13.仲間
「来月に行われる王家主催の園遊会だけど、うちからは息子3人とも出席してもらおうと考えている。仕立て屋を呼んであるから、今日はそれぞれ礼服を選んでおいてね」
9歳の誕生日を迎え数日が経ったある日、朝食の場で父が俺たち3人に向けてそういった。
園遊会はこの時期には毎年城の敷地内で行われている。
王都の街に囲まれる中心に小高い丘がある。
その周辺一体が王城の敷地であり、主城は王都のどこからも望むことができるほど巨大である。
行ったことはないのでゲームの中の知識でしかないが。
そもそも長男ならまだしも3男まで連れていく意味がどこにあるのかとも思ったが、父の決定に口出しできる立場でもないし、城に少しだけ興味もあるので、黙って頷いた。
ちょっと次男からの嫉妬の籠った視線は痛いが、あれから目立って両親に接触はしてないから約束は破っていないのでそっぽを向いて流すしかなかった。
父が呼んだ仕立て屋は、ニコラス=ファミリアが拠点とする隣町のブティックだった。
あの街はここら一体では一番大きな街だから、貴族御用達のブティックもあるのだろう。
しかし兄弟仲良く3人で服を選ぶのかと思ったのだが、次男に部屋を追い出され、はぶられ後回しにされてしまった。
彼は本当に俺のことが嫌いらしい。
あからさま過ぎてあの穏やかな長男が怒っていたぐらいだ。
「兄君はこちらのデザインを選ばれました。お揃いにされますか?」
今回の担当者らしい男にデザイン画を渡され受け取る。
2人だけでお揃いにして、俺だけ仲間はずれにしようとしたのだろうが、俺が後に聞くかもしれないとは思わなかったのだろうか。
しかしあとまわしにされてよかったかもしれない。
2人の趣味をじっくりと観察することができた。
どのデザインもザ・貴族の少年って感じの気合の入った服で、そしてどこにも値段は書かれていなかった。
数字を探すあたり、まだまだ庶民の感覚が抜け切っていないのかもしれない。
「……俺は雰囲気だけ似てるやつでいい」
「かしこまりました」
兄弟不仲という貴族家の醜聞を感じ取っても、一切顔色を変えず仕事をする男に心の中で拍手を送りながら、俺史上一番高いであろう服を選び切ったのだった。
さて、1ヶ月後に城に行くという予定が出来たわけだが、それまでにキリがいいところまで終わらせておきたい案件がある。
「邪魔するぞー」
「おー、来たな」
「……、暇なのか?じいさん」
相変わらずクローズしているディートフリードの店に入ると、そこにはニコラス=ファミリアの先代ボス、アーダルベルトが威風堂々と座りロックグラスで酒を煽っていた。
薄暗い店内には煙が充満していて、何だか様になっている。
「暇なわけあるか。これから向かう会食の途中に寄っただけだ」
「へー」
どうでもよさそうな俺の返事にムッとするじいさんを無視してディートフリードの元に向かう。
「準備できたか?」
「ああ、上にいる」
「りょーかい」
様子見にやってきたらしいアーダルベルトを背後に引き連れながら、ディートフリードの後を追い階段を上がる。
扉をくぐると立って控える組合員と、並んでソファに座っている同じ歳ぐらいの少年と少女がいた。
爽やか青年に育ちそうな金髪の少年と勝気そうな翡翠色の髪の少女だが、いかつい大人たちに囲まれていても全く萎縮していないのを見るに、同じ世界で育っている子供なのだろう。
「言われた通り、お前と同い年に見える子供2人、女と男1人ずつだ。どちらも依頼の内容には納得してこの場にいる。どうだ?」
「まだ何とも。では、面接といこうか」
2人の向かいのソファに腰を下ろす。
俺の横に当たり前のように座ったアーダルベルトを正面から見て、少年の方は流石に怯えたような表情を見せた。少女の方はあまり変化は見られないな。
「じゃ、少年の方から行こうか。名前は?」
「クルトです」
「そうか、俺はレオンだ。長い付き合いになるだろうが、よろしくな。それで、この依頼に受けるに当たって何か要望はあるか?」
望みを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
真面目そうな彼は答えを見つけるために考え込んでしまった。
「……貴族の家の養子に入り、対象との仲を深め護衛する任務であると聞き及んでいます。食いっぱぐれない生活が保証されているのに、それ以上の望みなんて……」
ふむ、どうやら彼はそれなりに過酷な環境で育ってきたらしい。
確かにそんな少年からすると、少なくともこれから10年間は温かい家で暖かい食事と寝床が提供される仕事なんて夢のようなのだろう。
「……、ひとつだけ、ありました」
「何だ?言ってみろ」
まっすぐ俺を見据える瞳には強い意志を感じる。
この様子ならいい仕事をしてくれそうである。
「ニコラス=ファミリアから派遣される形でこの場にいる僕ですが、できるなら、僕の所属をレオン様の元においてくれませんか?」
つまりニコラス=ファミリアからの脱退と言うことだろうか。
「堅気に戻りたいということか?」
「ちょっと違います……」
堅気に戻りたくないのに堅気の人間の下に付きたいとか、なかなかなわがままを言うな。
望みが叶えられないのを分かっているのか難しそうな顔をしているクルトに、アーダルベルトが助け舟を出した。
「なるほど、ならばレオンをニコラス=ファミリアに組み込み、派閥を作れば良いのではないか?」
「あ?」
グレーゾーンで止まっていた俺をこれを機に完全に引っ張り込もうとするじいさんを睨むが、アーダルベルトの提案にキラキラと目を輝かせるクルトに気付き気まずくなって視線を逸らす。
「んなの父さんにバレたらどうなるか……」
「うちと関わっておるのはすでに把握済みであろう?今と大して変わらんではないか」
全くもってその通りである。
でもなんかこう、ね?
