。
そして王子の反応に俺の嘘を見抜いたケヴィンだが、少し考えてから頷いた。
「分かった、そういうことにしておこう。お前、名前は?」
「ベルティエ伯爵家が3男、レオンです」
「そうか。今回は世話になったようだな、ご苦労様。殿下、行きますよ」
「うん……」
手を引かれ連れて行かれる王子は、どこか名残惜しそうだったので、笑顔で手を振っておいた。すると、少し嬉しそうにはにかみながら手を振りかえしてくれた。
弟ってやっぱ良いなーと思いつつ、過ぎ去った嵐に力無くベンチに座ったのだった。




