4話 現実の揺らぎ
ウルトが目を開けると、いつもと変わらぬ天井が広がっていた。夢の感覚はすぐに消え失せ、現実が再び彼を支配する。
彼は深呼吸をして、布団から身を起こした。窓の外は薄暗く、夜の終わりを告げるような冷たい風が吹き込んでいる。時計を見ると、もうすぐ朝だ。
「また…同じ夢か。」
ウルトは静かに呟いた。ここ最近何度も繰り返される夢の中の人物。そしてその夢の内容がどうしても思い出せない。
「ううっ…頭が痛い。この夢の内容を思い出すのは、やめておこう。」
ウルトは身支度を整え仕事へ行く準備をして、
「仕事に行けば、きっと忘れるだろう。」
ウルトは自分に言い聞かせるように呟き、家を出るとキナコの姿がそこにはあった。
「おはよう。昨日はあの後大丈夫だった?」
彼女の声には、ウルトが倒れた後からずっと気にかけていた様子が感じられた。
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめん」
その言葉には多少のぎこちなさがあったがキナコはそれ以上何も聞いては来なかった。足元がどこかふらつき、頭の痛みがひどくなる。夢のことが気になって仕方がない。何か重要なことを忘れている気がして、その不安はますます大きくなっていく。が、思い出そうとしても頭痛がひどくなるしそもそも思い出せない。
「仕事をしないと、、」
と自分に言い聞かせてウルトは歩きだしたその時、キナコの声がうっすら背後から聞こえてきた気がした。
「気を付けてね」
その声は、とても温かく優しいものに感じられた。振り返れば、キナコがまだ自分を見送っているような気がして、思わず足を止めて振り返りそうになってしまうがそのやさしさにどこか耐えられなくて振り返らずに歩いた。
仕事場につきいつも通りバケツに水を汲み運ぶ仕事を始めたが、バケツの水が重く感じられた。これまで何度も運んできたものなのに、今日はどうしてこんなにも重く感じるのだろうか。足元がふらつき、いつも以上に時間がかかってしまう。
「大丈夫。大丈夫」
そう自分に言い聞かせながら水入りのバケツを運び歩く。そうして井戸に着こうとしていたところで足元がふらつき、水をこぼしてしまう。慌てて水がこぼれないようにバケツを地面に置いた。
その瞬間、背後から声がした。
「ウルト、大丈夫?」
振り返ると、そこにはキナコが立っていた。また彼女がここに来ていたのだ。
「キナコ…?」
「どうしてここに?」
「やっぱり様子が変だったから、心配で……」
大丈夫と言いたいところだが、それの言葉を言うにはあまりにも体が動かなすぎる。
「なにか、あったの?」
キナコがそう尋ねると、ウルトはもう隠しきれないと感じ、今置かれている状況を彼女に話すことを決めた。
とはいえ、ウルトもなぜこうなっているかほとんどわかっていないのでとにかく今置かれている状況を説明するしかなかった。
二人は近くにベンチに座って話を始めた。
「最近よく夢を見るんだ」
「夢?」
キナコが疑問に思うのも無理はない。この世界で夢を見ることは通常ないとされていて、その言葉の意味こそ分かるものの、それがどういうものなのかまではよくわかっていないのだ。
「あぁ。夢の内容は全然思い出せないけど。その夢の事を思い出そうとすると頭痛が起きて、さっきみたいに体がいう事を聞かなくなる」
今、置かれている状況を説明してみたはいいものの、正直言って、この話を聞いてもキナコに限らずだが何も理解してもらえる気がしない。
「風邪かな?」
ありえない。この世界で風邪をひいているヒトをみたことがない。それはキナコも十分知っているはずだ。否定しようとしたその時、キナコが先に声をかぶせてきた。
「風邪…はないにしても、このまま治るかもっていう期待で今の状況を放置はできないね。できれば原因両方を探したいところだけど。それが難しいなら何か対症療法でもいいからなんとかしないと…」
意外にも、キナコは教会に行くことを勧めるのではなく、むしろなんとかしようという考えを持っていた。
その返答にウルトは驚いた表情を浮かべた。
「てっきり教会に行けと言われるかと思ったよ」
「教会ね……」
キナコは少し考え込むような仕草を見せた後、話を続けた。
「教会はどこか信用できない」
「信用できない点は同感だが、教会にいくのはだめか?」
と提案すると、
「絶対ダメ」
普段優しいキナコが強く言った。
ウルトは驚きの表情を浮かべた。普段は穏やかで、冷静なキナコが、こんなにも強い口調で何かを否定するのは珍しい。彼女の目には、普段の彼女からは感じられないほどの緊張と警戒がにじみ出ていた。
「でも教会に行けば何か答えが得られるかもしれないだろ?」
ウルトは少し戸惑いながらも言った。
「私は一度教会に入ったことがある。の時、異様な雰囲気に包まれていた。みんな仮面をつけて、顔を隠している。まるで、自分たちの正体を隠すために仮面をつけているみたいに感じた。用事が済んだら教会を出た。正直言ってもう教会には二度と入りたくないと思ったよ」
教会に対する不信感はあったが、キナコがそこまで警戒していることを聞いて、ウルトは予想外に感じていた。
キナコの言葉には強い説得力があり、彼女がそこまで警戒する理由が、少しずつ理解できた気がした。話を聞く限りもう教会に頼って問題を解決することは難しいだろう。
「もしかしたら、その夢の中に答えがあるかもしれないね」
キナコがそういうとウルトは気を失ってしまった。
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