ここまで暴れておいて何だが、感性が一般人寄りの俺はちょっと躊躇する話なのよ。
渋い顔で後ろにいるカミルの顔を見ると、何も悩んでいなそうな顔で頷かれてしまった。
この場所は俺にとっての脅威ではないと判断しているんだろう。完全に警戒を解いている。
最初は今にも切り掛かりそうなほど鋭いさっきを放っていたのに、カミルも変わったなーなんて思いながら諦めたようにため息を吐いた。
真面目そうな少年だし、順調にいけばラフィリアの隣を任せるに値する青年に育つだろう。
「……分かった。そうさせてもらう。じいさん、俺がニコラス=ファミリアに加入して派閥を作った際に、発生する役目はあるか?」
「派閥と言ってもお主の場合、派閥員を集める必要もないであろうからな。特にないのではないか?」
「その言葉を聞けて安心したよ」
なんか決まりがあったら自分の時間が削られるからな。
「愚息には儂から伝えておこう。契約書にはサインしてもらうぞ」
おーこわ。
破ったら地の底まで追いかけてきそうだ。
どんな規約が書かれてるんだか。
「お手柔らかに頼むよ」
「たわけ」
逃してくれる気はなさそうである。
「さて、と言うわけでクルトは合格だ。次はそっちの君だな」
「やっと私の番ね‼︎」
勝気そうな少女から勝気な声が響いた。
想像通りだが、度胸がありすぎだろう。
チラリと隣のアーダルベルトを見る。
「儂の孫娘だ」
「あー、どうりで……」
元気になったようでよかったが、元気すぎではないだろうか。
翡翠色の髪がキラキラと輝いているのは、月の光を取り込んだ星露晶を使った魔法で治したからか、使用人の努力の賜物か。
こんな存在感のある人間がゲームシナリオ開始前には死んでいたとか、中々感慨深いな。
「人選ミスだろ」
「何でよ‼︎」
吐き捨てた言葉にくってかかる少女。
ニコラス=ファミリアの唯一の跡取りをこんな依頼に巻き込むか普通。
そもそも、貴族の養子に入ろうかと言う人間がこんなにやんちゃ娘じゃいかんだろ。
「……なぁ、こいつ元からこんな性格だったのか?」
「いや、生まれた時から病弱だったからな。健康になった途端これだ」
「なるほどなー」
全てにおいての枷が外れた訳だ。
側から見れば微笑ましいだろうが、仕事を任せようとしてる人間からすると不安でしかない。
肘掛けに肘を突きながらその顔を見る。
まん丸の瞳は真紅で意志の強さが伺える。
成長すれば確かに美人にはなるだろうが、裏社会とは別の意味でドロドロとした社交界でこのちゃらんぽらんは任務を全うできるだろうか。
「じゃあ聞くが、お前に何ができる?」
そもそも、病弱で大事に大事に育てられた箱入り娘に、どこまで理解できるか。
「死ななければ何でも良いわ‼︎」
そんなとこを元気に宣言した。
死にかけで死ぬことが確定していた人間が言うと中々に深い言葉ではあるが、思わず手で顔を覆う。
頭をかきながら白い目を向ける。
ほら、後ろのヤーさん達も……、って、みんな感極まって泣きそうだな。
「オタクの教育、大丈夫か?」
「箱入りだからな……」
言いたいことは分かるがじじいもお手上げ状態か。
まぁ、病弱な孫娘が元気になって楽しそうにしていれば頬も緩むってもんか。
だがこのままで良い訳がないんだよな。
何度目か分からないため息を吐いて立ち上がり、机を回り込み少女の前に歩み寄る。
「何よ?」
本当に生意気なガキである。
度胸だけは一丁前だな。
前髪をかきあげメガネを外しその足元に跪く。
自分より小さな手を取り上目遣いでその顔を見つめる。
「レディ、なんでもいいなんて恐ろしいこと言ってはダメだよ。女の子なんだから、身体は大事にしないと」
キラッキラしたキメ顔で心配そうな声色を作りそう伝える。
すると少女は分かりやすくカァーっと顔と耳を赤くした。
その反応を見てスンッと表情を消す。
「チェンジで」
「期待に沿えず申し訳ないな」
「何よ!こんなの反則でしょ!」
俺に握られている手を振り払い俺を指差す少女。
ずるいと地団駄を踏む少女にジトッとした目を向け、指差された手を払い除けながら立ち上がる。
「貴族の世界なんてこんなのがうじゃうじゃいるんだぞ?それに惑わされず任務を果たせると言い切れるか?婚約者役もいるのに、目移りしない自信はあるか?」
クルトを指しながら問いかける。
そう、この2人は貴族の家に養子に行ってもらい、婚約してもらう。フリーな男をラフィリアの周りにうろつかせるつもりはない。
「おじいさま!本当に貴族の世界にはこのレベルがうじゃうじゃいるの?」
「おらんな」
「んだよじじい、話の端を折るなよ」
「なら良いじゃない!レオンで慣れておけば目じゃないでしょ!」
あー、そう来る?
「……、まあ、ちゃんと仕事してくれるんなら別になんでも良いんだけどな」
前髪を戻しメガネをかけながら椅子に戻る。
「じゃあ決まりね!遅くなったけど、私はコルネリア!どうぞよろしくね!」
「はぁ、その勝気なオーラをしまってちゃんとした淑女になるんだな、じゃじゃ馬娘」
「頑張るわ!」
不安でしかないな。




