10.それぞれの報告
カリカリと羽ペンが紙の上を滑る音が静かな部屋に響く。
トントンとノックすると音が響き、部屋の主が返事をすると初老の男が入ってきた。
「あ?んでお前がここにいるんだ?持ち場はどうしたよディートフリード」
デスクで書類と戦っていたニコラス=ファミリアのボス、ルーカスが眉間に皺を寄せた。
普通の人間ならすくみ上がりそうな形相だが、ディートフリードは全く意に返さず、感激した様にヨヨヨと涙を流すふりを始める。
「精が出ますな、あの坊ちゃんが真面目に書類と向き合っているとは……」
「んだよ、やけに上機嫌だな。ジジイの暇つぶしに付き合う時間はねーぞ。要件は?」
「お嬢の病を治す手がかりが手に入りましたのでご報告をと参りました」
「何?デマじゃないだろうな」
「さぁ、どうでしょう。まだ準備段階ですので効果の程は保証できませんが、信じてみる価値はありそうです」
「お前がそう言うってことは余程だな。情報の出所は?」
「ベルティエ伯爵家の3男坊です」
その言葉にルーカスがいらだちを見せる。
「あ?あそこの子供は一番上でも学園入学前だろ。ふざけてんのか?」
「ははは。私も坊ちゃんの立場なら同じことを思ったでしょうね。しかし残念ながら、冗談ではないのです」
「……続けろ」
「このディートフリード、あれほどの目を持つ少年を久しぶりに見ました。白狼と呼ばれたこの私が、気圧されたのですから」
先程までの背筋が凍る様な感覚を思い出して、興奮気味にキラキラとした笑みを浮かべるディートフリード。
幼いころに見た、血まみれになってまで相手を嬲り殺していた、若き日の白狼を思い出して顔をゆがませる。
「ついにぼけたか?」
「失礼な、まだまだ頭は冴えていますよ。なんならあの目に当てられて寿命が伸びた心地です」
「そうか……」
赤ん坊の頃から世話をされている男の、精気の漲る顔に若干引き気味に頷き返す。
「素材の準備次第ではありますが、次のコンタクトは6日後です。坊ちゃんも来られますか?」
「ああ、予定を空けておく」
「かしこまりました」
現場に居合わせていないからか、あまり期待していない声色の主人に、あの目を見れば主人も考えを改めるだろうと内心ほくそ笑む。
その時の主人の反応が楽しみだと来た時と同様上機嫌に部屋を後にした。
***
「ちょっと嫌な予感はすしているんだけど、報告を聞こうか」
「レオン様がニコラス=ファミリアと接触しました」
「あぁぁぁ、そうか、接触しちゃったか。それで、レオンは怪我をしてないかい?」
レオンの動向を影から見守り、たまに荷物持ちを任される護衛からの報告に頭を抱えた。
これからどうするべきか、最悪の場合、どうやって手廻ししようかなどと考えていると、護衛が黙りきっていることに気づく。
「……」
「どうした?え、カミルが付いていながら2人とも、なんてないよね?」
最悪の上の最悪を想像してしまい、この上なく心配になる。
「いえ、カミルさんがお強いのは分かりきっていたので、私共も手出しはしなかったのですが……」
「にえきらないな、どこに引っ掛かってるんだ?」
「レオン様が、あそこまでお強いとは存じ上げませんでしたので……」
「……、そっか。カミルが見てるから、私のところに報告が来なかったけど、君たちが驚く程強いだなんて、……血筋かなぁ」
「?」
「いや、こっちの話。ってことは、レオンはもう帰ってくるかな?」
「いえ、ニコラス=ファミリアの拠点に踏み入れてまだ出て来ておりません」
「わぁ……、既視感のある展開……」
「いかがいたしましょうか」
「うん、まぁ、そこまで行くと大丈夫でしょう。手出ししない方がレオンもやりやすいだろうし、今まで通り監視を続けてくれるかな」
「かしこまりました」
誰もいなくなった部屋に溜息が響く。
「さすが、あの2人の子供だねぇ……。そっくりすぎてちょっと面白いぐらいだよ、レオン」
窓から遠くを見つめ街がある方を眺める。
その瞳には幼少期の思い出が蘇っていた。
そして半年前に見た息子の酷い顔も。
「早く帰っておいで。どんなに居づらくても、ここが君の帰る家なのだから」
チラリと庭に目を向けると、ちょうど次男が剣術訓練のために屋敷から出て来た。
その姿を見てどこか冷めた表情を浮かべ、すぐに仕事に戻って行った。
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