ホームズの華②
私立恒河沙高等学園は由緒正しき学校だ。
由緒正しくない学校なんてあるのか?と問われると、甚だ疑問である為、普通のありがちな学校とも言い換えられる。
学力は中程度。スポーツに力を入れているわけでもなく、学園施設が充実している事もない。生徒も一学年200人程度で、多くもなければ少なくもないといった感じだった。
普通の学校である以上、千大のような目の見えない者に優しい事もない。実際、千大は相当な苦労を経て、この学園に入学している。そして学園は相応の苦労を、千大を入学させた事で負う事になっていた。
目の不自由な者を入れるとは、そういう事だった。千大にとっては普通の高校よりも、福祉施設の整った盲学校の方が便利で、ストレスなく学べるのは間違いなかったが、恒河沙学園を選んだのは、他でもない千大自身だった。
千大が恒河沙学園を選んだ理由はただ一つ。
全生徒が何かしらの部活動を行わなければならないという、時代錯誤も甚だしい、私立高校ならではのルールが存在しているからだった。
こんなルールが存在するせいか、恒河沙学園の部活数は多種多彩であり、自由度も高い。
流石に意味不明過ぎる活動には、指導や制限が入るのだが、どれだけ意味不明であっても、校長を納得させるレポートさえ提出する事が出来たなら、活動として認められるし、多くの部費を徴収する事もできた。
恒河沙学園の部活動は、校長である恒河沙光広の娯楽で成り立っていた。
光広の娯楽である以上、ほぼ全て(意味不明な部活動全般)の顧問は光広が担っており、その多大勢の教師に掛かる負担は微々たるものになっていた。生徒は限りなく自由に、それでいて教員には無駄な制限や束縛がない。
これが、恒河沙学園部活動絶対ルールが、時代錯誤となった今も存在出来ている理由だった。そして、この自由さに千大は憧れ、恒河沙光広は千大の憧れを容認した。
千大は一般受験ではなく、光広との面談によって恒河沙学園に入学した推薦組だった。
この推薦には、恒河沙学園OGである那由が絡んでいるので、裏口入学と言ってしまっても正直差し支えない。光広にとって那由は、破天荒で面白く心躍らされた生徒であり、光広は千大の事を蛙の弟は蛙と信じていた。そんな期待の蛙にNOを突き付けるわけにはいかないと光広は笑った。
どちゃくそ面倒な試験を受けた後に、実は既に密約が交わされていたと知った時は、勘弁してくれよと溜め息も出たが、密約によって合格が決まっていたと知らされた時は、更に大きな溜め息が出た。
那由のような期待を背負わされるのは、たまったものではないからだ。弟の千大から見ても、姉の那由はやはり特別で変わっているからだ。
いずれにせよ、千大は光広との密約によって、大きなハンデがありながらも、恒河沙学園への入学チケットを手に入れた。
そして千大は今、まともな方法で入学したであろう新入生達と共に体育館で腰を下ろし、光広の退屈極まりない長話に耳を傾けていた。
ユニークなじじぃという印象を光広に抱いていた千大としては、その他大勢の校長と同じくつまらない以外ない話に、少々幻滅してしまっていたが、恒河沙学園に入学したという実感のお陰で、すぐに気にならなくなった。
校長の話というには、古今東西右から左にスルーされるのである。校長のつまらない話にイライラするよりも、まだ見ぬ学園生活にわくわくした方がずっと有意義でもあった。
千大は膝で眠っているホームズの頭を撫でる。
頭を適当に撫でられたホームズは、少しだけ嫌そうに態勢を動かした。
「動いた。人形じゃないんだ」
「可愛い」
「てか、なんで犬」
「・・・」
まぁ、気になるよなと千大は思う。
入学式の緊張なんて長くは続かないし、つまらない話が始まったとなれば誰だって退屈を紛らわせる為に、何か楽しそうな事を探し始める。
千大には見る事が出来ないが、中には堂々とスマホを弄っている者もいるし、膝を抱えたまま眠っている者もいる。真面目であるが故に退屈を持て余した視線が、泳ぎに泳いだ末、千大の膝元にいるホームズへと辿り着くのは、もはや必然の流れでもあった。
千大は「ふー」っと息を吐く。
ここからが正念場だった。
千大は別に、ツチノコバスターズや宇宙交信部、黒魔術研究会や幽霊対話部などといった、意味不明な部活に入りたいという理由で、恒河沙学園への入学を希望したわけではない。
ただ皆と、もう一度何かをしたいという、ある種希望を持って入学した。
恒河沙学園には、入部必須のルールが存在している。しかし、部としての活動存続には、三名以上の部員が必須といったルールもあるせいで、三年が卒業した段階で多くの部が廃部の危機に追いやられる特徴もあった。
部活動必須の場所でこのような事態が起これば道は二つ。今の部を諦め他の部に転属するか、廃部期限である四月末日までに三名以上の部員を揃えるか。
となれば起こるのは、新入生に対する部活動への勧誘合戦である。
例え目の見えない千大であったとしても、あらゆる活動から引っ張りだこになるのは、目に見えて明らかだった。
「千大を入れる事で、レポートの難易度が跳ね上がるから、他の生徒同様入れ食い状態とはいかないだろうけと、廃部よりはマシだからね。て事で問題なし、頑張れ少年。大志を抱いていけよ」
とは那由の言葉である。
ちなみに、最初に紹介した意味不明な四つの部活もしっかり存在している。これ等の部活にはさすがの千大も入りたいとは思わないものの、一体どんな活動をしているのか、興味が湧くのも事実だった。
「やりたい事をやり、好きな風に生きる。それが、我が恒河沙学園のモットーです。ですが、自分が何をやりたいのか、まだまだ分からない人もいるてしょう。そういった人は、好きな事、好きになれそうな事を探してみて下さい。この学園にはきっと、君達が一生大切にできる宝箱が眠っているはずです。まぁ、学生の何人かは眠らせたまま卒業してしまいますがね。以上で校長からの長くてつまらない話を終わります。・・・せいぜい楽しめ。糞ガキ共。この学園をどう使うかは、お前達次第だ」
破天荒な活動の総指揮を取っているとは思えないくらい、淡々と眠くなるような口調で語っていた光広は、最後の最後でマイクの掲げられた教壇を強く叩き、強い言葉を新入生全員に投げ捨てた。
せいぜい楽しめ。
いい言葉だと千大は思う。
そして、楽しもうと千大は思う。
その為にここに来た。
「・・・」
千大はホームズの頭を撫でる。
大丈夫と、心の中で何度も言い聞かせた。