ホームズの華④
登校初日は、千大にとってまぁまぁの形で終わりを迎えた。
犬で釣れたのが、癖の強い変わり者であった事は、まぁ、うん。って感じではあるものの、一歩二歩と引いた場所から、変に気を使われるよりはマシだった。
相手に気を使われると、こちらも気を使わないといけなくなる。相手が気を使ってこないのであれば、こちらも気を使わなくていい。
日々精神を擦り減らしている千大にとって、気を使わなくてもいいというのは、ありがたい事だった。
「どうだった?私とは違うクラスになっちゃったから、一人淋しくしく泣いたりした?」
「全然、そんな事なかった」
「強がりじゃなくて?」
「強がりじゃなくて」
「そっか。良かったね」
「まぁ、うん」
素直に言われてしまった千大は、頷くしかできなかった。「私がいないと何も出来ないくせに」なんて言葉を待っていたわけではないものの、なんとも言えない複雑な気持ちになった。
例えるなら、出された唐揚げに勝手にレモンをかけられたような切なさだ。
「あっ、なんだか切ない顔してる。やっぱり、私がいなくて寂しかったんでしょ?」
「そんな事ない」
「ふ~ん。まぁいいけど。結局なんだかんだ言いながらも、私のクラス来てるしね」
「それは、ホームズが」
終業と同時に千代のいるD組に向かって駆け出したのであって、そこに千大の意思は介在していなかった。
ホームズは優秀な盲導犬であるが、時折職務を放棄する位、千代に懐いていた。
「知ってる。ホームズはとってもお利口さんだもの。ねー、ホームズ」
ここで普通の犬なら「ワン」と吠える事もあるかもしれないが、ホームズはつぶらな瞳で千代を見るに留まった。
盲導犬はやたらめったら吠えないのである。
「それじゃ、帰りましょ。きちんと千大を案内してあげてね。ホームズ」
「・・・」
千代の言葉にホームズは尻尾をパタパタと振りながら歩き始め、千大は黙ってホームズの後に続いた。
これではどちらが飼い主か分からない。
そんな事を千大は思ったものの、ホームズの役割は愛玩犬ではない為、ホームズの中では千代こそが主人である可能性も0ではなかった。
「そういえば千大は、どの部に入るか決めてるの?もしかして、那由ちゃんみたいに新しく部を作る気でいたりする?」
「まだ、分からない」
「出たわね秘密主義。私は別に千大と同じ部に入る気もないし、教えてくれたっていいのに」
「なら千代は、どの部に入るのさ」
「決めてないよ。取り敢えず一通り見てから決めようと思ってる。1ヶ月はあらゆる部活に体験入部できるからね。なんだったら一緒に回る?」
「遠慮しとく」
千代は運動神経抜群であり、あらゆる部活に引っ張りだことなる事は容易に想像がつく。運動部に入れない千大にとって、そんなゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだし、千代に頼るのはもっとごめんだった。
一人で生きて行く。
そこまでの自惚れを千大は持っていないものの、別クラスになった千代にそこまで負担をかけるつもりはなかった。
負担を掛けるとしたらそれは、やれるだけの事をして、それでもどうしようもなくなった時だけ。
そうしておかないと、やって貰える事が当たり前の感謝すらできない者として肥え太ってしまう事になる。
これが猫であれば、可愛いと許されるのだけろけど、生憎と千大は無限のような傲慢さも可愛さも持ち合わせてはいなかった。